はりつく笑顔
「んー。いい香り!」
暖かくなったと思ったら、もう、花が咲いて、お屋敷の庭には、たくさんの花が笑っている。
ここで働く様になってから、2ヶ月が過ぎた。
父親に「落とせ」と言われたこの屋敷の、御令息、レンヴラントというお方は、使用人たちの話でも、ずいぶんと優秀な人物らしい。
(まぁ、あんまり関係ないか)
あの日から、数える程しか、レンヴラントを見ることはなかったので、レティセラは、あんまり気にとめずに、仕事をして過ごしていた。
「こうやって、丁寧に切ってやってくれよ? あぁ、あまり咲き過ぎてないやつ、がいいな。オレは用事あっから」
「こうですか?」
パチンっ、とハサミで茎を切り、かごに入れる。
「そう、そう、その調子で頼むな!」
お屋敷に飾る花を、庭師のおじさんにもらっていると、彼は用があると言って、わたしをその場に残していった。
パチン、パチン。
花を切っていた手をとめ、レティセラは垣根に目をむけた。
話し声がする。
(なんだろう?)
レティセラが、垣根からのぞきこんでみると、レンヴラントが女性と話していた。
「あなた! わたくしをその気にさせた癖に、婚約はしないって、どういう事なの?」
「どうも、こうも。あんた、おれが、その気だと思ってたのか? その匂いの強い香水。胸元の空いた服。それで、ひとんちまで押しかけてくる図々しさ。あばずれじゃないか?」
ひどい言いようだった。
修羅場だわ……
これは、見られたくもないだろうし、これ以上見たくもなく、レティセラがそろっと離れようとすると、バチンっ、と音がして思わずかごを落としてしまった。
バサっ!
(バレたわぁ)
「よくも……最低!!」
わぁぁぁ、と女性は泣きながら走っていく。音で気づいたレンヴラントと目が合い、両手で口をおさえて目をそらした。
「お前、この間のメイドだな? ぬすみ見とはいい度胸だ」
彼が怖い顔で、歩いて近づいてくる。
「ふっ」
その顔を見て、レティセラは、我慢できずに吹き出してしまった。
「お前〜〜!」
「すみません!」
だって、端正なお顔が腫れていて……
もう一度吹き出さない様にこらえて、落ちてしまったかごをひろい、レティセラはにっこりと笑った。
「申し訳ありません、誰にも言いませんので!」
「あ、おいっ!」
逃げるが勝ち。
言葉だけをおく。レティセラは、走ってお屋敷の中に戻ってくると、大きく息をついた。
(あぁ、怖かった)
「どうしたの? そんなに息を切らして」
同じメイドの1人に見られて、驚いたかおをされた。彼女の名前は、アネモネ。わたしと歳が近く、仲良くしてもらっている。
「レンヴラント様がいらっしゃって、びっくりしたの」
「レンヴラント様が?! いいわねぇ、きっと今日も素敵なのでしょうね」
うん。顔はね。
レティセラは、にっこりと頷いた。
「庭園にいらしたのね? わたしも見に行って来ようかしら?」
うん? それは……
「やめた方がいいかも。すごく機嫌がわるかったみたい」
「そうなの? 残念だわ」
そういうと、アネモネは残念そうに「昼の休憩にいこう」とレティセラを誘った。
「その前に、わたしはこれを飾ってこなくちゃ」
「うん、じゃあ、先行ってるわ」
アネモネと別れて、階段したでレティセラが花を飾っているところ、後ろから声がした。
(げ……)
「そこのお前」
「はい、なんでしょうか? レンヴラント様」
「さっきはなんで逃げた?」
レティセラは、笑って目を逸らし、やり過ごそうとした。
(あれ?)
「頬……」
「あんなのは、魔法でどうとでもなる。なんで逃げた?」
レティセラはにじりよられると、しぜんに顔に笑顔が張りついた。
「逃げたのではありません」
「あれのどこが逃げてないんだ」
うるさい男。なんでみんなこんなのがいいんだろ。
「わたしは、この花を早く飾らなくては行けませんでしたので」
花を見て、レンヴラントにお辞儀をし、もう行こうとすると、彼に呼び止められた。
「お前、名前は?」
「レティセラと申します」
「目障りだ、さっさと行け」
(人を呼び止めておいて、コイツは……おっと我慢)
「申し訳ありません。すぐに」
心の中で、殴り飛ばしたい気持ち、をいつもの調子でおさえこんで、にっこりと笑い、レティセラは、そそくさと休憩室に向かった。
※
「おい、アルバート」
アルバートは、うちの執事をしている。
「何ヵ月か前に来たメイドで、レティセラって女はいるか?」
「ええ、ノートン家の御令嬢ですね」
「ノートン?」
(へぇ、ノートン家なんて、まだあったんだな)
レティセラの実家であるノートン家は、財が尽きて落ちぶれた、と言うのは、レンヴラントも知っている話だった。
「御当主から、とても強く希望があり、オズヴァルド様も断れなかった様です」
「フンっ、目的はおれか」
「さぁ? どうでしょう。仕事態度はまじめで、おかしいところは、今のところ何ひとつ見当たりませんが」
まあいい。
そう言うつもりなら、少しいじってやるか。
「レンヴラント様、お気に触るのでしたら、彼女を送り返しましょうか?」
「いや、いい。どうせ、自分から帰ることになる」
「かしこまりました」
椅子にすわり足を組む。
金髪に近い髪をまとめ、張りついた笑顔を思い浮かべて、あの仮面を剥がしてやる、とレンヴラントは机においた1本の花を指ではじいた。