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シロクロゲーム  作者: 竹取翁
36/44

2日目-⑫ 知らない背中

ゲームのルールを理解した時、一番最初に感じたことは「縹匡史が自陣で本当に良かった」

ということだった。


縹匡史という男は、まさしく修羅のごとき強さを誇る人物だった。

肉弾戦において彼の右に出る者はおらず、たとえクラスの男子生徒が複数でかかったとしても、武器なしステゴロでの戦闘ではまず勝ち目のない人物だったろう。


だからこそ今は異常事態。鬼銅が縹を下した以上、萌葱はもう鬼銅という人物を無視できなくなっていた。枝野を狙っている理由も、「シロ」陣営の核を潰そうとしているのだと察することが出来た。


「萌葱くん、この音…」


「…ああ、発砲音だ。枝野と鬼銅が、戦ってるんだろう。」


乾いた音が断続的に聞こえてくる。

音のインターバルから察するに鬼銅は枝野と同等、いやそれ以上に銃撃戦を繰り広げているのだろう。急いだほうがいい。


「え、枝野さん大丈夫だよね…!?」


「分からない。だが…枝野が負ける可能性も十分あり得る。」


「けど!鬼銅くんは縹くんと戦ってたんだよ?無事でいられるわけない…そんな状態で、射撃経験のある枝野さんと戦うなんてどう考えても―――」


海松の分析は正しい。しかし、鬼銅と枝野の明確な違いは技術ではなく精神だ。

鬼銅は昨日時点で、既に3人のクラスメイトを殺している。

どれほど冷淡で肝の据わった人物であろうとも、見知ったクラスメイトを殺害することに、なんの精神的負荷も感じていないわけがない。それでも、鬼銅はすでに経験済・・・なのだ。


「(枝野は口では覚悟を決めていても、実際に人を殺す踏ん切りがついているか怪しい。しかも相手は今しがたあの縹を殺した奴だ。)」


「自分も殺されるかもしれない」という恐怖を、微塵も感じずにいられるとは思えない。



「(あくまで悲観的に考えるな。冷静に状況を分析すれば問題ない…逆に言えば、今は鬼銅を殺すことの出来る絶好の好機。負傷しているアイツをここで仕留めることが出来れば…)」


そうすれば、「クロ」陣営に大きな障壁となる存在はほとんど除外されるといってもいい。


「海松、俺のそばから離れるなよ。相手は拳銃を持っている。どんな状況になっても、冷静に俺の指示に従うんだ。いいな?」


海松は走り息を切らしながらも、こっくりと頷いてみせた。

大丈夫だ。海松コイツは俺の指示には疑いもなく従う。だが、万が一でも余計なことをされない為に念押しをしておく必要がある。1つも選択を間違えてはいけない。

躊躇もしない。最悪の場合には…海松を盾にしてでも目的を達成するべきだ。




※※※




PM.0:30


不安が蔓延している。水原は先ほどから震えが収まっていないし、

最上は平静を装いながらも落ち着きがない。握ってくれている黄島の手は、じっとりと汗ばんでおり不安が伝播してくる。


そんな状況であればあるほど、紅葉は視線の先にいる幼馴染のことが気がかりで仕方がなくなっていた。

親友の亡骸を浜辺へ運んだ白馬は、驚くほど静かに周囲を見回した。


「あそこ。あそこにしよう。波が高くなってもあそこなら大丈夫だし、他の生徒に見つかることもない。好奇のことを、あまり晒しものにしたくない。」


「ああ、それはいいが…その、黒崎。お前聞こえているのか?」


「何が?」


「いや…いい。急ごう。」


白馬の耳には縹の、そして枝野の訃報は届いていない。すぐにそう察することが出来た。

あの時から白馬は涙一つも見せなかった。泣き虫な白馬が、親友が死んだこの瞬間に涙を流す素振りもない。


「…白馬っ!」


何を伝えようと思ったのか、自分でもわからない。白馬は呼びかけに振り返ると、好奇の亡骸を背にこちらへ戻ってきた。


「…ちゃんとお別れは、みんな一緒にこの島を出た時だ。それまで悪いけど、好奇にはここで待っててもらう。」


「そういうことじゃなくって!」


どうして自分は苛立っているんだろう。好奇が死んだのに。本当は白馬に、加世に飛びついてさめざめと泣きたいのに。どうして白馬に怒鳴っているんだろう。紅葉は心情と行動がごちゃ混ぜになって、自分自身も混乱していた。


「好奇が死んじゃったの!それに今!たった今!縹と枝野が死んじゃったの!アナウンスが聞こえてたでしょ!?」


「えっ……」


白馬が息が詰まったような声を上げる。やっぱり、気づいていなかったんだ。


「それなのに、白馬はさっきから他人事みたいに静かになっちゃって…怖くないの?不安じゃないの?悲しくないの?何で、そんな顔していられるの…?」


言ってしまってすぐに後悔が押し寄せてくる。こんなこと、言いたいわけじゃないのに。


「…ごめんな。俺、病気のせいで。お前にはいっつも怒られてばっかりだなぁ。」


「ちが、私…」


「けど大丈夫だ。俺がみんなのことを守るから。紅葉も黄島も、絶対に守ってみせるからさ。」


白馬は最上に視線を移す。


「…で、これからどうする?蒼山を追いかけることも考えるべきだ。アイツは負傷してる。放っておいたらまた「シロ」の誰かを襲いかねない。潰すなら今だぞ。」


「いや、蒼山のことはいいよ。それよりも、黄櫨たちを探して合流しよう。紅姫も、そっちと合流させてやりたいし。」


その言葉に、最上は憤慨したような顔をして口調を荒らげた。


「おい黒崎、いい加減にしろ…!お前らの気持ちを汲んでないわけじゃないが、優先順位が違う。俺たちが最優先すべきなのは、同じ陣営の中での団結だろう!!」


「違うよ最上。それは違う。俺たちはこのルールに従うべきじゃない。俺たちが戦うべきなのはこのゲームに加担する奴らと、その主催側だ。二陣営で争い続けたところで、俺たちはいったい何人生き残れる?ここにいる「シロ」の5人で生き残れたって、俺は納得できない。」


