1 新生児に一目惚れ
冒頭、小児性愛(ペドフィリア)注意、下品注意
アギナルドがミネルヴァと始めて出会ったのは、十二歳の時に、獣人の里の中の唯一の病院である医療棟の新生児室で、だった。
医師見習いとして働き始めていたアギナルドは、赤子たちの健康チェックのために先輩医師マルクスに付き添って訪れたその足で、運命の出会いを果たした。
オギャーオギャーと泣く数人の赤ん坊が並んでいるその端っこにいた、一際可愛らしい光り輝くような存在の獣人の赤子を見た瞬間に、ズキューン、と心臓が撃ち抜かれて瞬殺されたかのような衝撃がアギナルドの身体を走り抜け、それと同時に衣服も汚していた。
それが、アギナルドが『番の呪い』にかかった瞬間だった。
ただ、『番の呪い』にかかったから✕✕したのか、それとも元々そういう趣味があって、好みの子を見つけた興奮で✕✕して、それによって『番の呪い』にかかったのかは不明だったが。
マルクスに驚かれ促されるまま着替えをしている間も、アギナルドが考えるのはあの黒髪に金色の眼をした光り輝く赤子――ミネルヴァ――のことだった。
急いで着替えを終えて新生児室に戻ったアギナルドは、看護師が行おうとしていたミネルヴァのおしめ替え業務を、自分がやると強く主張し強奪した。
ハァハァハァハァと呼吸を荒くしているアギナルドを見て、先輩医師マルクスはこいつはヤバイと思ったのか、アギナルドを赤子担当から外した。
焦ったアギナルドは欲望を抑えてミネルヴァに近付こうとしたが、「大丈夫です!」と主張しても、全く信用してもらえなかった。
(✕✕しなきゃいいんだ✕✕しなきゃいいんだ✕✕しなきゃいいんだ✕✕しなきゃいいんだ✕✕しなきゃいいんだ)
アギナルドはミネルヴァに会いたい一心で自己訓練に励み、なんとか意志の力で✕✕を抑えることに成功した。
しかし、その頃には既にミネルヴァは退院して自宅に戻ってしまっていた。アギナルドはミネルヴァの家に行ったが、門前払いだった。
どうやら医療棟でのアギナルドの奇行がミネルヴァの両親に報告されていて、最大限警戒しろと要らぬ忠告が入っていたらしい。
ミネルヴァの母親に「絶対に会わせない!」と金切り声で叫ばれて拒絕されてしまい、アギナルドはミネルヴァに会えないことに絶望を抱いて涙を飲んだ。
しかし懲りないアギナルドは、ならばミネルヴァの匂いを嗅いで幸福感に浸ろう、と、家の近くに張り付いてミネルヴァの匂いを嗅いだ。
(ミーネたん……♡ 可愛い可愛い僕の天使ミーネたん……♡ あ、おしっこした♡♡)
アギナルドは仕事をしている以外の全ての時間、ミネルヴァの家の近くで彼女を見守った。
「気持ち悪いんだよ! 失せろ!」
しかしすぐにミネルヴァの父親に見咎められてぶん殴られて断固拒否されてしまい、「ミーネたんを近くで見守ろう作戦」は潰えた。
(ミーネたん…… 僕は耐えられないよミーネたん……)
フラフラと職場に戻り、一応自分で怪我の処置をしながら滂沱の涙を流していると、ちょうどマルクスがアギナルドがいる部屋の前を通りかかり、顔をぐちゃぐちゃにして泣いているアギナルドを見てぎょっとしていた。
「ぜんばいぃぃいぃぃぃぃーーーーっ!」
アギナルドに叫ばれたマルクスは最初驚いて逃げようとしていたが、アギナルドは取っ捕まえて恋愛相談を吹っかけた。
「それは『番の呪い』かもな」
アギナルドの話を聞いたマルクスは、プカリとタバコの煙を吐き出しながらそう話した。
アギナルドたち獣人は、匂いがきついので普通タバコは吸わないが、マルクスは人間で、詳しくは知らないが事情があって人間社会から逃れ、この獣人の里で暮らしているらしい。
『番の呪い』のことは一応アギナルドも知っていた。
『番の呪い』とは、身体を繋げて正式な番になっているわけでもないのに、相手のことを番だと思い込む、一種の病気のようなものだ。
言われてみれば確かに自分がミネルヴァを番のように大切に思っていると気付き、自分のミネルヴァへのこの気持ちが紛れもない恋だと自覚した。
アギナルドは、ミネルヴァの入院時に使っていた寝具――洗われていても多少の残り香は嗅ぎ取れた――や、その他ミネルヴァが入院中に触れた物品を集めて匂いを嗅ぐことで、何とか心を満たそうとした。
しかし、匂いは段々と薄くなっていく。「ミーネたんが足りない」と、アギナルドは目の下に隈を作るようになって、どんよりと暗い雰囲気を醸し出すようになった。
「……なので先輩、ミーネたんを攫って二人で逃げようと思うので、人間社会で生き抜く方法を教えてください」
赤子誘拐計画を聞かされたマルクスは、またプカプカとタバコを吸いつつ、眉根を寄せていた。
「お前ヤベェな」
数日後、アギナルドの元へミネルヴァの匂いが染み付いたタオルが届けられた。
どうやらマルクスが相手方の家に、アギナルドがミネルヴァへの『番の呪い』にかかっていることを説明してくれたらしい。
同じ獣人であることから番と離れている辛さは理解してくれたのか――それでもミネルヴァを正式な番にするなんて絶対に認めないと言っていたそうだが――、少しでも辛さを解消するために、ミネルヴァの匂いの付いたものをアギナルドに適宜渡してくれる、という話になったそうだ。
「先輩ありがとうございますありがとうございますありがとうございます! 先輩は俺の命の恩人です!」
マルクスは、王家の血も流れているシャンパーニュ公爵家の落し胤、らしかった。
しかしマルクスは身分的には平民だ。市井の母を孕ませたシャンパーニュ公爵の、その本妻が、書類上マルクスを公式な庶子として認めさせなかったそうだが、マルクスの母を深愛していた公爵が、妻に隠れてこっそり愛人と息子の社会的地位を保証する家紋印付きの正式な書類を準備して、密かにマルクスの母に渡していた。
それは、名を記した者――母親とマルクス――が、公爵家に深く縁付く者であると証明する書類だった。
つまりは、暗にマルクスが『公爵家の血を引く者である』と証明する書類だ。
しかし公爵の妻に暗殺者まで仕向けられてしまい、マルクスは母親と共にこの里に逃げてきて、現在は医師をしているということだった。