ちょっといじわるな彼と、ちょっとうそつきな私
(あのバカ!)
ふらふら、と歩いている姿を見て、すぐに分かった。
「ペテスタイ!」
レンヴラントが飛び降りる瞬間に、呪文をとなえると、風が起こり地面に着地し、彼は腰に手をあてた。
赤くなっている顔に、うつろな目。
レティセラは、起こった風で、髪をおさえていた。
「おい! お前、そんなふらふらでどこいく?」
「…………」
驚いて、泣きごとのひとつでも言うとかと思ったら、レティセラは真っ赤な顔で、いつもの作り笑いを浮かべた。
「レンヴラント様。びっくりしました。どうしたんですか?」
「それは、こっちのセリフだ」
「大丈夫ですよ。そんなに心配なさらなくても」
「心配なんて、していない」
(ああ、そうですか)
レティセラは、少し面倒だと思った。
「じゃぁ、ほっといてくださいますね?」
「……っ!」
頭がぼんやりして、ふらふらする。体が熱くて重い。その体にムチうって動かすと、急に景色が斜めになった。
「おい! おい! お前、しっかりしろ!」
おぼろげながら、レンヴラントの声が聞こえる。
(もう、わたしの名前は「おい」でも、「お前」でもないから!)
レティセラは真っ暗になっていく時にも、そう、抗議していた。
その後、仕事にもどれるようになったのは、それから5日も経ってからだった。
※
「アルバート、調べてもらいたい事がある」
「『ノートン家』の事でございますか?」
「そうだ」
あそこの家は、金が欲しいはず。
その為に『娘を、無理やり、ここの使用人にさせた』のではないか? とレンヴラントは考えていた。
それなのに、レティセラという人物は、にっこり作り笑いはするものの、全く色目を使ってくる気配がなかった。
どうも様子がおかしい。
別に、彼女を気に入っている訳ではないのに、気になる……
「かしこまりました。少し、お時間頂くかもしれませんが」
「かまわない」
アルバートが、お辞儀をして部屋をでていくと、外の虫の声がうるさく感じる。
7月、もう夏のことだった。
8月終わり。もうすぐ秋になる頃。
暑い、暑すぎる……
なのに、この炎天下の中、レティセラはレンヴラントに付き合わされていた。
庭にある池に、足をつけている彼をみながら、この人は暇なのだろうか、とレティセラは思って、気付かれないように、冷ややかな視線を送る。
「お前も入ってみろ」
(んな、無茶な)
「わたし、泳げないんです」
今日も、にっこりとレティセラは、笑う。
熱で倒れたあと、目を覚ますと、ネックレスは枕元に置いてあった。でも、誰に聞いても、誰が見つけてくれたのか、それは分からないままだった。
「へぇ、泳げないのか」
不敵な笑みを浮かべたレンヴラントを見て、嫌な予感がした。けど、彼は、熱で倒れたあと、前よりいじわるなことは、あまり言わなくなった。
「というか、泳いだことがないので」
「ふぅん……」
これは本当の事だった。
弟が生まれてすぐ母が亡くなってから、すぐに父は今の義理の母と再婚したので、愛情はそこに全部行ってしまったのか、どこかに連れてってもらった記憶がない。
レンヴラントは、何かを言いたそうにレティセラを見ると、そっぽを向いて空にきいた。
「あの、ネックレスは大事なものだったのか?」
「いいえ、あれはただのガラスの石ですよ」
レティセラは、深刻なレンヴラントが可笑しくて、目を細めた。
うそ。
あれは、確かにただのガラスの石。だけど、あれは、『母の形見』。だから、レティセラはあれを失くしてしまうわけには、いかなかった。
「…………」
レンヴラントが、振りむくと、胸ともをつかんで静かに微笑むレティセラがおり、何となく声をかけづらくなって池から上がった。
「お戻りになるのですか?」
「もうすぐ、日が暮れるからな」
「お仕事サボってますしね」
「お前!」
笑い飛ばして歩いていくレティセラを、急いで追いかけてレンヴラントが追い越す。えらそうに歩いていく彼の背に向かって、レティセラはあっかんべをした。
「おい、置いてくぞ」
「あ、はい、はーい」
(この、暴君め)
心の中で悪態をついてレティセラは、また、にっこりと笑った。
※
「…………という事でございます」
ノートン家の事について、アルバートから、調査の報告をされる。
「それは、本当なのか?」
報告。それはやっぱり、レティセラがレンヴラントを誘惑するために、屋敷のメイドにしたという事だった。
「はい、実際にあちらの屋敷で働く人間から聞いたので、確かかと」
「そんな素振りは……」
「私から見ても、ごさいませんね。どちらかと言えば、レンヴラント様のほうが、かまっていらっしゃるように見えます」
「そんなことはない。ただの暇つぶしだ」
腕を組んだレンヴラントが、目をむけた先には、テーブルにかけられたレースが見え、もく目が見えないようになっていた。
「レンヴラント様?」
「引き続き調べてくれ」
「かしこまりました」
レンヴラントは、サボっていた分、のこっている書類に手をつけると、ため息をついて手を止める。
(どういうことなんだ?)
頬杖をついてレースを眺め、「見えない」と呟いた。
※
10月に入り、少し寒くなってきた。
そんなある日、レティセラはアルバートに呼び出された。
ここで働き始めて8ヶ月、のこり後4ヶ月。
一年間だけ働く事、になっているということは、レンヴラントの父親のオズヴァルドとアルバートしか知らないことだった。
「期限の話なのですが」
アルバートはそう言って話を切りだしてきた。
(もう、こんな時期だもの。当然よね)
「もう少し、期限をのばす気はありませんか?」
「え?」
そろえた両手に力が入る。
「あの、わたしは……」
レティセラは、少し考えたあと、思い切って返事をした。
今日はここまでです。
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