1日目ー⑤ 「元」友達
最初の集団から離散して1時間余り、ほとんどの生徒は各陣営のエリア、安全地帯に入り込み息をひそめていた。今現在「グレーエリア」に留まっている生徒は数人。萌葱、海松、縹の3人と、渋染に青山を呼び出すよう指示した荒川、そして今、島の灯台付近に集合している、松田達の一行だった。
「あ、松田くん…それに、天王寺くんに新田くんも。」
「奥田くん。君も…同じことを考えてたんだね。」
灯台の周りに集まったのは松田のほかに天王寺、新田、奥田、緑黄園、煉瓦の合わせて6人だった。奥田は古びた灯台を見上げると、小さくため息をついた。
「この調子だと…使えそうにないかもしれないな。」
「私ももしかしてって思ってきちゃったけど…」
灯台を動かして、島の外に助けを求めることが出来るのではないか。ここに集まった6人は、全員同じことを考えてここに集まってきていた。しかし、遠くから見えていた灯台も、こうして間近で見てみるとすっかり寂れてしまっている。植物の根が建物に絡みつき、とても使えるようには見えなかった。
「でも、確かめてみないことには分かりませんよ。とにかく登ってみましょう!あきらめるのは、それからでも遅くありませんよ!」
天王寺がそういうと、緑黄園が「そうだね」と同意する。全員で灯台に上ろうとすると、新田がきょろきょろと周りを見回していることに松田は気づく。
「新田くん、どうかしたの?」
「ああ…灯台のことが気になったのもあるが、ルールに書かれていた「武器」に関して、俺に合うものを見つけたいと思ったんだ。だから、ここまで一人で探してきたんだが…」
そう言われて、納得する。そうか、新田は弓道部のエースだったか。弓矢の類が手に入れば、彼にとっては銃よりも扱いやすい、強力な武器になるに違いない。
「…先に、一緒に灯台を確認しない?出来るだけ1人にならない方がいいよ。」
「…そうだな。そうしよう。」
階段を登りながら、煉瓦は落ち着かない様子で何度もきょろきょろと窓から外を確認した。
「…ホントに大丈夫だろうな?はっ…お、お前ら俺のことを裏切ったりしないよな!?俺が普通科だからって、仲間じゃないとか言い出さないよな!?」
「もう、変なこと言わないでくださいよ。私たちはそんなこと言いませんってば。」
「そうだよ。それに僕が十色高校に来たのは、去年の1月だ。クラスの仲間になった時期は君たちとそこまで変わらないし、僕は「進学科」だとか「普通科」だとか、そんなことは気にしたりしないから。」
「無論、僕たちもそうだ。そもそも、クラスメイトでそのことを気にしている人数の方が少ないと思う。空気が邪魔しているんだよ、そうに決まっているんだ。」
奥田がそういうと、煉瓦はちょっとだけ安心したように挙動が安定した。
「あっ…ここみたいだね。」
灯台の最上階に登ると、そこには大きなライトがあった。煉瓦が真っ先にライトの近くに駆け寄ると、隅々まで何か調べ始める。
「…たぶんだけど、電気が通ってない。このままじゃ明かりをともすのは無理だよ。」
「…まあ、そう上手くはいかないか。」
「いや、けど灯台には非常用のために蓄電池が用意されてることがあると思う。だから、下へ行って中に入ってみないことには―――」
「へぇ、詳しいんだね、煉瓦くん。」
「ま、まあちょっとだけな。詳しい知識があるわけじゃないから、そんなに期待しないでくれよ…じゃ、ちょっと下へ見に行きたいんだけど…」
「分かった。なら俺も一緒について行こう。」
1人で向かうことへの煉瓦の不安を察したのか、新田が名乗り出て2人で階段に向かった。その間、松田は海を見つめて黙り込んでいた。
「…?どうした、松田くん。何か気がかりなことがあるのかい?」
「いや…ちょっとだけ、考え事をしていてね。これからのことをちょっと―――」
まだ島の中は静かだ。気がかりなのは紙に提示されていた「ルール」。ゲームへの積極性というのは、結局は向こう側の匙加減でしかない。いつ何らかの指令がくるか、そこが心配だ…
「松田くん、灯台が動いても動かなくても、これからどうするか考えなくちゃいけませんね。」
「うん、そうだね――――」
天王寺の言葉に返事をしたとき、不意に耳障りなサイレンが聞こえてきた。
※※※
