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シロクロゲーム  作者: 竹取翁
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1日目ー④ 蠢く

 体育は嫌いだ。何かにつけて制約を付けられて、本来は楽しいはずの身体を動かすことが苦痛になる。だから、スポーツも同じように嫌いだ。


誰かに縛られるのが嫌いだ。我慢をし続けた後で、その我慢がムダだったと気づくとやりきれないから。どうせ結果が変わらないなら、結果が出るまで自由であり続けたい。そんな風に思うようになったのは、ここ1年ほどだったりする。


「…っこのぉ!!」


走り続けると、息が切れる。息が切れると当然呼吸がしづらくなるし、汗も出る。汗が出ると、背中に服が張り付いて気持ちが悪い。気持ちが悪いと、気分きもちが悪い。そんなときに、誰かを殴れば一瞬すっきりすると気づいたのも、ここ1年ほどだったりする。


「ハァ…ハァ…ッ!」


切れた呼吸を整えながら荒川が見下ろしているのは、唇を切って傷口から血を流している、渋染赤音だった。頬を思い切りぶたれた彼女は、特段いつもと変わった様子もなく、呆けた顔で荒川のことを見上げていた。


「よぉ…渋染ぇ…てめぇ、こんなとこで、何してんだ…?」


「何を…?何か、とにかく走らなきゃいけないと思って――――」


「っせぇな!テメェの言うことなんざ興味ねぇんだよ!!」


我ながら理不尽である。そう思ったが、今の精神状態では、他人を気遣うなんてことはとてもじゃないが出来そうになかった。俺はそんなに器用な人間じゃない。


「なぁ…何だよこれ…?何なんだよ、コレ!?何でこんなことになってンだ!?あのわけわかんねぇ男は、俺たちに何させたいんだよ!!?」


「それは…私にも分からな―――」


「わかんねぇ!?何で分かんねぇんだよ!?何のためのガリ勉ちゃんだよ!?お前らは俺たち凡人とは違う、成績優秀な「進学科さま」なんだろーが!!?」


渋染が言い終わる前に、荒川の怒号が彼女の言葉を遮る。彼女の胸には、黒いワッペンが雑に取り付けられている。俺とは別のチームってわけだ。つまりは、俺はコイツを殺す権利がある。凡人の俺にもわかる、単純なルールだ。


「ハッ…!渋染、テメェは「クロ」だ!俺は「シロ」!これってどういう意味か分かるか!?俺たちは別のチーム同士、殺し合うことになってるってことだよ!」


「チーム…?」


「全員のポケットに入ってんだろうが!さっき誰かが開いて走ってくのが見えたぜ…どうせ最初の時、あのクソ野郎が俺たちの制服の中に忍ばせたんだ!」


「紙…?ルールを書いた、紙のこと…?」


「その裏に書いてあんだろうが、ボケが!」


どうやら渋染は、ポケットの中に紙が入っていることには気づいていたが、ルールが書いてある裏面にチーム分けが書いてあることには気づいてなかったみたいだ。そう思った瞬間、荒川はどうしようもない優越感がわいてきた。


「…ハハ、ハハハハハ!!!ばっかじゃねぇの!!?紙の裏に何か書いてるか確認するなんてよ、小学生でも出来ることだぜ!!そんなことも出来ねぇのに、よくもまあ進学科なんかに入れたもんだ!バァァァーーーカ!!」


大声でののしると、気分が良かった。そうだ、今は「普通科」も「進学科」も関係ない。腕力があるこっちの方が、「アイツ」よりもずっとえらい。


「…へへ、安心しろよ?俺は敵でも、丸腰の女ぁなぶるような趣味はないからよ…」


「…もうしてるくせに。」


渋染がボソッと何かつぶやいた気がしたが、荒川には聞こえなかった。


「渋染、青山を連れてこい。どうせあの腰抜け、安全地帯でコソコソ隠れてんだろ?すぐに探し出して、ここに連れてこい。そしたらお前のことは見逃してやるよ。」


渋染は何も言わなかった。自分の下で横たわっている、反撃をしてくる様子もないか弱い女子生徒。荒川にとっては、目の前の彼女は単なる使いっ走りと同じだった。


「おい、分かったな?もしこのまま逃げやがったら…わかってんよな?」


そんな荒川の問いに、渋染は静かに頷いた。




※※※




「クロ」陣営で地図を手に入れたのは桃岬だった。桃岬は恐怖に震えながらも必死に安全地帯を目指し、そうして道中で見かけた同じ色の生徒たちに、片っ端から声をかけた。自分がしっかりしなければ。クラスのみんなを導かなければ。そんな使命感に駆られていたのだ。


「落ち着いた?琴音。」


「…うん、ありがとう、彩羽ちゃん。もう大丈夫、ずいぶん休んだから。」


そうした桃岬の呼びかけで集まったのは、黄櫨彩羽、檜皮真紀、麹塵貴代美、雄黄敬二、鴇龍星、朽葉香波の6人だった。


「おいおい…おいおいおいおい、無理だって。こんなの無理ゲーだっての。相手は熊殺しの縹だぜ!?俺たちでまともにケンカできる奴なんていないよ!絶望だぁ、俺の人生あんまりすぎる結末だぁ―――」


