04 使い捨て部隊④
悲壮に満ちたフィリアの叫びは最後まで発せられることなく、爆炎の中へと消えていった。後方における友軍機ロストの簡素な文字がモニターに表示され、残る3人は彼女の死を確認する。しかしながら、その死を悼む余裕は僅かにも存在しなかった。
着実に敵艦隊へと距離が近づいていく3人。正確に把握できるようになった敵艦隊の規模を確認したアランは、冷静につぶやいた。
「敵艦隊、想定の倍近い規模。このまま進めば戦列中央部側面から突入する模様」
『あっはっはっはっ! 笑えますね大尉! これ敵さんの本隊なんじゃないっすか?』
『何故この状況で笑えるグエン!? これっぽっちも笑えんぞ!?』
『いや、もう、笑うしかないじゃねえの。どうしようもなさすぎてさ』
諦めの笑い声をグエンが上げても仕方がない。彼らが観測した通り、これより接触する敵艦隊は想定の倍の規模があったのだ。
絶望的な空気が3人の間で漂い始めるが、敵は休む間を与えてはくれない。敵艦隊反撃のミサイル接近警報を確認し、オート航行を解除した各機は再び電磁砲による牽制を開始した。
「それでもやることは変わらん。各機、突入前にもう一射放てるか」
『ダメでーす! 過熱状態ですよこんちくしょー』
『こちらもです。大尉は?』
「……駄目だな。想定では連続三射までいけたはずだが、この様か」
試験運用においては連続して三射放てたはずの試作重粒子砲は、たったの一発放っただけで限界に到達していた。試射時と実戦時における状況の違いが大きな要因だったようだ。
「戦闘によって稼働していた他兵装の影響を受けたと思われるが、詳細は不明。放熱を待つだけの余裕はないため、敵艦隊突入前に本兵装は放棄する」
慌てることなく、録音機能へと事務的報告を済ませたアランは躊躇うことなく試作重粒子砲を機体下部から切り離した。続くように他の2機も切り離し、感性移動に従った試作重粒子砲はあらぬ方向へと進み始める。
高熱源のそれを敵機と誤認したのか、一部のミサイルが撃ち落さんと向かっていった。ほんの僅かでも生存に役立ってくれた”役立たず砲”を横目で見送りつつ、アランは突入直前最後の指示を出した。
「これより、敵艦隊へ突入する。各機、派手に暴れろ」
『了解。派手な花火を敵さんに見せてあげましょうか!』
『縁起でもないことを言うなグエン!』
死線の目の前にありながらいつもの調子を崩すことなく、3機は電磁砲を撃ち放ちながら敵艦隊中央側面へと突入していく。地獄に踏み込んだ彼らを待っていたのは、対空砲火の嵐だった。
巨体故に被弾前提の造りをしているが、先のフィリア機撃墜のこともあって可能な限り3機は回避行動を実施する。それでも機体に弾が直撃するのは免れず、コクピット内は激しく揺さぶられていた。
「――試作多頭ミサイルポッド、切り離し開始」
生きた心地のしない状況下の中、眼前の敵艦を寸で避けたアランは操縦桿のトリガーの全てを引く。それに応じ、”ヤドカリ”はその背に搭載していた所謂”殻”といえる兵装を2つ切り離した。
”殻”である兵装は1機に合計で6つ。敵戦艦の半分ほどはある大型長方形のそれは、上部に平行二列に並んで積載されていたものだった。
備え付けのスラスターを吹かして切り離されたその場所に漂う物体に、敵艦隊の面々の注目が集まる。真っ白な”殻”の全体の外装がパージされ、内容物を確認した敵艦が即座に破壊しようとしたが、もう遅い。
「全弾、発射」
アランがトリガーから指を話した直後、”殻”内部にずらりと並んでいた発射口からミサイルが一斉発射された。自動照準にて標的へと突き進むそれらは、瞬く間に多数の命を乗せた大爆発を引き起こすこととなった。
敵艦隊内を突き進んでいく最中で、アランは同様の操作で”殻”を切り離していく。中には外装パージ前に破壊されるものもあったが、敵艦隊への打撃としては十分といえるものだった。
「本試作兵装は有効。しかしながら使用環境が特殊すぎるのが難点か。偽装によって敵密集地で起動するなどの改善が必要と考えられる。以上」
淡々と試作兵装への感想を述べながら、アランは敵艦隊内を突っ切っていく。その地獄のような道のりが終盤に差し掛かろうとしたところで、モニター下部にある計器が異常を知らせてきた。
「……両側の電磁砲、残弾ゼロ。【ハーミット】耐久値も限界に到達。ここに【ハーミット】運用終了を宣言する。十分に活躍してくれた。敵艦隊突破前に”離脱”を実行する」
ここまで耐えしのいだ”ヤドカリ”もとい【ハーミット】へと労いの言葉を告げたアランは、手早く右手側のパネルを操作する。それによって下半身を埋めていた【コアⅡ】の左右の格納ハッチがせり出し、装備可能な兵装を展開した。
右手に『対近接戦闘用高周波ブレード付き120mmライフル』。左手に『TMA用複合合金シールド』。各武装が機体に固定されたタイミングで、【ハーミット】は別れを告げるように【コアⅡ】の下半身を解放し、残る燃料を駆使して巨体に急制動をかけた。
死と隣り合わせの戦場に似つかわしくない『人型兵器』が、対空砲火の嵐の中を潜り抜けていく。その兵器、【コアⅡ】の顔と呼べる位置にある高性能複眼カメラがほのかな青い輝きを放ちながら戦場を見定めていた。
「【コアⅡ】、離脱完了。機体各部、兵装、異常なし。これより敵艦隊突破を実行する」