表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

はりつく笑顔

「んー。いい香り!」


 暖かくなったと思ったら、もう、花が咲いて、お屋敷の庭には、たくさんの花が笑っている。

 ここで働く様になってから、2ヶ月が過ぎた。


 父親に「落とせ」と言われたこの屋敷の、御令息、レンヴラントというお方は、使用人たちの話でも、ずいぶんと優秀な人物らしい。


(まぁ、あんまり関係ないか)


 あの日から、数える程しか、レンヴラントを見ることはなかったので、レティセラは、あんまり気にとめずに、仕事をして過ごしていた。

 


「こうやって、丁寧に切ってやってくれよ? あぁ、あまり咲き過ぎてないやつ、がいいな。オレは用事あっから」

「こうですか?」


 パチンっ、とハサミで茎を切り、かごに入れる。


「そう、そう、その調子で頼むな!」


 お屋敷に飾る花を、庭師のおじさんにもらっていると、彼は用があると言って、わたしをその場に残していった。



 パチン、パチン。

 花を切っていた手をとめ、レティセラは垣根に目をむけた。


 話し声がする。


(なんだろう?)


 レティセラが、垣根からのぞきこんでみると、レンヴラントが女性と話していた。


「あなた! わたくしをその気にさせた癖に、婚約はしないって、どういう事なの?」


「どうも、こうも。あんた、おれが、その気だと思ってたのか? その匂いの強い香水。胸元の空いた服。それで、ひとんちまで押しかけてくる図々しさ。あばずれじゃないか?」


 ひどい言いようだった。


 修羅場だわ……


 これは、見られたくもないだろうし、これ以上見たくもなく、レティセラがそろっと離れようとすると、バチンっ、と音がして思わずかごを落としてしまった。

 バサっ!


(バレたわぁ)


「よくも……最低!!」


 わぁぁぁ、と女性は泣きながら走っていく。音で気づいたレンヴラントと目が合い、両手で口をおさえて目をそらした。


「お前、この間のメイドだな? ぬすみ見とはいい度胸だ」


 彼が怖い顔で、歩いて近づいてくる。


「ふっ」


 その顔を見て、レティセラは、我慢できずに吹き出してしまった。


「お前〜〜!」

「すみません!」


 だって、端正なお顔が腫れていて……

 もう一度吹き出さない様にこらえて、落ちてしまったかごをひろい、レティセラはにっこりと笑った。


「申し訳ありません、誰にも言いませんので!」

「あ、おいっ!」


 逃げるが勝ち。

 言葉だけをおく。レティセラは、走ってお屋敷の中に戻ってくると、大きく息をついた。


(あぁ、怖かった)


「どうしたの? そんなに息を切らして」


 同じメイドの1人に見られて、驚いたかおをされた。彼女の名前は、アネモネ。わたしと歳が近く、仲良くしてもらっている。


「レンヴラント様がいらっしゃって、びっくりしたの」

「レンヴラント様が?! いいわねぇ、きっと今日も素敵なのでしょうね」


 うん。顔はね。


 レティセラは、にっこりと頷いた。


「庭園にいらしたのね? わたしも見に行って来ようかしら?」


 うん? それは……


「やめた方がいいかも。すごく機嫌がわるかったみたい」

「そうなの? 残念だわ」

 

 そういうと、アネモネは残念そうに「昼の休憩にいこう」とレティセラを誘った。


「その前に、わたしはこれを飾ってこなくちゃ」

「うん、じゃあ、先行ってるわ」


 アネモネと別れて、階段したでレティセラが花を飾っているところ、後ろから声がした。


(げ……)


「そこのお前」

「はい、なんでしょうか? レンヴラント様」

「さっきはなんで逃げた?」


 レティセラは、笑って目を逸らし、やり過ごそうとした。


(あれ?)


「頬……」

「あんなのは、魔法でどうとでもなる。なんで逃げた?」


 レティセラはにじりよられると、しぜんに顔に笑顔が張りついた。


「逃げたのではありません」

「あれのどこが逃げてないんだ」


 うるさい男。なんでみんなこんなのがいいんだろ。


「わたしは、この花を早く飾らなくては行けませんでしたので」


 花を見て、レンヴラントにお辞儀をし、もう行こうとすると、彼に呼び止められた。


「お前、名前は?」

「レティセラと申します」

「目障りだ、さっさと行け」


(人を呼び止めておいて、コイツは……おっと我慢)


「申し訳ありません。すぐに」


 心の中で、殴り飛ばしたい気持ち、をいつもの調子でおさえこんで、にっこりと笑い、レティセラは、そそくさと休憩室に向かった。


               ※


「おい、アルバート」


 アルバートは、うちの執事をしている。


「何ヵ月か前に来たメイドで、レティセラって女はいるか?」

「ええ、ノートン家の御令嬢ですね」

「ノートン?」


(へぇ、ノートン家なんて、まだあったんだな)


 レティセラの実家であるノートン家は、財が尽きて落ちぶれた、と言うのは、レンヴラントも知っている話だった。


「御当主から、とても強く希望があり、オズヴァルド様も断れなかった様です」

「フンっ、目的はおれか」

「さぁ? どうでしょう。仕事態度はまじめで、おかしいところは、今のところ何ひとつ見当たりませんが」


 まあいい。

 そう言うつもりなら、少しいじってやるか。


「レンヴラント様、お気に触るのでしたら、彼女を送り返しましょうか?」

「いや、いい。どうせ、自分から帰ることになる」

「かしこまりました」


 椅子にすわり足を組む。

 金髪に近い髪をまとめ、張りついた笑顔を思い浮かべて、あの仮面を剥がしてやる、とレンヴラントは机においた1本の花を指ではじいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