『青山くん、一緒に来てほしいの。』
最初に声をかけられたとき、青山の胸の中にあった感情はただただ「困惑」だった。渋染赤音は1年生、はじめから正規の「進学科」の生徒の1人だ。特段仲良くしていた記憶はない。それどころか、ほとんど会話をした覚えすらなかった。
そんな彼女が、開口一番に「一緒に来てほしい」と言われた。一体全体どうなっているのか、頭の中がパンクしていた。
「…ねぇ、渋染さん。いったいどこに行くの?」
「…もう少しだから。」
渋染は、ほとんど何も話そうとはしない。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、1年前のことを思い起こしていた。どうしてこんなことになってしまったんだろうか。最初に十色高校に入った時、自分の人生はもっと輝いていたはずだったのに――――
「よぉ。」
思考していた青山の精神は、下腹部に広がった激痛にかき消されてしまった。
「あ…っ!がぁ――――!!」
「…あいっかわらず、弱っちくて鬱陶しいやつだぜ。」
涙でぼやけた視界が、うっすらと人影を捉えた。それは、何年も前から見覚えのある人物。青山はえずきながら、必死に立ち上がろうと地面を這った。
「みっともねぇなぁ、芋虫みたいでよ。」
「あっ…荒川くん…何で―――?!」
「何で?何でだ?決まってんじゃねぇかよ。俺は「シロ」で、お前は「クロ」。それだけで理由は十分ダローが。お前だって抵抗してもいいんだぜ?出来るんならな、ああ?」
荒川の強烈な蹴りが、地面にうずくまっている青山の頭に命中する。泣き叫ぶ青山の声が、周囲にこだました。
「やめ…やめてよ!何で…何でこんなことするのさ!?どうして、正紫くん―――」
「うっせえぇ!!」
荒川は青山の上に馬乗りになり、再び拳を振り上げて青山の頬を殴った。血の付着した白い固形物が地面に転がる。零れ落ちた青山の歯を見つめながら、渋染は黙ってその場に立ち尽くしていた。
「た――助けて、渋染さん!渋染さ―――」
救いを求める声も、荒川の拳によって途切れる。血の付いた拳を振り上げながら、おかしな笑いがこみあげてきていた。
「女に助けを求めるなんて、恥ずかしくねぇのか?何にも出来ねぇなあお前は。なあ?いっつもそうだ。いつだって1人じゃ何にも出来ねぇ、何にも…俺なんかよりずっと…下だったじゃねぇかよぉぉ!!」
※※※
市立大場中学。夕暮町の隣の市にあるこの学校は、1学年の生徒数が130人と、過疎化、超加速度的少子化と言われる昨今では珍しく生徒数の多い学校だった。
『よぉ青山、なにしけた顔してんだよ?』
『た、正紫くん…あっ、ちょっと、返してよ!』
『ふーん、学内順位107位ね…ダメダメだなぁお前は。勉強も運動もダメ。どんくさいんだよなぁ、まったく。』
『は、はは…けど、ホントにその通りだよ。正紫くんは?』
『俺?俺はホラ、21位!お前とは違って俺は出来るやつだからな!』
『すごいなぁ…僕なんかには、とっても―――』
『……ホラよ。』
『え?』
『塾だよ、塾。俺の行ってる塾のチラシだよ。今日日学校のベンキョだけで高校受験なんて出来るわけねーんだからよ。』
※※※
『英次の成績で塾に行ってもねえ…お金の無駄遣いになるんじゃないの?』
『そ、そうかもしれないけど―――』
『学校の授業だけで充分じゃないの?まずはそこで頑張ってみないと分からないじゃない。』
『う、うん。そうだね―――』
『おばちゃん、そんなこと言わずに入れてやってくれよ!俺もこの塾いってるけどさ、成績だってめちゃくちゃ上がってんだから!それに、今入ったら割引対象になるし、最初の1か月は無料だしさ!』
『荒川くん…けどねぇ、うちは…』
『頼むよ、俺がちゃんと付き合うからさ、なぁ。』
『…そうね、まあ一月様子を見るくらいなら…その代わり、ちゃんと勉強しなさいよ?途中で投げ出すなんて許さないからね。』
『あ、ありがとう、お母さん!それに、正紫くんも―――』
『…紹介者には図書カードが出るんだ。そのついでだよ。』
※※※
ずっと、俺のことを見上げてるだけのやつだと思ってたんだ。
『よぉ青山、どうだよ、今回の模試は?』
『あ、あはは…ダメだったよ、偏差値?もやっと50に届いたくらいだし―――』
