6 家族がいる幸せ
念願叶ってミネルヴァと正式な番になったアギナルドは、マルクスの書類を使って偽物マルクスに成りすまし、里で学んだ医術を使って生計を立てながらミネルヴァと仲睦まじく暮らした。
時々、なぜか暗殺者がやってきて襲撃を受けたが、アギナルドは医師の道を選びつつも戦闘能力はわりと高めだったので、来る刺客たちを次々と返り討ちにしていったが、そうすると結構な騒ぎになってしまうことも多く、住居を変えざるを得なくなることもあった。
ミネルヴァとの穏やかな暮らしを邪魔されたくなかったアギナルドは、ある時思い立ち、襲撃の親玉がいる場所を刺客から聞き出して話をしに行くことにした。
アギナルドは就寝中のシャンパーニュ公爵夫人の寝所に侵入した。
ガラスを割って中に入ると、その音で目覚めた中年の公爵夫人に悲鳴を上げられた。
「マルクスね! 私を殺しに来たのね!」
アギナルドは金髪紫眼で、マルクスは金髪と、王家にもよく見られる薄紫色の瞳だ。暗闇も相まって夫人はアギナルドをマルクスだと思い込んだようだった。
「殺すつもりはありません。話をしに来ただけです」
警備の者たちにも駆け付けられることになったが、やって来た男たち全員をアギナルドが数秒で倒して気絶させると、夫人は寝台の上で顔を青褪めさせてガタガタ震え出した。
「もうしませんごめんなさい! まさかあなたが復讐のためにそこまで強くなっていただなんて! もう二度と命は狙いません! お願いですから殺さないで!」
話をする前に夫人が改心してくれたので、手間が省けたとアギナルドは鷹揚に頷いた。
「わかってくれたならいいです。また刺客が来たら、僕はもう一度ここに来ますからね。ではさようなら」
「ま、待て! マルクスなのか! マルクス! マルクス!」
夫人に背を向け破った窓から外に出る段階になって、部屋に中年の男性が一人入ってきた。たぶんシャンパーニュ公爵当人で、マルクスの父親なのだろうと思ったが、顔を見せたら流石に別人だとわかってしまう気がして、アギナルドは振り返らず外へ出た。
「マルクスーっ!」
公爵がマルクスを呼ぶ声が聞こえてきて、アギナルドはなぜだか後ろ髪を引かれる思いだったが、一秒でも早くミネルヴァの元へ戻りたかったので、そのまま帰宅した。
「――――っていうことがありまして」
その後、いつの間にか✕✕が始まっていて一度も✕✕✕✕が来ないまま妊娠してしまったミネルヴァを連れて、里に戻ってきていたアギナルドは、怒り狂うミネルヴァの両親に全身をボコボコにされて顔を腫らした状態でマルクスの所までやって来て、大事な書類を盗んだことを謝って返却し、それから、シャンパーニュ公爵家であった出来事を報告していた。
「その後刺客は一度も来なかったので、もう人間社会に戻っても襲われないと思いますよ」
「でも俺はもうこの獣人の里にどっぷり浸かってるからな。今更戻れないさ」
「ですよねー」
マルクスはこの里で獣人女性と所帯を持っている。
「でも、せめてお母さんは戻れるんじゃないですか?」
「それでまたドロドロ三角関係のやり直しか? 親父はその様子だとまだお袋に未練がありそうだし、夫人も夫人だけど、そもそも愛人になったお袋も悪いし、このままでいい。お袋には何も言わないでくれ」
「わかりました」
アギナルドが書類を盗んだ件については、二言三言小言を言われた程度で終わってしまい、マルクスはあとはプカプカと紫煙を吐き出しながら、遠くを眺めるように窓の外を見つめるばかりだった。
里を出奔する前、アギナルドは一人前の医師として働き出していたが、戻ってくると「✕✕前の少女を拐かして番にして妊娠させた変質者」という烙印を押されて忌み嫌われ、医師に復職することができなかった。
こうなることがわかっていて戻ってきたのは、あの日、マルクスの父親がマルクスの名前を叫ぶ声を聞いたからかもしれない。
どんな経緯であれ、親であれば子供のことを心配する気持ちは多少はあるものなのだろう。
ミネルヴァに子供ができて自分たちも親になることもあって、ミネルヴァの親とずっと離れ離れで断絶したままなのも良くないのだろうと思うようになったアギナルドは、断罪されるのも覚悟で戻って来た。
正直に言えば、子供ができても、アギナルドにとって常に一番は番のミネルヴァであり、未だに「親子の情」というものを、いまいちはっきりとは掴みきれていない。
けれど、まともなミネルヴァは最初から自分の親に会いたがっていたし、その逆に、ミネルヴァの両親からしてもそうなのだろうと思った。
帰郷したアギナルドの仕事は、医師ではなく、人間たちがやるような下働きに変わったが、里に帰ってきたことでミネルヴァに笑顔が増えたことは――――――実の所かなり悔しい。
「僕はミーネの一番じゃなきゃヤだからね!」
「はいはい」
長男が生まれて赤ん坊にかかりきりになるミネルヴァに、アギナルドは本日も恨み言を言うが、ミネルヴァは軽くいなしてしまい、まともに相手をしてくれない…………
人間社会にいた頃から既にアギナルドとミネルヴァの力関係は逆転していて、家庭においては今やミネルヴァの発言力の方が強く、以前は「ミーネたん♡」と呼んでいたものが、「子供っぽいからそれやめて」の一言で、現在は単に愛称の「ミーネ」と呼んでいる。
育児が一段落したらミネルヴァは医師見習いとして働き出すそうだ。人間社会にいた頃に、医師をやっていたアギナルドの手伝いをしていた影響のようだが、医療棟は常に人手不足なので、アギナルドもいつしか復職できる機会を狙っている。
「そのおっぱいは本当はパパのだからな!」
乳飲み子の長男に張り合おうとするアギナルドを見つめながら、ミネルヴァは今日も幸せそうにクスクスと笑うのだった。
予約投稿時間ミスってて投稿されててびっくりですがこれにて完結です。
こちらはハッピーエンドですが二人のその後のえらいこっちゃ編?みたいなのは
「誰も俺の番じゃない」
https://ncode.syosetu.com/n1294ic/
のアギナルド&ミネルヴァ編に書いてありますが、こちらほどすっきりとハッピーエンドにはなっていないので、お読みになる際は注意願います。
ありがとうございました。