2 犯行
誘拐注意
年月は流れ、ミネルヴァもハイハイから掴まり立ちができるようになり、歩けるようになって、すくすくと美しい幼女に成長していった。
アギナルドはミネルヴァの家族から一切近付くなと警告を受けていたが、ばれないようにミネルヴァの周りを付きまとっていて、ミネルヴァの匂いを胸いっぱいに吸い込んで英気を養っていた。
あまりミネルヴァや彼女の家に近付きすぎると、心の狭い彼女の父親がやって来て追い払われてしまうので、彼らが嗅覚で気付かないようにいつも気を使っていた。
アギナルドは直に会えないミネルヴァの匂いだけを嗅いでいたくて訓練を重ね、そのうちに、嗅ぎたい匂いだけを嗅ぎ、嗅ぎたくない匂いは嗅がないようにできる能力を身に付けていた。
常にミネルヴァを見守っていたアギナルドだったが、ミネルヴァに友達ができるようになると、ヤキモキし始めた。
(ミーネたんが! ミーネたんが! 僕以外の男に笑いかけているぅぅぅ~っ!)
それは憂慮すべき事態だった。
「ミーネたんが他の男に取られる前に、夜這いを仕掛けて完全に一つになって正式な番になろうと思うんです」
「待て待て待て待て」
アギナルドが凶行に及ぶ前に、相談を受けた良識者マルクスがすかさず止めに入った。
「体格差を考えろ。下手したら命に関わる」
「でもこれ以上浮気されるのは耐えられません」
「浮気って……」
マルクスはため息を吐いていたが、普段からあまり怒らない優しい先輩である。アギナルドを見捨てることはしなかった。
「その『浮気相手』とやらの年齢はいくつだ? まだ✕✕も✕✕もしていないような子供じゃなかったか? 今ミーネちゃんが他の男に寝取られる要素はゼロだ。断言する、絶対無い」
現状ではミネルヴァの身体を壊しかねないからと説得を受け、それもそうかとアギナルドは現段階での目的遂行を諦め、ミネルヴァがもう少し大きくなるまで待つことにした。
「しかしなぁ…… お前医師としては見込みもあるしかなり優秀なのに、なんでミーネちゃんが絡む時だけ途端に頭がおかしくなるんだ?」
マルクスは紫煙を燻らせながら、残念なものを見るような目付きでアギナルドを見ていた。
(ミーネたん…… 時間ですよ……)
何とか「ミーネたん匂いタオル」で誤魔化しながら襲うのを堪える苦しい日々が続いていたが、とうとう、遂に、ミネルヴァの周囲にいた子供たちで✕✕を迎える者が現れた。
ミネルヴァもそこそこ成長してはきたし、このままでは寝取られる危険があると判断したアギナルドは、ミネルヴァを里から連れ去って本懐を遂げることにした。
タオルの存在がなかったら、きっともっと早い段階で犯行に及んだことだろう。
ミネルヴァの両親はどう転んでもアギナルドを認めていなかった。というか未だにアギナルドが匂い付きのタオルを要求してくることに、『番の呪い』が解けていないのかと戦々恐々としている様子だった。
彼らはアギナルドとは完全に関係を切りたいと考えているようで、祝福はされなそうだから愛の逃避行をするしかないとアギナルドは思った。
強い意志を固めたアギナルドは、今回ばかりはマルクスに相談しなかった。代わりに、マルクスが家の中に大切に保管していた、彼が公爵家の血を引く者であるという書類を盗んだ。
その身分証代わりの書類があれば、たぶん獣人であっても人間社会の中で溶け込んで生きていける気がした。
「ミーネたん、迎えに来たよ」
「…………誰?」
意気揚々とミネルヴァの前に現れたアギナルドだったが、アギナルドはミネルヴァに認識されていなかった。
「酷い…… 酷いよミーネたん…… こんなに愛してるのに」
アギナルドの発言に、敏いミネルヴァはこいつはヤバイ奴だとすぐに理解したらしく、全身に鳥肌を立てながら回れ右をして逃げようとした。
こちらに背を向けて離れていこうとするミネルヴァを見たアギナルドは、ミネルヴァに拒絕されたことに衝撃を受け、次いで、自分の恋心を弄ぶミネルヴァに、許し難い怒りを覚えた。
そしてすぐにでも、ミネルヴァと正式な番にならなければいけないのだと思った。
ミネルヴァだって自分と同じように、相手を好きで好きで好きで好きで好きで好きすぎて、頭の回路が焼ききれそうなほどの焦がれるような苦しみを味わうべきだと思った。
アギナルドはミネルヴァを背後から抱きしめて捕まえた。
悲鳴を上げかけるミネルヴァの口元に、アギナルドは医療棟からくすねてきた、意識の無くなる薬剤の匂いが染み込んだ布を当てた。
本当はその場でミネルヴァと一つになりたかったが、そんなことをしたら見つかって不味いことになる自覚はあり、意識を失ったミネルヴァを捕獲しながらも、冷静である自分もいることに気付く。
アギナルドは当初の予定通り、牧場から馬を一頭拝借してから、魔の森の中に予め隠していた逃走用の荷物を持って、ミネルヴァと共に里を出奔した。