『前よりも上がってんじゃねぇか。んで、十色の進学科の判定は?』
『Dだよ…ま、最初のF判定よりもマシなんだけどね…』
下だった。間違いなく下だったんだ。勉強もできない、運動だって点でダメ。在学中に彼女だっていたこともない。順風満帆だったはずだったんだ。何もかも、すべてうまくいっていたはずなのに。
『また、成績が落ちてるみたいだな――』
『……』
『ちゃんと勉強はしてるのか?これからが追い上げ時なんだ。今踏ん張らないとどうしようもないぞ。』
『……』
『正紫!アンタもっとちゃんと先生の話を―――』
『うっせぇな!やってるよ!!』
人生は思っていたほど甘くはなかった。これからも楽勝で、自分の思った通りのレールに乗っていけると思っていたのに。2年に入って成績は落ち始め、思いどおりの成績が取れなくなってきた。
『…クソっ』
『正紫くん、正紫くん。』
『…何だよ。』
『今回の模試どうだった?』
『…まあまあだよ。』
『そっか…』
『…お前はどうなんだよ?』
『あっ、そうなんだ!見てよ、今回の模試で初めて進学科のB判定が取れたんだ!』
『…っ』
『全部正紫くんのおかげだよ!一緒に十色高校に入れるように頑張ろうね!』
…何で。どうして。どこで間違った?目の前の青山が、俺よりも上に行くなんてことがあるはずがない。何かの間違いだ。
『正紫、とにかく挽回しろ。今はお前の努力が足りないだけだ。もっと根詰めて勉強すれば―――』
『…るせえよ。』
『何?』
『うるっせぇんだよ!!俺がやってないって!?やってるよ!うるせぇんだよ!!黙ってろよ!!!』
『た、正紫!』
※※※
体育は嫌いだ。何かにつけて制約を付けられて、本来は楽しいはずの身体を動かすことが苦痛になる。だから、スポーツも同じように嫌いだ。
誰かに縛られるのが嫌いだ。我慢をし続けた後で、その我慢がムダだったと気づくとやりきれないから。どうせ結果が変わらないなら、結果が出るまで自由であり続けたい。そんな風に思うようになったのは、高校入試に落ちてからだ。
「いいよなぁ、お前は。順風満帆で、何の苦労もせずにここまで来てよぉ…本当にムカつくぜ。俺が苦労して、ずっとむしゃくしゃしてるときに、お前はずっと楽しんでたんだもんな?俺のこと、心ん中でバカにしてたんだろ?」
「そ、そんなこと―――正紫く――」
「うるせぇ!気安く呼ぶんじゃねぇよ!!」
拳を振り下ろす。青山の顔は既に腫れ上がり、目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「…渋染ぇ!そこの包丁よこせ!!」
「っ!!」
荒川が渋染に向けて叫ぶ。荒川の視線には、地面に転がっている包丁に向けられていた。それに気づいた青山が、これまでにないほどに抵抗した。
「やっ…やめてよ正紫くん!やめて!何でこんなことするんだよ!!」
「渋染、早くしろ!!」
「……」
渋染はしばらくじっと視線を伏せていたが、荒川の怒号に反応して、ようやくゆっくりと動き出し、地面に落ちている包丁を手に取った。
「やめて!助けて!何で…何でなのさ!!?」
「さあ…何でだろうなぁ…?何で、こんなことになっちまったのか―――」
荒川は一瞬だけ拳を緩めた後、何かもどうでもよくなったかのように薄ら笑いを浮かべた。
「けど、こうなっちまんだからしょうがねぇだろ?」
渋染が、包丁を手に取って荒川の背後に歩み寄ってきた。
※※※
肉を裂くような鈍い音がした。もちろん、これまでの人生で聞いたこともないような音だ。真っ赤な血が青山の身体に降り注ぎ、周囲に錆臭い匂いが充満した。
「あ……ああ………?」
渋染が包丁を引き抜くと、背中から大量の血が吹き出し、それと同時に荒川の叫び声が響いた。
「ああ、あがあぁぁぁぁぁ!!!渋っ…てめぇ、何を―――」
いい終わるまでもなく、荒川の喉笛に包丁が突き刺さった。噴水のように血がまき散らされたかと思えば、倒れる荒川に馬乗りになって、渋染は何度も何度も彼の身体を刺突した。
「し、渋染、さん…?」
ひとしきり荒川の身体を刺し終えると、渋染はボーッと空を見つめ、そして青山に振り向き、笑った。
「(そ、そうか…僕も渋染さんも、同じ「クロ」のチームじゃないか…!)」
