1日目ー② はじまり
ボロボロの教壇に腰かけていたのは、一点の穢れもない銀色の髪をした男だった。年齢は…20代後半から30代前半だろうか。大きな袋を足蹴にしながら、男は不愉快な薄ら笑いを浮かべ、白馬たちのことを見た。
「おはよぉ、これで全員揃ったね。優秀じゃあないか。」
「全員?へ、は―――?」
頭が追い付かない好奇に、男は教室の後ろを指さす。振り向くと、視界に飛び込んできたのは、教室の後ろで固まって小さくなっている、2年7組のクラスメイト達の姿だった。
「お、お前ら!」
「さあ、中に入って。さあ早く。時間は無駄にしたくないんでね。」
「どういうことだ!?ここはどこなんだ?何で俺たちはこんなところに集められてる――」
「好奇!」
男に詰め寄ろうとした好奇を、白馬は静止した。理由があったわけではない。いうなればただの直感に過ぎなかった。ただ嫌な予感がしただけだ。
「お利口さんだね、私は好きだよ、そういうのは。奴隷根性がしみ込んでいて、いかにも猿らしい―――っと、無駄話をしている時間はなかった。」
男は白馬たちが他の生徒たちと同じ塊に入ったことを確認すると、ゆっくりと教壇から降りた。そして、自分が足蹴にしていた大きな袋を蹴り飛ばす。袋が、中身が動いた気がした。
「こんにちは、十色高校2年7組の生徒諸君。私は桐山という。君たちのゲームを担当することになった。」
「ゲームって、いったい何のことだよ!」
緋井が意を決したようにそう叫ぶ。しかし、その叫び声は直後に上がった生徒たちの悲鳴と、派手な音を立てて天井を貫いた銃声にかき消されてしまった。
「今は私の説明の時間だ。質問は時間があれば後で受け付けるよ、いいかい?」
薄ら笑いを浮かべた男の顔は、見るものに悪寒を感じさせるものだった。緋井が黙り込んだのを確認して、男は続ける。
「君たちを事前に、「シロ」と「クロ」の2つの陣営に二分割させてもらったよ。その色は、いわば君たちのチームカラーだ。同じ色の友達と、君たちは協力してゲームクリアを目指してもらうことになる。」
白馬はすぐに好奇と話していたことを思い出し、それから紅葉を探した。必死になって視線を泳がせていると、教室の隅で震えている紅葉を見つける。胸につけられたワッペンは――シロだ。
「ゲームのルールはいたって単純。君たちはこれから分割されたチーム同士で、相手側の生徒が全滅するまで戦い続ける。どちらか一方が全滅した時点でゲームは終了。ゲームに必要なアイテムはエリアに点在しているから、君たち自身が頭を使って、臨機応変に使いなさい。」
そこまで言うと、男は説明の速度を緩めた。ここが質問のタイミングだと受け取ったのか、蘇芳がびしっと右手を挙げた。
「どうぞ?」
「めっ…明確な説明が、まったくされていませんっ!」
「そう?これ以上ない分かりやすい説明だったと思うけれど。」
「ゲームの詳細がわかりません!!何をどうしたらゲームオーバーなのか、戦うことに関するルールが、まるで―――っ」
「反則があるかどうかも聞いてないぞっ!」
蘇芳に混じって、象牙が小声で付け足した。アルゲンと名乗った男はにこりと微笑む。
「だから、そのままの意味だよ。」
「え…?」
「反則はないよ。どういう方法だろうと、相手が絶命すればそれで万事オーケーだ。ゲームオーバーはつまりは死、全滅は文字通り、片方のチームが皆殺しにされることだ。」
男はしゃがみ込むと、さきほどまで足蹴にしていた袋の口を、ゆっくりとほどいた。そこから見えたものに、女子生徒から悲鳴が上がる。そこから見えたのは紛れもない、人間の足だったからだ。
「どうしたの?君たちにとって大事な人たちじゃないのかい?」
「だ、大事な人―――?」
男が袋をびりびりと破る。そこには、いつも男の代わりに教壇に立っている、見覚えのある人物の姿があった。
