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外伝1–1.まだ奪ってません――SIDEアンネ

 私が奥様を侯爵様と呼ぶようになって数ヶ月、また奥様と呼ぶ日が来た。前世まで公爵夫人だった奥様は、今日から大公妃殿下になられる。今度こそ幸せになっていただきたい。


 祈るような気持ちで結婚式を見守った。大公家は貴族の頂点に立つ。王族と並び、独立した権力と自治領を有していた。その本家ご当主様の結婚式に、貴族を呼ばないなんて。


 同僚のエルマと顔を見合わせて、ふふっと笑う。本当なら私達、客として訪れた貴族にお酒を運んだりするはずなのに。奥様達の結婚式を特等席で見て、こうしてお呼ばれしていた。並んだ豪華な食べ物とお酒、周囲には気取らない分家の方や本邸の使用人もいる。不思議な光景だった。


 本邸の家令と話しておられるのは、国王陛下じゃないかしら。男爵家の三女だった私がお目にかかれる方じゃないけど、普通に談笑してシャンパングラスを空ける。エルマと相談して、私が身重の王妃殿下に付くことになった。奥様になられたローザリンデ様のお話をして、王妃殿下は嬉しそうに笑う。


 和やかな時間は、王妃殿下の腹痛で途切れた。大騒ぎの出産騒動、でも奥様の時を思い出して懐かしくもある。生まれたのが男児で王子様だったのも、過去の記憶と重なった。てんやわんやの一日の終わりに、ナイトドレス姿の奥様に夜化粧を施して。笑顔で送り出した。


「お幸せに」


 苦しんだ分、悲しみに涙を流した分、幸せになっていただきたい。はにかんだ奥様が寝室に消えて、私はほっとした。これで前世を清算出来たと思う。


「アンネ嬢」


「え?」


 思わぬ呼ばれ方に驚いた。私はもう男爵家のご令嬢じゃなくて、大公家の侍女。令嬢に付ける敬称は使われないのに。


 振り返った先には、本日の護衛の責任者であった騎士アルノルト様がおられる。侍女なので、手を前で合わせて深く頭を下げた。


「おやめください、アンネ嬢。私はあなたに求婚する立場の男です」


「はい?」


 驚き過ぎて、返事の途中で疑問符がついた。球根……吸魂……頭の中に同音の単語が流れていく。教養ってこういう時に役立つのね。間違って解釈して恥をかくところだったわ。


「きゅうこん、ですか?」


「ええ、私の妻になっていただきたい」


 求婚だった! 息が止まりそうになり、口から心臓が飛び出すほど驚く。慌てて口を手で覆った。飛び出して落ちたら困る。固まった私に、アルノルト様はさらに続けた。


「奥方様に仕えるあなたの献身と優しさ、包むような穏やかさを見て心奪われました」


「う、奪ってません」


 思わず返してしまい、場が静まり返る。なんてこと! この場で口にしちゃいけなかったのに。恥をかかせてしまう。


「えっと……まだ奪ってません」


 混乱し過ぎて繰り返してしまった。顔が一気に赤くなるのが分かる。呆気に取られた顔をした後、アルノルト様は微笑んだ。この方、優しそうだわ。


「奪っておりますよ、自覚がないのですね」


 諭すように柔らかな声が、それ以上に甘く蕩ける眼差しと共に向けられた。こんな経験はない。前世も今生も。


「私をお嫌いでなければ……婚約から始めさせてください」


「は、はい」


 懇願する響きに、つい頷いた。でも……普通はお付き合いから始めるんじゃないかしら? 突然の婚約成立に、私は頭が真っ白になって崩れ落ちる。


「おっと。大丈夫ですか」


 腰が抜けた私を抱き上げ、軽々と運ぶアルノルト様は部屋まで送ってくださった。奥様の専属侍女なので、エルマも私も個室が与えられている。男性を入れるのは……躊躇したが、抜けた腰で立てる自信がなかった。


 室内へ踏み込んだアルノルト様は、何かを堪える顔で私をベッドへ下ろす。それからすぐに扉の位置まで下がった。その速さに驚く。ずざって音がしたけど。


「未婚令嬢のお部屋ですので、これで失礼します。また明日お会いしましょう」


 いそいそと出ていく姿を見送り、私はベッドの上で転げ回った。腰が痛いけど、動くと変な呻き声が出ちゃうけど。興奮が収まらなくて。私、婚約しちゃったわ。

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