荒川は「シロ」の陣営だった。つまり、今回のゲームにおいて2人と荒川は敵同士だったのだ。そう気が付いたのも束の間、大きなサイレンが島中に響き渡った。
『荒川正紫、死亡!荒川正紫、死亡!』
「な、なんだこれ…?!」
「死んだ人のことを…アナウンスで伝えてるみたいね。」
「あ、今正紫くんが死んだから―――」
荒川が死んだ。その事実が本来なら重くのしかかるはずなのに、今の青山にとっては安堵を浮かべるような事柄になっていた。突然襲われて、危うく殺されるところだった。彼の真意は最後まで、青山は最後まで知ることが出来なかった。
「あ、ありがとう渋染さん。僕のこと、助けてくれて…」
渋染は、青山の礼にただ微笑むだけだった。命の危機を救われた。身体中に激痛が走り、意識はまだ朦朧としているけど、とにかく命を拾った。
「(これからどうなるんだろう、まずはそのことを考えないと―――)」
「渋染さん、とにかく一度さっきの安全地帯へ―――」
ブシュッ。
さっきも聞いた音だ。肉を裂く音だ。それから、腹部に感じる激痛。最初に荒川に蹴り飛ばされた時よりもずっと鋭く、火が出るような熱い、痛み―――
「あ、うわぁああ!!!!」
赤い。熱い。痛い。足がもつれて倒れた時、視界に写ったのは包丁を持った渋染だった。
「し…渋染さん、どうして――」
「…青山くん、じっとしてて。」
「やめて!やめて!!何で、僕たちはチーム―――」
荒川にしたように、首に向けて包丁を突き立てる。ヒューヒューという空気が抜ける音が聞こえたが、喉を潰したため声は出てこない。渋染はにっこりと笑うと、先ほどと同じように、青山の身体を刺突し続けた。
『青山英次、死亡!青山英次、死亡!』
サイレンの音がけたたましく響いていたが、渋染の耳には届いていなかった。次に意識がはっきりしたのは、青山の身体が穴だらけになった時だった。
『…ハハ、ハハハハハ!!!ばっかじゃねぇの!!?紙の裏に何か書いてるか確認するなんてよ、小学生でも出来ることだぜ!!そんなことも出来ねぇのに、よくもまあ進学科なんかに入れたもんだ!バァァァーーーカ!!』
「チーム分けが書いてあったんだ…知らなかった。だって、興味なんてなかったんだもの。」
※※※
サイレンの音は、島中の生徒たちに聞こえていた。その音は生徒たちに不安感を抱かせるには十分だった。紅葉は白馬の袖を掴んで怯え、灰場は他の仲間を庇うように両手を広げ、周囲をきょろきょろと見回した。
「今のサイレンって…?」
荒川と青山が死んだ。立て続けに。何が起きているのか、何が何だかさっぱり分からなかった。
「ひぃ!?な、なんなんだよ、どうなってんだよ…!?」
「騒ぐな。当然のことが当然に起きただけだ。始まったんだよ、ゲームがな。」
怯える煉瓦を諫めながら、新田はゆっくり蓄電池から離れた。
「それで、動くんだな?この蓄電池で。」
「そりゃあ動くよ!けど、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?荒川が殺されたんだぞ!だ、誰かが普通科の奴を狙ってるのかも――――」
「直後に青山も死んだ。青山は進学科だ。慌てるな、何の心配もいらない。俺が何とかしてやる。」
新田は倉庫の奥に進むと、壁に立てかけてあった「武器」を手に取った。煉瓦についてきて正解だったと思うと同時に、新田は既にひとつの覚悟を胸に秘めていた。
灯台に集まったメンバーたちは、点灯したライトを水平線上に向けながら、祈るように手を合わせていた。松田は思いつめたように下を向き、その様子を奥田は横目で見る。
全員に緊張が走っていた。あるものは怯え、あるものは怒り、あるものは暗躍し、あるものは決意をする。開始から1時間半が過ぎたころ、第9回の「シロクロゲーム」が動き出そうとしていた。
残り:39人
荒川くんは中3の春にグレて、今のような感じになりました。それでも十色高校進学科の夢を捨てきれずに受験するも、あえなく不合格。滑り止めとして受けた普通科に、未練を引きずったまま入学しました。
青山くんは荒川くんがきっかけで勉強することを覚え、努力の末に進学科に合格。荒川くんのことを気にしてはいましたが、不良になった彼とは距離を取っていました。