05 使い捨て部隊⑤
機体各部のスラスターを吹かし、対空砲火の雨の中を高速起動で駆けていく。飛来する誘導ミサイルや戦闘機をライフルで撃ち落とす精度は見事といえたが、如何せん数が多すぎた。
回避と迎撃に専念することが精一杯でまともに前進することができない。かといって現状の動きを止め、一点突破を目指すのはあまりにも無謀。そんな中でアランが舌打ちしながら接近してきた戦闘機にシールド側面を叩きつけて撃墜した直後、回線越しにグエンの歓喜に沸く声が上がった。
『イヤッホぉーウ!! 奇跡的に抜け出ました~!! そのまま離脱しますんで、頑張ってくださ~い!!』
『抜けたのか!? 運のいいやつめ!』
「しかも【ハーミット】を切り離していないか。今回のMVPはグエンで決まりだな」
生き残った喜びを表すかのようにグエンの笑い声が五月蠅いぐらいにアランとロイのコクピット内に響き渡る。煩わしく思えたその声を遮るように、2人はほぼ同時にグエンとの回線を切断した。
その勢いに便乗したいアランとロイだが、彼らを追い詰めるようにして響いたのは短いアラーム音。モニター下部に設けられている積載推進剤残量計が半分を切ったことを警告していた。
『大尉! こちらは推進剤が半分を切りました!』
「こちらもだ。速く離脱したいものだが――」
ロイからの報告に返答しつつ、迫ってきた誘導ミサイル群をライフルと『迎撃用胸部上バルカン』の連射で撃ち落す。爆発の衝撃をシールドで受け止めつつ、その勢いにスラスターの加速を乗せて敵巡洋艦へと急接近していった。
対空迎撃砲が少ない下部から巡洋艦へと取りつき、稼働させた高周波ブレードを船底に深々と突き刺す。間髪入れずに動き出し、迎撃砲撃が始まる前に船底を滑るようにして突き進んだ。
突き刺したままだった高周波ブレードは後部のエンジンまで致命傷といえる溶断痕を残した。すぐさま離れたアランの【コアⅡ】の背後で、船底とメインエンジン損傷による深刻なダメージに耐えきれなかった巡洋艦は大爆発を遂げるのだった。
「っ――」
巡洋艦一隻を堕としたアランだが、その進行先にあったのは別の巡洋艦。アランを真上に捉える形で存在していた巡洋艦からは、仇を討たんとばかりに砲撃が放たれる。
「無理か」
巡洋艦から放たれた砲撃を全て回避することは不可能だと即断したアランは、予想できる被弾位置を庇うようにシールドを構え、巡洋艦へと突撃を敢行した。
主砲から一撃をまともに食らったシールドが一瞬にして耐久限界を迎えたことをモニター端の装備兵装状態一覧が伝える。それを横目に見ながらもアランは進むことを止めなかった。
突き進むアランは目前にまで巡洋艦との距離を詰めた。主砲、副砲の迎撃可能射程域を超えたのを確認したアランは、被弾を承知で左腕部からシールドを取り外し、左手で掴む。
「これでっ」
巡洋艦のCIWSからの迎撃を受けながら、左手に掴んだシールドを艦橋部分へと勢い任せに”突っ込む”。派手に破砕した衝撃は艦そのものを歪ませるほどのものだった。
「ぐぅっ!?」
それだけの勢いをスラスターで減速しきれるはずもなく、アランの【コアⅡ】は巡洋艦に激突してしまう。しかしながらそれが止めとなったようで、巡洋艦は沈黙するのだった。
激しく揺さぶられたことでこみ上げてきた吐き気を何とか堪え、アランは機体状態と周囲状況を即座に確認する。左腕が耐久限界を超えたことをアラーム音が知らせ、未だ乗組員がいる巡洋艦に砲撃が当たるのを恐れて周囲の艦艇は攻撃の手を止めていた。
これを好機として左腕を切り離し、右手のライフルで周囲の艦を攻撃しようとしたその時、ロイの喜びの声が響いた。
『やった! やりました大尉! 脱出にっ――』
「……ロイ?」
