匂ひ物語~クリスマスの匂ひ~
イブですね~。
クリスマスイルミネーション煌めく街の中を白い吐息を弾ませ、女性が走っている。
彼女の名前は井村渚、大学3年生。
駅の構内の大きなツリーイルミネーションの前で立ち止まった。
きゅっと首に巻いた彼氏から貰ったマフラーを握りしめる。
「・・・クリスマスイブか」
彼女は呟いた。
それから、
「はあ」
と一つため息をつくと、トボトボと今度は歩きだした。
「あいつ」
渚は声に出すと、次第に早歩きになる。
「知らないっ!」
再び駆けだした。
アパートの一室、加野大地はベッドに寝転び憮然と天井を見上げていた。
(なんだよ・・・渚のやつ)
ごろりと寝転び地団駄を踏む。
(俺は悪くないっ、悪くないっ!)
それは昨日の事である。
大地は大学のサークル仲間との飲み会で、ハメを外して飲みまくり女子に介抱されアパートへ帰る姿を偶然にも恋人の渚に見られてしまったのであった。
その時に彼女が見せた驚きと軽蔑の眼差しが、大地の脳裏に浮かんで、またまたベッド上でのたうち回る。
(本当だったら今頃は・・・)
大地は2人でイチャイチャとイブの過ごす姿を想像し、悶々とする。
誤解を解こうと、電話やラインをするも、渚は電話に出ず、ラインは未読スルーという、きついお仕置きをお見舞いしていた。
ちなみに彼が送ったラインは20件ほど。
「電話に出てくれない?」
「ちょっと話をしよう」
「誤解だから」
「頼むよ」
「分かった。じゃ、状況を説明するね。大学の都市伝説研究サークルの飲み会で、宴会芸をするも見事にすべった俺は、やけになって一気飲みをして、泥酔をしてしまい前後不覚に陥ってしまった。そこでサークルの女友達に介抱され家に送ってもらった訳なんだ」
「・・・おーい。メール見た?」
「スタンプ(泣いてる姿)」
「スタンプ(懇願する姿)」
「ごめん」
「ごめんって」
「話聞いて」
「お願い。もうしないから」
「絶対、ハメは外しません」
「くーん」
「渚を悲しませるようなことしてごめん」
「明日、イブでしょ。楽しみだね」
「ねぇ、既読して」
「もう」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「・・・とりあえず、ふて寝します」
と。
(誤解なのに・・・もう)
ごろりと左横を向く。
(だけど・・・嫌だよな・・・やっぱり)
ごろん右横を向く。
(俺だったら・・・渚が他の男と歩いていたら嫌だ・・・そうか・・・そうだよな)
大地は半身を起こし、ラインに「今からそっちに行く」と送る。
ジャケットを羽織るとアパートを飛び出した。
渚は自分のアパートに帰りつくと、スマホを見た。
びっしり、ラインには大地のメールが届いている。
ひとしきりそれを睨むと、スマホをベッドへ投げ捨てた。
「ふん」
彼女は仰向けにベッドに横たわる。
「バカ・・・なによ、都市伝説研究サークルって・・・」
その時、スマホの着信音が鳴る。
彼からだった。
「でないって」
誰もいないのに彼女は呟いた。
キンコン、ラインの着信音。
「・・・もう」
スマホを見た。
「そっちに向かっている」
(もう!)
「来ないで」
と短く送り返す。
「話したいことがある」
「既読スルーは止めるから、メールでして」
「いやだ」
「もう・・・」
ラインのやりとりに渚はため息をつき呟いた。
「着いた」
ラインのメール。
「えっ!」
驚く渚に電話の着信音が鳴る。
ベランダからでて覗くと、下に大地がいる。
大きく手を振る大地。
「ちょっ」
渚は自然と駆けだした。
小高い丘の上に2人はいる。
街の夜景が一望できる場所だ。
白い息を吐きながら、渚は缶のミルクティーと大地は缶コーヒーを飲んでいる。
ひとしきり話し合った2人は、まったりと夜景を見ている。
「ごめん」
「もういいよ・・・せっかくのイブだしね」
「うん」
「じゃ、よってく」
「うん」
「クリスマスケーキ買ってるから」
「うん」
「ワインも」
「うん」
大地は鼻をすすった。
「泣いてるの?」
渚は悪戯っぽく笑う。
「違うわい」
「そう」
「うん」
「じゃ、いこ」
手を差し出す渚。
「ありがとう」
大地はぎゅっと両手で握りしめる。
大地は鼻がつーんとした。
渚も自然と涙が零れていた。
「なんだか鼻が痛いね」
「うん。クリスマスの匂いがする」
大地は頷いて言った。
「クリスマスの匂いね」
彼と彼女は笑い合い、抱き合った。
それから手を繋ぎ、彼女のアパートへと。
あまーい匂いがする。
4分の1残ったクリスマスケーキと飲みかけのワインボトルが散乱する部屋。
真っ暗な静かな部屋で、クリスマスケーキの上にのってるマジパンサンタが呟いた。
「まったく、お楽しみはこれからって時に、ちゅぱちゅぱキスした挙句寝てしまうだとう」
ワインボトルが嘆く。
「これだけ燃えあがるシチュなのに、なんで詰めが甘いつーか」
「全くだ」
ツマミのチー鱈が激しく同意して嘆く。
「飲み過ぎて、不能なんて言語道断っ!」
柿ピーが叫ぶ。
「お楽しみのエロエロシーンが観られると思っていたわよ」
渚スマホが本音をズバリ言う。
「然り、Xビ〇オではなく、モノホンを観たいのに」
大地スマホが応じた。
「はあ」
ため息が部屋に響き吸い込まれた。。
隣の部屋にて。
「お父さん・・・またしてもおっぱじまらなかったわよ」
「なんと、なんとだ!見損なったぞ大地君」
渚の父母が嘆いていた。
「まあまあ、気長に待つとしましょう」
「そうですよ、いずれチョメチョメはするんですから・・・それは自然の摂理」
前向きに大地の父母は答えた。
それから、
「・・・はあ」
4人のため息が部屋に吸い込まれた。
すやすや、大地と渚は寄り添いクリスマスイブに就寝中。
どうなっている?クリスマス。
メリークリスマスっ。