「先生!」
「谷口先生だよね。うん、君たちのクラスの、担任の先生だよ。大事な人だろう?君たちにとって、たった一人の先生なんだから…」
まるで雑談をするように男はそう言って、そして次のアクションで、谷口に向けて発砲した。
「うわぁぁっ!!?」
「な、ななな、いったい何を―――」
「こうした方がリアリティが増すでしょう?最初にこうした方がいいと思って、先生にも一緒に来てもらったんだ。気の毒だね。他に質問はある?」
「目的が分からない。」
少し震えつつも、低い声で尋ねたのは松田だ。
「君たちにゲームをさせる理由?そうだね、どこまで話していいのか分からないけど…私たちにはお金がいるんだよ。とってもたくさんのお金がね。」
「金…?」
「本当の目的は他にあるんだが、何をするにも金がかかるのが現実だね。だけど、金は黙って待っているだけでは降ってこない。だけど、あるところにはあるんだよね、お金っていうのは。だからそれを効率よく集める方法を考えていて―――」
「ありがちな「デスゲーム」を思いついた。持ち掛けてみたら、想像以上にいい反応をしてもらえたよ。今のこの様子も、全部観られているよ。君たちのゲームを視聴するために、たくさんの大人がお金を払ってくれているんだ。」
「こ、こんなことが通るもんか!」
蘇芳が立ち上がって叫んだが、恐怖に震えている声では何の迫力もない。男は笑みを崩さないまま、「どうして?」と尋ねる。
「どうして?どうして通らないと思う?」
「り、倫理的に間違ってる!犯罪行為だ!」
「そうだろうね。だけど、そんなことは私たちには関係ない。」
「そもそも、ルールがめちゃくちゃじゃないか!」
「どのあたりが?そもそもとても良心的なゲームだよ。うまくやれば、半数が生き残ることが出来るんだから。」
「それは…そ、そもそもウチのクラスは41人だ!分割の時点で、公平になってない――」
「ああ、それはそうかもしれないね。じゃあ、1人減らそう。」
反応する間もなかった。男が銃口をこちらに向けたかと思うと、教室を再び巨大な発砲音が包み込む。右頬に生暖かい何かが飛び散ったのを感じた。気が付くと、セーラー服を着た少女が倒れている。
「金原!」
誰かの声で、我に返る。顔がクレーターのようにひしゃげてしまったかつてのクラスメイトが、金原香だったということに。
「これで20:20だね。何の問題もなくなった。それじゃあそろそろ始めようか。」
手元の懐中時計を確認して、男、桐山はゲームの開始を宣言した。
「詳細なゲームルールの確認をするよ。期限はそうだな…よし、今回は3日にしよう。君たちが今いるここは、無人島の建物の中だ。この無人島を分割して、「シロ」のエリアと「クロ」のエリア、そして「グレー」のエリアと大きく分けてその3つがある。「シロ」と「クロ」のエリアは、両陣営にとっていわば安全地帯だ。日数が経つごとに安全地帯のエリアは小さくなっていく。エリアのマップは、最初の部屋で各チーム1人に配布しているから、チームワークを利用して情報共有するように。ああ、それから「安全地帯」だからといってあんまりゲームに消極的だと撮れ高がないから…その場合は強制的にこっちから連絡を送るから。それじゃあ、各自頑張って。解散としよう。」
『参加者は移動してください。10分後にゲームを開始します。参加者は移動してください。10分後にゲームを開始します。』
突如、首に巻かれていた首輪から声が聞こえてきた。困惑している生徒たちに桐山が銃口を向けると、パニックを起こしたように全員が走り出す。白馬は弾かれたように立ち上がり、真っ先に紅葉の腕を掴んだ。
「っ、白馬!」
「走るぞ、走るんだ!」
逃げよう、という思いが頭の中を満たしていた。この場所から、誰も逃げられないというのに。