2日目-⑲ 問いかけ
松田琥珀には、1つ上の姉がいた。
姉の名前は松田小春。
松田と似た、淡い琥珀色の混じった髪。
しかしその性格は弟とは似て非なるもので、
よく言えば楽観的、悪く言えば能天気な人物だった。
「道で車が猛スピードで走り去った時、あなたはどう思うか。」
その質問に松田琥珀は「非常識な人だ」と答える。
しかし松田小春は、「一刻も早く駆け付けたい場所があったのだろう」と答えた。
『もしかしたら、親しい人が事故に遭って、急いで病院へ向かってるのかもしれないじゃない。同じ病院でも、もしかしたら子供が生まれたのかも。』
『知らない誰かのことは、悪い人じゃなくていい人だと思いたいのよ。』
そんなことを本心から語り、笑うような人だった。
「ちょうど、今から半年くらい前だったかな。姉さんが行方不明になった。」
天王寺はホールのソファに腰掛け、
黙って松田の話を聞いていた。
まるで昨日のことのように覚えている。
「家族全員で、思い当たるところ全部に連絡をした。そんな時に、姉さんの学校でも同じような騒ぎになってるってすぐに分かった。姉さんのクラスの生徒が全員、同じ日に消息を絶っていたんだ。」
「それって―――」
息をのむ天王寺に頷いてみせた。
「ああ。「シロクロゲーム」に巻き込まれたのは僕じゃない。僕の姉さんだ。」
当時、自分は高校1年生。
秋も過ぎ、冬が顔を覗かせているような、
寒い11月のことだった。
『前代未聞の誘拐事件だ。』
皆、高校生37名の一斉行方不明に震撼したが、
この事件は世間に大きく知られることはなかった。
警察組織が、マスコミへ情報の厳重統制を行ったからだ。
「テロ組織が何らかの要求をしてくる可能性もあったし、世間に不安を蔓延させないための措置でもあったんだと思う。」
事態は3日後、最悪の結末として訪れた。
松田小春を含む、私立黒百合高等学校2年A組の生徒37名のうち、36名が死亡したという報せだった。
『嘘だ!!』
当時松田は、自宅を訪れた警察に掴みかかり激昂した。
父に羽交い絞めにされ制止を受けるまで、
自分を止められなかったのを覚えている。
「生存した1名の生徒のことは、結局最後までわからなかった。警察に何度も嘆願したし、自分でも調べてみたけど…今日まで詳しいことは、何もわかってない。」
だけど。
「だけど、もう1つのことは見つけた。事件担当だった刑事に接触し続けて、彼の持っていた事件のデータを盗むことに成功したんだ。」
年が変わった1月ごろだった。
雪がちらついていた。
「事件の現場に残されていた文献や記録、詳細に記されていたよ。そこで初めて知ったんだ。小春の巻き込まれた事件が「シロクロゲーム」と呼ばれていたこと、それからその事件は1度だけじゃない。既に3度、同じように実施されていたことを。」
「3度…!?」
「それも、僕が確認できた限りだ。本当はもっと多いかもしれない。今この瞬間、他の学校でもこのゲームが行われていてもおかしくない。」
ほぼ間違いなくそれは起きていることだろう。
松田は確信していた。
「警察はそれを突き止められずにいた…少なくとも、既に3度も大規模な拉致が起きているのに、一向に捕まえることが出来ない。僕は、自分がやらなくちゃいけないと思ったんだ。」
「…それは、お姉さんの仇討ちですか?」
「ああ、そのつもりだ。」
「そのために、この学校に転入してこられたんですね?」
「その通りだ。」
未だに尻尾を捕まえられない警察だったが、松田が盗み出したデータには事件の詳細が刻銘に記録されていた。その場で首謀者と思わしき人物たちが何を語っていたのか、監禁された施設、島の中で何が行われたのか。
「では、松田さんが私たちのクラスに転入されてきたということは…松田さんは、私たちがこのゲームに巻き込まれることを、ずっと以前から知っていらっしゃったんですか?」
天王寺の瞳は、答えを逃がさんとばかりに
松田をじっと見つめていた。
「…いいや、確信があったわけじゃないよ。それに、いつそれが起きるのかもわからなかった。」
「それじゃあ――――」
「だけど、選ばれるクラスに一つの法則性があるんじゃないかと、予想したことは確かだ。」
一度安堵の表情になりかけた天王寺に、松田は畳みかけるように告げた。自分は出来た人間じゃない。幻滅されてしまうだろうが、それも仕方ない。
「法則性…ですか?」
小春の身辺は日ごろからよく話を聞いていたために、調べずとも頭の中に入っていた。警察は気がついていない。死んでいった生徒たちのことは、彼らも緻密に捜査していたに違いない。しかし、具な情報の中に、松田はひとつの共通点を導き出していた。
「その法則性とは何ですか?」
「…それは、言えない。確証があるわけじゃないし、それに―――」
それに、誰かを傷つけることになるかもしれない。
「…松田さん、私、本当はちょっと怒ってるんですよ。」
「えっ?」
天王寺はちょっとだけ眉を吊り上げた。
「私たちのことを、全然信じてくれてないじゃないですか。もっと早くそのことを伝えてくだされば、もっといろんな対策を考えられたかもしれない。奥田さんとだって、もっと理性的な話し合いができたはずです。」
「…」