敵艦隊からの脱出に成功したと思われたロイの歓喜の声は、途中で途切れる。そしてモニター左上に表示されていた敵だらけのレーダーの中には、信じられない表示が映し出されていた。
「――『Friendly Fire』? 誤射だというのか」
LOST(友軍機撃墜)の表示の上に赤文字で表示されたのは、『Friendly Fire』。敵艦隊から抜け出したロイは、友軍機からの誤射によって撃墜されてしまったのである。
しかしながら、友軍の存在などないはず。一体どこから。アランがそう考えた矢先、ライフルの照準が捉えていた敵巡洋艦の艦橋に遠距離砲撃が直撃した。
他の艦へも次々と攻撃が飛来し、敵艦隊の注意はアランの手負いの【コアⅡ】から艦隊進行先へと向けられる。何事かとレーダーの範囲を拡大したアランは、素直に驚きの声を漏らしてしまった。
「……友軍。それも、主力艦隊。『ウルフムーン』は既に落としたのか」
戦況は上々だと聞いてはいた友軍主力艦隊が迫る治安維持軍艦隊の迎撃にやってきたのだ。アランたちの突撃によって大きく陣形が乱れていた敵艦隊は、次々と友軍艦隊からの攻撃を受けて総数を減らしていく。
やってきた離脱のチャンスだが、下手に動けばロイの二の舞にもなりかねない。切迫した状況下で決断を迫られたアランが【コアⅡ】を動かそうとした、次の瞬間。
「っ――!?」
味方艦隊からの砲撃がアランの【コアⅡ】の足元にある巡洋艦に数発直撃し、壮大な爆散を遂げるのだった。
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「――っ」
暗闇の中で、アランは目を覚ました。体の至る所が激しく打ち付けたためか痛みを訴えていた。
呼吸ができることと、体が動くことから生きていることは理解できたが、眼前に広がっているのは真っ暗闇。無重力空間特有の浮遊感があることからまだコクピット内にいるようだが、それ以外は何も分からなかった。
「……駄目か。操作パネルが死んでいる。録音機能も、駄目か。生きていられたのが奇跡といったところか」
身の回りの機器を触れてはみるものの、全く反応しない。生きてこそいるが絶望的状況にいることを把握したアランは、小さくため息をついた。
「これで俺も終わりか。6度目の戦闘にて、死亡。まあ、よくもったほうか」
運良く生き残った自分のこれまでをアランは思い返し、もう一度ため息をつく。生きることを諦めるその姿からは潔ささえ感じられた。
ほどなくしてやってくるであろう窒息死の瞬間をアランは目をつぶって待つ。もう既に死んでいるようにも見える彼だったが、死人に近い耳に聞きなれてしまった声が届いた。
『大尉―? 生きてますー? 死んでますー?』
「……グエンか」
『あ、生きてた。どうも、俺です』
ふざけた様なグエンの笑みがアランのヘルメット越しにあった。腕部のパネルにはいつのまにか非常用携帯電源が接続されており、アランのパイロットスーツは電源を回復させていた。
グエン後方のコクピットハッチは引きちぎられ、星が見えるようになっている。補正音源が起動していなかったためにグエンがやってきたことを感知できなかったようだ。
『戦闘終了から2時間。大尉を乗せた大破した機体が運よく月面へと流れつき、味方が見つけてくれたって流れです』
「そうだったか」
『迎えは俺一人ですけど、美女あたりを連れてきたほうがよかったでしょうか?』
「不必要だ。そういうのはお前が好きなだけだろう」
『ですよね。ってか、これだけの返答できるなら何の問題もなさそうだ。いやあ、良かった良かった』
そういって笑うグエンは僅かに後方へ移動し、コクピットハッチがあった部分に手をかけて止まる。そしてコクピットのベルトを外し終えたアランへ向け、腹立たしい笑みを向けながら告げるのだった。
『――おかえりなさい。地獄へ』