2日目-⑬ 伝播する
土煙の中で人影を察知した時。
萌葱は鬼銅が、既に銃弾を使い果たしていると悟った。
拳銃の装填数など知りもしない。だが、誰かが近づいてくると分かった時点で鬼銅が拳銃を構える素振りを見せなかった。
「そこで倒れてるのは…枝野か?」
「…ああ、今しがた殺した。」
「縹を殺したのもお前だな?」
「お前がけしかけたのか?そういえば、初日に一緒にいたな。お前と縹と、それから…」
鬼銅の視線が、横にいる海松に向けられた。
「…海松の。3人で行動してたもんな。」
「悪いが世間話をしに来たんじゃない。見たところかなり消耗してるようだが、俺が何をしに来たのか、分からないわけじゃないよな?」
言ってはみたものの、半分はブラフだった。
自分が鬼銅を相手にどこまでやれるか。
消耗しているうえ銃を持っていない以上こちらが有利なことに変わりはないが、それでも警戒を解けないほどの圧迫感を彼から感じた。
「(チッ…俺は馬鹿か。)」
同時に、気づく。
鬼銅が咄嗟に枝野の猟銃を武器にした場合、一気に形成が不利になることを。
あれほどの銃撃戦をやっていたのだ。四肢のいずれかが捥げて…とはいかなくとも、せめて片腕・脚くらいは機能停止になっていると高を括っていた。
どうやら萌葱自身も、枝野浅葱という存在を過大評価していたらしい。
「(いや、というよりも…鬼銅という人間を過小評価していたのかもな。)」
やむを得ないといわんばかりに、即座に拳銃を構えた。
萌葱が拳銃を所持していると知らなかった海松が、隣で目を見開いた。
「動くな。殺人鬼とはいえ、苦しませて殺したくはない。弾はフルで入ってる。外すことはない。」
鬼銅の表情は揺らがなかった。
つい今しがたまで命のやり取りを繰り返していたという風にはとても見えない。
不気味なほどに落ち着いている。
「(この距離…一撃で仕留められるか?距離を詰めた時点で向こうは俺の嘘に気づく可能性もある。その場合は海松を…いや、一粒弾だった場合、たとえ盾にしたところで貫通して俺ごと撃ち抜くことも出来るはず。)」
思考を張り巡らせる。最後に聞こえた発砲音。
拳銃の音とは異なる音が2つしたが、中盤から聞こえていたのは散弾の音だ。
とすれば、枝野は一粒弾を使い果たした可能性がある。そうでなくとも、
今装填されているかもしれない弾は散弾の可能性が高い。
冷静に周囲を観察しながら、枝野の猟銃に目をやった。鬼銅に隠れて完全には見えないが、安全装置は作動している。それならば、咄嗟に構えてこちらを撃つことは不可能だ。
「萌葱。」
沈黙の中にらみ合っていた両者だが、口を開いたのは鬼銅だった。
「話し合わないか。お前のことを殺すつもりはない。」
「信じられると思うか?」
「お前にとっても悪い話じゃない。聞くだけ聞いてくれ。俺は銃を失ってる。枝野の猟銃も壊して使い物にならない。圧倒的に有利なのは、お前だ。」
鬼銅はそういって、両手を挙げてゆっくりこちらに歩いてきた。
手足でも届かないであろうギリギリのところまで進み出ると、鬼銅は両ひざをついて
その場に座り込んだ。
「…どういう話だ、このまま聞こうか。」
「できれば海松は席を外してほしい。そのあとで話すべきだと判断したなら、お前の口から海松に伝えてやればいい。」
「そ、そんな罠になんて…!騙されないで、萌葱くん!鬼銅くんは1対1の状況を作り出したいだけだよ!」
「この状態で、俺が突然掴みかかったところで勝つのは萌葱だ。それは萌葱自身がよくわかってるだろう?」
「……」
萌葱は学問だけでない。球技や陸上競技なども、どれも校内で指折りするほどの成績を残してきた。
身体能力は優れているといってもいい。これほど消耗していて、一方は銃を持っている。
鬼銅の言う通り、この状況で萌葱が負けることは想像しがたかった。
「…分かった。海松。少し下がってろ。声が聞こえない程度でいい。何かあったらすぐに合図を送る。いいな?」
「けど…!」
「いう通りにするんだ。いいな?」
念押しするようにそういうと、海松は何か言いたげに言葉を詰まらせたが、
諦めたようにゆっくりと後ろに下がる。後方20メートルほど離れただろうか、萌葱が合図を送ると海松は立ち止まった。
