06 出戻り出撃①
――月面第一都市『ウルフムーン』
「元」治安維持軍軍港・第8無重力整備区画
「――というわけだ。出撃は一時間後になる」
「了解しました」
「了解しました~……って、いやいやいやいやいや! おかしいでしょう!?」
「なんだグエン不満でもあるのか?」
「大アリですよ! 命はって帰ってきた矢先に出撃って、あんまりじゃないっすか!?」
【ガーベイジ】格納庫の一角にて、遺憾の意を表すのはグエン。その矛先となっているのは艦長のモラキンだ。
格納庫においては、無事に帰還したグエンの【コアⅡ】の整備が進められ、大破したアランの【コアⅡ】の解体と部品取りが進められている。そんな中で大声を発するグエンらのやり取りへとロイやベックら作業員たちは同情の視線を向けていた。
「大尉はついさっき軽い怪我ってことで済みましたけど、機体は大破。残ってんのは俺の【コアⅡ】だけ。戦力的にも厳しいし、何より疲れて眠いっす腹も減りました!」
「そうか。そういうと思っていつものハンバーガーを持ってきてやった。ほれ、食え2人とも」
「ありがとうございます。いただきます」
「わ~い、いっただっきま~っすって、餌付けでどうにかなると思ってんですか!?」
「でも食うんだな」
「そりゃ食いますよ。腹ペコなんで。ああ、美味いなちくしょう」
ひたすら勢いに任せて文句をぶつけるグエンだが、モラキンに手渡されたハンバーガーはしっかりと食べ進めていく。こうして戦闘から戻ってきたらモラキンがお気に入りのハンバーガーをパイロットに与えるのが恒例になっているのだ。
多くの作業員の声と作業音が響く中、ほどなくして食べ終わった2人は包み紙をモラキンへと手渡す。使い古した艦長服のポケットへとモラキンがくしゃくしゃに丸めて突っ込んだところでグエンが抗議を再開しようとしたが、それを遮るようにモラキンが格納庫ハッチの方を指さした。
「パイロットの補充はないが、今回は機体の補充がある。あれがお前の新し相棒だ、グエン」
「機体ぃ? どうせまた禄でもない機体……って、うえぇ!? マジすか!?」
「……【M・TMA-04C ケルベロス】か」
モラキンが指さす方向を見たグエンは、目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしまう。無重力空間にて搬入機によって【ガーベイジ】格納庫に入り込んできたその機体の名をアランは静かにつぶやいた。
限りなく人に近い動きができるように設計された【コアⅡ】をベースとしながらも、原型がほとんど垣間見えないほどの重装甲に覆われ、その機体重量を補うために各部へとスラスターが増設された機体。それが【ケルベロス】だった。
本来であればグエンの【コアⅡ】が配置されていたハンガーへと、搬入されてきた【ケルベロス】は作業員の誘導のもとで固定される。こんな部隊にいればまず搭乗することは不可能と考えていた機体へと、グエンは瞳を輝かせていた。
「バカみたいな重装甲とそれを補うアホみたいな推力の増設スラスター……! 【ケルベロス】の名称の由来となった両腕下部と背部バックパックの『長距離砲撃用大型カノン』……! いやあ、まさかこいつに乗れるだなんて、テンション上がりますねえ!」
「嬉しそうで何よりだ。こいつが来たってんなら、上手くやれそうか?」
「そりゃバッチリですよ! 何なら残存敵艦隊の殲滅だって請け負っちゃいますよ!」
さっきまでの反抗心など何処かへと消え去ったグエンへと、温かそうに見えてそうでもない笑みをモラキンは向ける。ここにいる誰もが、グエンの単純さに内心で呆れてしまっていた。
今現在の戦線を支える現行機の導入はありがたいことだったが、アランはどうにもきな臭さを感じていた。絶対に何か事情があると考えた彼が思慮にふけようとしたところで、とある様子が視界に入り込む。
固定された【ケルベロス】へと向かう作業員の中にロイの姿があったのだが、その表情が沈み込んでいるように見えたのだ。ギャンブル好きな彼の珍しい表情に疑問を抱いたアランは、迷うことなくモラキンへとそれをぶつけた。
「艦長。この【ケルベロス】、どういった事情でこちらへと流されたのですか」
「やっぱり聞いてきたか。今回のは理不尽指令系じゃなく、重めな事情系のやつだ」
「ほほう。そんじゃあ俺も聞きましょう。何せこの俺が新パイロットですからね!」
アランとモラキンのやり取りの間にテンション最高潮といった感じのグエンが割り込んでくる。そんな彼に2人は呆れた様な視線を向けるが、他の作業員たちはそれ以上の冷ややかな視線を向けてきていた。
嫌な静けさが張り詰め、格納庫内では作業音だけが響く。少々騒ぎすぎたかとグエンが自重するように真面目な表情となったところで、モラキンは告げた。
「この【ケルベロス】は、先の戦闘時に『ロイ・ダントン』准尉を誤射した機体だ」
「……え゛」
モラキンの報告を受け、グエンが固まってしまう。その横でアランは冷静に顎に手をやりながら告げる。
「なるほど。だから、同じ名同士で仲が良かった『ロイ』が沈んでいるわけか」
「そういうこった。俺たちは、仲間殺しの”いわく付き”機体を押し付けられたってことだ」
「……本当に、面倒な物ばかりやってくるな、ここは」
そういってアランは暗い表情のままで点検作業に入る『ロイ』を見据える。新たにやってきた新顔が受け入れられるには、しばらくの時がかかりそうな気配が漂っていた。