1日目ー① 唐突
急に始まるよ
胃が体の中でぐるぐると踊っている。気持ち悪い。昨日の夕食は好物のから揚げだった。だけど食べ過ぎということはない。ちゃんと火が通っていなかったのか?
「う、う…ん…?」
ゆっくりと目を開けると、そこには知らない天井があった。いつもはうだるような暑さで嫌な汗が滲んでいるのに、不意に肌寒さを感じて身を震わせた。風が吹いているのか?ここは室内なのに?扇風機でも動いているのだろうか。
「ッ…痛てて…」
その身を起こすと、硬い床が身体を押し返してくるのを感じた。徐々に意識が覚醒していく。そうしてようやく、白馬は自分が置かれている異常事態に気が付いた。
「なんだよ…どこなんだよ、ここ…!?」
自分が眠っていたのは、古びた建物の一室だった。天井にクモの巣が張り、扉が全開になっている。肌寒いと感じたのは、この空間のせいだ。窓には分厚い蓋がされており、外の様子がまるで見えない。廊下には薄暗い光が点灯している。
「(…学校…?)」
最初に思ったのはそれだった。自分が眠っていた場所は、まるで学校の教室のような形状をしている。黒板があるはずの壁は剥がれ、ボロボロの骨組みがむき出しになっている。
「!」
はっと、気づく。首に違和感がある。ゆっくりと手をやると、自分の首に首輪がつけられていることが分かった。そして、寝そべっていた床の隣には、乱暴に置かれた白馬の制服があった。
『着替えろ。』
何もかもが不可解だ。頭の整理が追い付かない。もしかすると、俺はまだ夢を見ているのか?こんなにも意識がはっきりしている夢…明晰夢ってやつなのか?
「…意味わかんねぇよ…」
それでも、なぜか「それ」に逆らってはいけないような気がした。どこをとっても怪しすぎるこの状況で、命令に反することで起きるかもしれないことを、とても確かめる気にはなれない。寝巻を脱ぐと、白馬は恐る恐るに制服に着替えた。そして、着替えながら今置かれている状況を必死にまとめようとしていた。
昨日、確かに家に帰宅した後に、夕食を食べて風呂に入り、いつもの寝床についた。自分が自室にいる以外の状況が、どれだけ考えても思い浮かばない。ここにいれば、いつかその答えが分かるのか?じっとしていれば、いつか正解が降ってわいてくるのだろうか。
「…外、出てみるしかないのか。」
部屋の扉は開いている。ほとんど明かりのない部屋の中よりも、わずかだが明かりがある。外に何があるのか分からないが、少なくともここにいても何も起きないだろう。律儀に脱いだ寝巻をたたむと、白馬は重い腰を起こして廊下に出た。
「ちくしょう、どこだよ、ここ――――」
「白馬…?白馬か!?」
その時、何もかも理解のできない空間で、唯一見知った情報が飛び込んできた。この声は聞き覚えがある。いつも隣でバカ騒ぎをしていた。
「好奇?」
「おお、俺だ、俺だ!白馬、お前なんでこんなところに―――」
廊下の向こうから走ってきた好奇は、安心したようにフゥーっと大きく息を吐き、白馬の肩をガシガシと掴んだ。
「おい、これってなんだ?何かのドッキリか!?今なら俺は怒んないぜ!」
「そんなわけねぇだろ…俺だってさっぱりだよ。」
「そっか…そっか、うん。よし、オーケー、クールにならなきゃな。てことはアレか、これって…どういうことだ?」
好奇は自分に言い聞かせるようにぶつぶつと言葉をつぶやき続けていたが、白馬の胸元を見てぴたりとそれを止めた。
「お前も、シロか…」
「え?」
「え?じゃねぇよ。お前の胸についてるワッペン。白色だろ?」
「え――――」
気が付かなかった。制服にはいつの間にか、真っ白いワッペンが付けられており、乱暴な書き方で、カタカナで「シロ」と書かれている。
「シロってなんだよ…紅白歌合戦でも始めようってか?」
「……」
好奇に会えたお陰で、幾分か冷静になることが出来た。頭を冷やして考えてみる。目が覚めたら知らない場所に拉致されていて、制服に着替えるように指令されていた。自分以外には好奇がいた。胸には好奇と同じワッペン。ということは――――
「たぶん、同じ学校のみんながここにいるんだと思う。」
「同じ学校?十色高校ってことか?」
「たぶんだけど。そんで、もしかするとうちのクラスだけかも。誰かが俺たちのクラスに用があって、こんな無理やりな形で俺たちのこと集めたんだよ。」
「そりゃ、一応筋は通ってるかもしれないけどよ…何のためだよ?その「用」ってのは何だよ?」
「さあ…成績悪い奴集めて強制補修とかか?俺たち期末ちょっとマズったしな。」
「…ハハ、ハハッ!何だよそれ、お前はいっつもそうやって楽観的なんだもんなぁ、1人で心配してた俺が損しちまったよ!」
好奇が笑った。今の言葉で、一気に緊張の糸が切れたようだった。もちろん、そういう効果を狙ったつもりもあったが、それは自分に言い聞かせていたものでもあった。いきなりのことについて行くのは大変だ。だったら、せめて気持ちだけでも落ち着けなくちゃいけない。
「…!しっ!」
「っ、どうした?」
「…何か、聞こえないか?下の方から…声?」
その言葉に灰場も押し黙る。微かではあるが、人のいる気配がする。それと同時に、今2人がいるところが、何かの建物の上階であることに気が付く。
「…」
「………」
二人で顔を見合わせて、それから頷いた。今は、進むしかない。
※※※
好奇は自ら先陣を切った。「こういうことは任せとけ」とのことだったが、こっちに気を遣ってくれたことはすぐに分かった。
「…それにしてもお前、ずいぶんスムーズに外に出られたんだなあ。かなり静かだったから、かなりビックリしたぜ。」
「え?どういうことだ?」
「いや、だってさ…あんな薄暗いところで目が覚めて、ドアも錆びついてなかなか開かないし…俺なんてドアぶっ壊しちまうかと思ったからよ。」
「は――――?」
いや、そんなことはなかった。そもそも、あの場所で目が覚めた時点で既に扉は開いていた。
「いや…それ、部屋が違うからだろ。俺のとこはそうでもなかったよ。」
「ま、それもそうか。それにしても本当に、ここに誰かいるのか―――?」
好奇の言葉が途切れた。前を歩いていた好奇の背中にぶつかりそうになって、白馬は顔を上げた。
「あっ――――」
「おはよぉ、これで全員揃ったね。優秀じゃあないか。」