08.奥様のご無事が最優先よ――SIDEアンネ
落下する奥様を咄嗟に支えて、受け止めきれずに数段落ちる。このまま私が引っくり返ったら、奥様がケガをしてしまうわ。
「左、あし……」
訴える奥様の声を心に刻み、無理やり足を下へ伸ばし踏ん張った。どこかで堪えなくては、たとえこの足が折れたとしても。奥様に傷を残すわけにいかない。捻った足も、打ち付けた腰も痛かった。でもやっと止まったわ。
21段の階段が弧を描いていたことが幸いした。直線だったら、間違いなく下まで落ちたはず。ほっとしながら、奥様の体を確認していく。青い唇で震える奥様の白い顔が気になった。
先ほど、左足と仰ったけど……? 見た目に異常はなさそうだが、挫いているのかしら。そこへ駆けつけた侍従や侍女が騒ぎ始める。階段を降りて近づく執事を見た瞬間、ぞくりとした。何がおかしいのか、分からないまま奥様を抱き締める。
彼を近づけてはいけない。それは本能的な恐怖だった。奥様を守る私の本能に近い部分が、執事を拒絶する。震えながら口を開こうとした私に、慌てた様子の旦那様の声が届いた。
「どけっ! 何をしている!! すぐに部屋に運んで医者を呼ぶんだ」
階段を駆け登る旦那様が膝を突き、奥様の様子を確かめる。血の気が引いた顔色と青い唇に異常を察したらしい。抱き上げて私を振り返った。
「お前は無事か? 歩けるならついて来い」
「はいっ!」
右足が痛むが、奥様から離れる選択肢はない。だって、あの執事が怖い。他の侍女や侍従も信用できなかった。この屋敷で奥様を守るのは私の役目よ。
ぐっと力を込めて立ち上がった。誰かが悲鳴を上げたが、無視する。少し血が流れてるのは知ってるけど、そんなの大したことない。奥様の方が心配だった。右足を引き摺って続く。旦那様に抱き上げられた奥様の姿に、悔しさが込み上げた。
まだあの女がいないのに仕掛けられたなんて。前世ではなかった。奥様を抱き上げる筋力がないことを、心の底から悔やむ。侍女ではなく騎士なら……奥様をすぐに支えて抱き上げることが出来た。この細い腕で、どこまでやれるかしら。
奥様の部屋の扉を開け、奥様はベッドに横たえられた。ここで昨夜の寝室ではなく、奥様が使用した客間であることに安堵する。目が覚めた時、きっとこの部屋の方が好ましいはず。侍女により運ばれた湯や水とタオルを受け取る。
水に浸して絞ったタオルで、奥様が気にしておられた左足を冷やそうとして……私は動きを止めた。
「っ! 何、これ」
さっきまで何もなかったのに、奥様の左足は倍ほどの太さに腫れていた。紫色に染まった肌が痛々しい。
「医者だ! 急げ! それから、今日屋敷に出入りした者をすべて書き出して報告しろ。早くしないか」
旦那様の叱咤が飛び、指示に侍女長や侍従長が駆け出した。執事が一礼して部屋を出ようとする。その姿に、私は階段での恐怖と違和感の正体に気づいた。