「…さて。お前の話を聞いたとして、そのあとにお前を始末しないかどうかは別だ。お前を生かす理由がない。」
「お前にとっても意味のある話になるだろう。」
鬼銅は、淡々とそう告げた。
※※※
PM.1:14
状況の整理を行う。
まずは自陣と敵陣の戦力が、どのように推移しているのか。
「シロ」の陣営。大きく残っているのは、ここにいる自分たちと黒崎たちの集団…
ここでは黒崎一行と名付けよう。その2集団が主となっている。
黒崎白馬・最上銀河・翠田紅葉・黄島加世・水原時雨の5人。
先ほどまで同行していた灰場好奇は、今日2日目の午前中に殺害された。
そして、自分たち廃館での籠城組。
新田紫苑・奥田青磁・煉瓦平次・天王寺藍・緑黄園早苗・そして松田琥珀。
それからあと2人。この島の中で、自陣では唯一集団行動をしていない2人。
萌葱海斗・海松和花。おそらく初日同様、この2人はともに行動している可能性が高い。
「13人か…今日だけで勿忘、灰場、縹、枝野の4人がやられた。特に縹と枝野は痛いな…こっちの戦力の要といってもいい2人だぞ。」
「新田くん、そういう言い方は好きじゃない…誰の命も同じだよ。僕たちがやってるのはゲームじゃない。」
「俺は現実的な話をしているだけだ。」
松田は続けざまに「クロ陣営」の現状を把握しようと努める。
「初日と同じなら、集団行動しているのは桃岬さんの集団…分かりにくいから、「桃組」と呼ぼうか。」
桃岬琴音・黄櫨彩羽・檜皮真紀・麹塵貴代美・雄黄敬二・鴇龍星・朽葉香波の7人。
この島の中では最も大きな集団といえるだろう。
「どう?関係性の長いみんなからして、桃組はまだ一緒に行動してると思う?」
投げかけた質問に、天王寺は「うーん」と顎に手を当てて首をひねる。
「難しいですね。どなたが桃組をまとめ上げてるかによると思うんですけど…桃岬さんがリーダーなら、2日目も同じくまとまってる可能性が高いと思います。喧嘩別れしない限り離散する理由もありませんし。」
「そ、そうだな…あり得るとしたら、朽葉1人が抜けるくらいだけど…「クロ」陣営にいる普通科出身の女子が、もう湾田くらいしかいないからな。わざわざ1人だけ抜ける度胸はないかもな。」
「そもそも、そのメンバーなら普通科・教育科と表立って区別するような人間はいない。鴇くんもいるんだ。そこは心配ないさ。」
「アイツは雄黄と同中だからな…まあ、そのへんはやっぱ変わんないんじゃねーの?」
それぞれの意見を聞いて、松田はもう一度メンバーを見返す。
煉瓦のいう通り、教育科出身者が多いこのグループだと、朽葉香波がストレスを抱えやすい可能性は捨てきれない。だが、「クロ」陣営の他のメンバーはおそらくほとんどが単独行動。
渋染赤音という爆弾を抱えている以上、1人になるリスクを取ったりはしないだろう。
「となると、あとは全員が単独行動かな…リくんに東原さん、紅姫さん、湾田さんに蒼山くん、象牙くん…そして、鬼銅と渋染の合計15人か。」
「お。おいおい大丈夫かよ…昨日は数で勝ってたのに、いつの間にか逆転されてんじゃん。」
「それも渋染さんの無差別殺人を勘定に入れて、ですもんね…」
新田は松田の隣に腰掛ける。
「で、どう思う、松田?」
「何が?」
「決まってるだろ。誰が枝野と縹を殺したのかだよ。勿忘と灰場もそうだが、前の2人がそう簡単にやられるとは思えない。俺の見立てだと、やはり…」
「うん。鬼銅瞬の可能性が一番高いと僕も思うよ。」
そういいながら、緑黄園のことをちらりと見た。初日は何かと鬼銅のことを庇い気味だった彼女だが、うつむきながらもこちらの言葉に頷いてみせた。
「鬼銅くんくらいしか…いないと思う。」
「縹も殺されるなんて…そ、そんなのやべーって、マジで!縹は熊殺しのキリングマシーンだったんだぞ!?アイツに勝てるなら、俺たちなんて一捻りじゃねーか!」
「安心しろ、そうはならない。」
「なんでそう言い切れるんだよ!」
「そのための準備を、ここでしているんだろうが。」
新田が煉瓦を宥めるのを横目に、松田は立ち上がって思考を継続した。
初日の段階で、もちろんこちらとしても鬼銅を迎え撃つ決意をしていた。
彼は必ず自分を殺しに来るだろうと分かっていたからだ。