「それってデマでしょ。縹は熊を殺したんじゃなくて、素手で殴り合って森に追い返したんだって本人が言ってたよ。」


「いやそれでも十分人間離れしてんだよ真紀ちゃん!?」


絶望に浸る雄黄に対して、檜皮は冷静に訂正を入れていた。確かに最悪の状況ではある。何よりも彩羽にとって最悪だったのは、中学校からの友人たちである紅葉、白馬、好奇、加世らと離れたことだった。


「ねえ…誰か、ここに来る途中で牡丹のこと見なかった?」


「東原?さあ、俺たちも逃げるのでいっぱいいっぱいだったし…そもそも他の連中って地図を持ってねぇんだろ?安全地帯にまともにたどり着けてるかも分からねぇぜ。」


鴇の返答に、彩羽はますます表情を曇らせた。中学からの友人として唯一同じ陣営になったはずの牡丹は、ここに来る途中で姿を見かけることはなかった。


「あの子…気が弱くて臆病なところあるから…どこかで1人だと思うと心配で―――」


「はぁ…彩羽ちゃん優しいなぁ…もうこの際俺と付き合ってよ。まさかこんなことになるなんてさぁ、高校時代に彼女の1人でも作っとくんだった―――いてっ!」


「これ以上冗談を言っている場合でもあるまい。シャキッとしろ。」


雄黄の言葉を手刀で遮ったのは麹塵だ。檜皮の彼女の2人はさすがというべきか、このどうしようもない状態で、いつも通り冷静で落ち着いて見えた。


「とにかく、同じ「クロ」に割り振られた生徒を探そう。そのあとで「シロ」の連中とも話を付ける…慌てても何も進まないからな。」


「こ、この状況で何を話し合おうってのよ…?」


朽葉が横から口をはさむと、今度は麹塵の代わりに檜皮が答える。


「まあ、ひとまず物騒な争いはやめよう…ってことじゃない?閉じ込められたからって、はいそうですかって向こうに従う必要はないよ。」


「け、けど何もしなきゃ殺されるのよ!アンタだってルール読んだんでしょ!?」


「読んだけど、まだ誰も殺されるようなことにはなってないよ。先生と金原以外はね。ゲームが始まる前だったから、今ルールと照らし合わせて数にカウントすべきじゃないと思う。」


「なってからじゃ遅いじゃない!!」


「だからって、友達殺すなんて出来るわけないでしょ。」


檜皮がそう言うと、朽葉はぐぬぬと口をへの字に曲げた。さんざん文句を言っているが、彼女もこの集団を動く気はない。1人になるのが怖いのだ。当然だ。こんな状況になって、進学科も普通科もない。


「そうだね…とにかく、琴音の持ってた地図を見せて、「安全地帯」のことを教えてあげなくちゃ。」


「地図を持ってない奴からすれば、確認する方法ってこの「首輪から流れる音声」だけだもんな。」


みんなが頷いて、7人はそろって歩き出した。心なしか、その体はいつもより距離が近いように思える。離れ離れになるのは、とても怖いことだから。




※※※




2つに分けられたチームを見て、白馬の頭にはたった1つのことが浮かび上がってきていた。


「黄櫨と東原のこと」。


きっと、ここにいる他の3人もそうなのだろう。見合わせた顔を見れば一目瞭然だった。


「…どうするよ?」


「どうするって…そんなこと、言われてもなぁ……?」


誰に助言を求めても、当然答えは返ってくるはずがなかった。状況は、新しいことが分かればわかるほど悪化してきている。


「…大丈夫、きっと何とかなるよ。」


「白馬君…」


「無責任なこと言うなよな、白馬…この状況で、どう何とかなるってんだよ?牡丹も彩羽も、敵同士になっちまったんだぞ?」


「れ、冷静に考えてみろよ。じゃあたとえ2人が同じチームだったとして、俺たちは「クロ」のチームの連中殺せるのか?」


「それは――――」


「ムリだよ、クラスメイトを殺すなんて!他の奴らだってそうさ!こんな「チーム」に意味なんてない、きっと大丈夫だ!全員で協力すれば何とかなるって!!」


「…うん、そうだね。きっと―――」


「そんな甘いもんじゃねぇだろ。」


黄島が賛同しかけた時、4人のものとは違う声が聞こえた。振り返ると、そこにはまた顔なじみのクラスメイトが立っていた。


「最上…!」


「よぉ、黒崎。お前ら…4人か?」


最上は平静を装っているように見えるが、それでもいつもの落ち着きがないことにすぐに気が付いた。理由ははっきりしている。彼の彼女である水原の姿が見えないからだ。


「水原さん…一緒じゃないの?」


「ああ、来る途中で見失った。最初から呼び止めるべきだった…あいつは臆病だから、すぐにでもあそこから逃げ出したかったんだろう。ここらが安全地帯だと分かったんで、近くで見つかればと思ったんだが―――」


「時雨は最上にべったりだもんね…どこかに1人でいるんだとしたら心配…」


「…なあ、お前たちに頼めた義理じゃないんだが、「安全地帯」の中で時雨に会ったら、俺が戻るまで一緒にいてやってくれ。俺は元来た道を戻って、グレーエリアを探してみる。どこが境界線かも分からないしな。頼む。」


「そりゃ、俺たちは構わないけど―――」


最上が礼を言おうとしたとき、聞いたこともない異音が、白馬たちの耳に飛び込んできた。



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