「私は、松田さんと同じように鬼銅さんと渋染さんを何とかするべきだと思ってます。だから、私は松田さんと一緒に戦います。でも、もっと私たちのことを信用して下さい。それから、今までのことを反省して下さい。それで私はチャラにします!」
「…天王寺さん、姉弟とか、いる?」
天王寺は予想だにしなかった返答に、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
「いませんよ。私ひとりっ子で…どうしてですか?」
「あ、いや…なんでもないよ。変なこと言ってごめん。それと、今までのことも。」
小春と重なった。
そんなことは、口が裂けても言えなかった。
※※※
PM.6:09
無事に戻ってきた白馬たちは、
すぐに仲間たちに桐山との交渉について話した。
「とどのつまり、これ以上私たちが争う必要はなくなったわけだね。」
檜皮が確認するように繰り返す。
ちらりと横目で東原の様子を確認する。
先ほどより幾分かマシな顔色になっている。
「で、他の連中にどうやって伝える?」
このことを知らない生徒も多い。
松田、天王寺、新田、煉瓦、緑黄園、奥田、象牙、萌葱、海松の9人。
それから、鬼銅と渋染の2人だ。
「他のみんながどこにいるのか知ってる人いる?どうせなら象牙に聞いとけばよかったよなぁ。」
「それは後でいい。黒崎、渋染と鬼銅はどうするつもりだ。」
麹塵が雄黄を遮る。
全員が白馬に注目した。
「…伝えられる余裕があれば、伝えるつもりだ。レストタイムに入ったら、俺が島の中を回ってほかのみんなを探す。その時に、身の振り方を確認するよ。」
「条件を呑まなければ…そういうことだな?」
微かな迷いがあったが、首を縦に振る。
「よし、分かった。それなら明日の予定を立てよう。もうすぐ日が沈む…身体の休まる場所を探した方がいい。」
「それなら、出来るだけ市街地の中心か…それか、島のさびれた場所へ行こうぜ。何か有用な武器が見つかるかもしれない。戦うことを想定するなら、武器は仕入れておいた方がいい。」
飛び交う意見を無視して、白馬は黄櫨の方へと歩いた。
「黄櫨、あと…紅葉。みんなのこと頼んでもいいか?」
「白馬…アンタ、また1人で行くっていうつもりなの?」
紅葉が咎めるように口を出す。
しかし、今度は白馬も引く気はなかった。
「しばらく1人になる時間が欲しいんだ。それに、レストタイムになるまではみんなと一緒にいるよ。危険なことはしない。けど、せっかく集合したみんなが分裂したら不安に思うやつもいると思う。だから、お前らにお願いしたいんだ。」
何か言おうとした紅葉を黄櫨が止めた。
「分かった。けど、朝までには絶対に合流してね。それが最低条件。白馬が私らのことを心配してくれてるのと同じで、私たちも白馬のこと気にしてるんだから。」
「約束するよ、ありがとう。」
黄櫨は小さく頷いた。
「琴音、移動するなら島の内側か外側か、どっちがいいと思う?」
「どうだろう…たぶんだけど、どっちもそんなに変わらないと思う。3日目には島の全域が「グレーゾーン」になる…。だとすれば、周りが見やすくて動きやすい内側にいたほうがいいかも。個人的な意見だけど…」
「分かった。それじゃあ、さっそく探しましょ。一応、渋染と鬼銅がいないかを警戒しながらね。これだけ大人数が移動していたら、襲ってくる可能性は低いと思うけど。」
「歩きながら話そう。」
ぞろぞろと歩く仲間たちの最後尾につき、
白馬は思考を巡らせた。
今日、もしもこの後渋染と鬼銅を見つけられなかったら。説得が成功しなかったら。俺たちは、人殺しになるかもしれない。非難して、否定して、軽蔑し続けている存在に、俺たちは歩いて行っているのかもしれない。
それから今度は、蒼山のことを思った。
蒼山はあの後、誰かに殺されたのだろうか。
殺したのだとすれば、ここにいない松田か萌葱、
どちらかのグループにだろうか。
それとも。あの時の傷が、出血が。
俺が、蒼山和一という人間を死に追いやったのだろうか。
『あいつは好奇を殺したんだ。因果応報。当然じゃないか。』
自分の頭の中で、自分自身の声が響いた。
『俺たちに戦闘の意志はなかった。仕掛けてきたのは蒼山の方だ。死んだのは俺の責任じゃない。そうだろ?』
そうかもしれない。
だけどそうしたら、今度は紅葉の顔が浮かんだ。
続けて牡丹、黄島、黄櫨の顔が浮かぶ。
「(俺が人殺しだとすると、俺はあいつらと肩を並べて生きている資格があるのか?)」
それを確かめたかった。
人を殺した人間が、どんな思いを抱いているのか。
ここにいるみんなには、口が裂けても言えなかった。
恐ろしくて、聞けなかった。
「(なあ、紅葉。お前は俺が、お前の目の前で誰かを殺したとき…お前は、それでも俺の隣にいてくれるのか?)」
『白馬…ちょっと俺、戦線離脱だ…でも、お前がいるんだ。心配なんて、してないぜ…?』
好奇の最後の姿を思い出して、
白馬はなぜか「羨ましい」と思った。
自分が逆の立場だった時、親友に託して
先に死ねることの、なんと安堵できることか。
残されて想いを受け継ごうとすることの、
なんと重荷であることか。
「…俺は、最低だ。」
ひとりでにそう呟いていた。
決意は固まっている。
たとえ、みんなに糾弾されようと、
この先、今までのように笑えなかったとしても。
それでも、守るために人を辞める覚悟が、
黒崎白馬の頭の中に確かにあった。