枝野に関してもそう。自分のことを危険視している人間を、なるべく早いタイミングで潰しておく。
「シロ」陣営の中で結託して集団化してしまえば戦力は増し、襲えないどころか自分が命を狙われることになる。
「作戦の見直しをしておきましょうか?松田さん。」
「いや…いいよ。少なくとも今はこのままで。今日これ以上の死者がこっちの陣営から出る可能性は低いと思うから。」
「えっ?どうしてそう思うんですか?」
松田の視界に天王寺の顔は映っていないが、その声で彼女が不思議に思っていることはわかった。
「残った僕らの陣営は、僕たち籠城組と黒崎一行。どちらも集団化して自衛しているんだ。萌葱くんたちがどう動いているのかは分からないけど、彼らもきっとただではやられない。萌葱くんのことは、どうやらクラスのみんなが一目置いているみたいだからね。」
「それは、確かにそうですね。萌葱さんは博識ですし、基本何でも出来る人ですから…」
「だから、「クロ」陣営からしたら行動を起こすことにリスクが伴うんだよ。単独行動が多い分返り討ちに合うことも考えられる。唯一集団行動をしているらしい桃組の生徒たちは、今のところ明確な対立姿勢は見せていない…」
「なるほど…松田さんはすごいですね。全体を俯瞰してみてるっていうか…」
「そんなことないよ。みんなより関係が浅い分、中立的で客観的な判断がしやすいだけ。」
そういいながらも、天王寺は不安げな声を漏らした。
「ただ実際問題…このまま拮抗状態が続くとどちらにとってもよくない事態ですよね?このゲームのルールを見る限り、期限内に決着がつかないと全員―――」
「そこは心配ないよ。最終的に「シロ」の陣営が「クロ」の陣営を上回っていればいいだけ。」
「えっ?」
「そうなった場合は数が多く残っているほうが勝ちとみなされるんだ。だから大丈夫。みんなが生き残れるように最善を尽くすなら、渋染と鬼銅、それから誰かを倒しさえすれば…」
「あの、どうして松田さんはそう思うんですか?ルールにはそんなこと、書かれてないのに。」
松田の思考が止まった。しまった。喋りすぎてしまった。
ゆっくりと天王寺のほうを振り返ると、彼女は未だに不思議そうに首をかしげて、こちらのことを見ていた。何か、何か言葉にしないと――――
「誰だ!?そこにいる奴は!!」
その時だった。
新田の鋭い怒鳴り声が聞こえてきて、2人はハッと声のした方向へ意識をやる。
「あれは…リくん?」
公民館への唯一のルートとなっている一本道。そこに立っていたのは、「クロ」陣営のリだった。
「おいおい、そんなおっかない声出すなよ…陣営が違うって言っても、俺たちは同じクラスメイトじゃないか。」
「何をしに来たの?悪いことは言わないから、ここからすぐに離れたほうがいい。」
「ハハ、離れるも何も、お前らのいるところは安全地帯だろ?俺が入れるわけないんだから、何にも問題ないじゃんか?」
リは相変わらずへらへらとした態度を崩さなかった。
「話がしたいだけだ。危害を加えるつもりなんて毛頭ない。話だけでも聞いてくれないか?」
「チッ…」
新田は小さく舌打ちをすると奥へ歩いて行ってしまった。
相手は1人。だが、極限状態の続いている今では、敵陣営の生徒がいるというだけで
周囲に嫌な雰囲気を与えてしまっていた。
「分かった、僕が行く!だから君はそこから動くんじゃない、いいな!?」
口火を切ったのは奥田だった。
今の状態は良くはない。穏便に済ませるためにも冷静な自分が話をつけたほうがいい。
そういった判断からだった。
「みんなはここで待っていてくれ。僕が話をつけてくる。」
「大丈夫…?誰か、よかったら私もついて行ったほうが…」
「いいや、下手に大人数で早退しても相手を刺激するだけだ。向こうは話がしたいだけだと言っているから、何とか穏便に済ませてみるよ。」
答えを聞かないままで下へと向かう。どうやら状況は思っている以上に深刻らしい。
「(感覚がマヒしてしまっている。10人以上級友が死んだというのに、僕自身も現実味がない。身近で殺し殺されが続いていることで、殺人に抵抗がなくなってきてる…)」
緑黄園は、まだ比較的自分と似通った価値観であると直感していた。
煉瓦は恐怖心が理性より勝っていて、周囲を気に掛ける余裕がなくなってきている。
松田や天王寺もそうだが、何より一番危険なのは新田だ。
「(確かに愛想のいい奴ではなかったが、冷淡じゃなかった。仲間意識が強いあまり、クロ陣営への敵意がどんどんむき出しになってる。このままじゃ危険だ。何とかしないと…)」
思い浮かんだのは、クラス委員の桃岬の顔だった。
1年の頃からともにクラスをまとめてきた。自分自身は頼りない相棒だったろうが…それでも、奥田自身は信頼を置いている人物だった。
「彼女なら、この状況をどう切り開くんだろうか…」
思いに耽っていると、視界にリが入ってきた。
上から松田たちが監視しているためなのか、リは先ほどと同じ位置に座り込んでいた。
「お、おお。奥田。なんか、久しぶりな感じがするじゃんかよ?へへ…」
「リくん、悪いが手短に話を済ませたいんだ。みんな感情的になっていて、残念ながら君の存在は歓迎されるような状況じゃない。」
「な、なんだよ。話し合いを拒否するってのは、日本人の悪い癖だぜ…」
「歴史観や文化の議論を、ここでするつもりはない。それで、話って?」
「お前ら、飲み水とか持ってないか?」
「水…?」
思ってもみなかった話に、正直拍子抜けしてしまった。
リは汗をかいていた。極限状態の中、体力を消耗していたのだろう。
自分たちは1人でなかったから比較的落ち着いていられるが、リの心情は思っている以上に追い詰められているのかもしれない。
「もちろん、ただとは言わない…俺も、実はさっき食料を見つけてよ。これと交換で手を打とう。俺はただ、物々交換に来ただけだ。殺し合ってるって言っても、食料がなくて消耗するなんてお互いバカバカしい。そうだろ?」
「いや…あいにくだが、僕たちも飲料水の類は持っていないんだ。公民館の中に隠されている可能性はあるが…だから、君の望むものは提供できない。」
「なら!なら、とりあえず受け取っておいてくれればいいからよ!お、俺だってこんなことしたくない。出来ることなら、俺もお前らと協力出来りゃって思ってんだ!このことを、ちょっとだけでもいい!恩義に思ってくれりゃいいから―――!」
リは語気を強める。急いでいるようにも見えた。やはりグレーゾーン。
1人で長時間いるには、精神的余裕もないのだろう。
奥田はクラスメイトの必死な姿が不憫に思えて、また一歩彼の元へ近づいていく。
「分かった、分かった。落ち着いてくれ。ひとまず、ゆっくり話をしよう。いったんは僕が話を聞くから、どこか落ち着ける場所に――――」
奥田がリに手を差し伸べた瞬間だった。
「あっ」
ひゅうっと空を切る音がした。瞬きをする間もなく、リの首が吹き飛んで血が飛び散る。
声を上げることも出来ぬままに、、大きなサイレンが鳴り響く。
「…新田!!!」
怒りがマグマのように湧き上がってきて、アローの飛んできた背を振り返り走り出す。
新田は不遜な顔でその場に立ち尽くしていた。
胸倉を掴んで睨みつけるが、新田は一切怯んだ様子を見せなかった。
「なぜ彼を撃った!?彼に争う意思はなかった!ただ話し合いに来ていただけだ!!」
「見え透いた嘘だ。何か狙っていたに違いない。リの性格を知らないお前じゃないだろ。」
「そんな理由で!そんな曖昧な理由で、君はクラスメイトを殺したのか!!?」
「分かってからじゃ遅い。後ろで話を聞いてたが、アイツは執拗にこっちに食料を押し付けようとしてた…毒でも盛られてたんじゃないのか?それを手放しに信じて、俺たち全員が死んでからじゃ遅い。違うか?」
「僕はっ!君の心持ちの話をしているんだ!!」
議論の妥協点は見えない。見えるはずもない。
様子を見ていた天王寺と緑黄園がたまらず駆け出していく。
そんな2人の様子を見ながら、松田はただただ黙って空を見つめていた。
そして、視線の中にわずかに見える住宅地の家屋。その屋根の上に小さな影が
見え隠れしていたことに、松田は気づいていなかった。
リくん。
考え方としては、現代社会で割と等身大になる部分が
あるんじゃないかな~と思います。
前作同様あんまりいい奴じゃありませんでしたが、
完全な悪人じゃないんじゃないかな~と思っています。