「現実を見ろよ…こんな大規模な拉致を簡単に実行できて、俺たちのことを首輪で縛ってる。俺たちに残された手段なんてないんだ。高望みするな!こうなっちまった以上、俺たちはどっちかを切り捨てるしかないんだよ!」


「牡丹や黄櫨を切り捨てて保てる命なら、俺はいらない。」


きっぱりといったことで、二人の間には沈黙が流れる。次に口火を切ったのは最上だった。


「…そういうけど、実際問題どうするんだよ?俺たちが結託しようとしたって、鬼銅や渋染は協力的じゃない。灰場を殺した蒼山だってそうだ。それに、萌葱だって言ってただろ?どれだけ俺たちが策を弄したって、首輪コレがある限り俺たちは逆らえない。」


「首輪のことはそこまで心配いらないと思う。特に、生き残ってる生徒が多ければ多いほど。そういう意味でも早いほうがいいんだ。そのことにもっと早く気づいてれば…枝野の言い分にも、加担してやれたのかもしれないけど。」


「白馬くん、それってどういう意味…?」


「簡単なことだよ。黄島はさ、自分が見てたサッカーの試合が、後半戦から選手の大半がボイコットして試合になってなかったらどうする?」


「え?どうするって…よくわからないけど、けどやっぱり文句は言いたくなるかも。」


「同じだよ。」


岩場に取り付けられている監視カメラを指さす。


「この映像をどこかに流しているのだとすれば、俺たちを躊躇なく首輪で殺すことは主催側にデメリットしかない。この首輪は、あくまでゲームを強制的に成立させるための道具なんだ。」


だから、人数がどんどんと減っているこの状況は芳しくない。

このゲームの参加人数は、十色高校2年7組41名の生徒たちだ。それが昨日までに32人に減った。午前に勿忘と好奇、そして今しがた縹と枝野が死んだのだとすれば、生存者はすでに28人にまで絞られている。


「正直、こればっかりは肌感覚でしか話せないけど…3分の1、13人を下回りだしたらいよいよ危ない。ゲームの半分以上を鑑賞したことになるなら、主催側もリスクを避けて俺たちの始末に踏み切ったっておかしくない。」


「だから、その前にシロクロの陣営で協力して、主催側を倒そう…ってか?」


「ああ、そうだ。」


最上は、なおも完全には乗り気でない様子だった。


「黒崎、大事な質問を飛ばしてるぜ。渋染や鬼銅たちのことだ。アイツらが非協力的かつ俺たちに危害を加えてくる以上、お前の言うことは実現不可能なことだ。」


「…ああ、わかってる。もちろん説得できるように最大限の努力をしてみる。けど、それが出来なかったときは…」


そのあとの言葉を、口に出す気にはなれなかった。

最上も白馬が言い淀んでいることは察することが出来たのだろう。深いため息をついたが、

それ以上の追及はしてこなかった。


「分かった。わかったよ。勘違いされたくないが、俺だって「クロ」陣営の奴らを皆殺しにしたいわけじゃない。けど…可能性の話さ。俺は自分が大事だ。俺の大事な人が一番だ。だから、他の奴に気を回すような余裕は、ない。だから、お前のいう案が「クロ」陣営と争うよりリスクが高いと判断したら、その時は…」


「分かってる。ありがとう、最上。」


白馬じゃないみたい。


紅葉がふっと思い浮かんだのは、そんな感想。

目の前で話している男の子は、自分の知っている黒崎白馬ではない。

いや、そうじゃない。あれは紛れもなく白馬のはずだ。赤ん坊のころからずっと見てきた。

こういう感覚に陥るのは、大小あれど過去に経験をしてきたことだ。


「白馬…無理はしないで。」


呟きに、白馬はわずかに反応した。次の言葉を考えていると、白馬は紅葉に向かって笑いかけた。


「俺は大丈夫だ。大丈夫。」


1人でどうしようもなくなって、不安で泣いていたあの時。

その時の顔がフラッシュバックのように重なって、紅葉は心が締め付けられた。




※※※




孤独は孤高だ。

群れることは弱いことだ。

母国で、掃きだめのようなあの場所で死んでいくのが嫌で、嫌いだったこの国にやってきた。

努力はしてきた。覚えたくもない語学も覚えた。人生は嫌なことの繰り返しだ。


「俺はやれる。1人でだってなんでもできる。出来るさ。俺はあいつらとは違う!」


リは中国で生まれた。名前は中国人の父由来。けれども両親は幼いころに離婚して、

5歳の頃に母の母国である韓国に移住した。


韓国は学歴社会であり、実力主義であり、競争社会だった。

勉強のできない人間は大人になって食い扶持がない。勉強ができても、他より劣っていれば生活はままならない。たとえ成功を収めても、一度の躓きや失敗は、自身の人生を用意に破滅へと導いた。


『俺はこいつらのようにはならない。』


初等学校(日本での小学校を指す)に入学したその日、リは心の中で強く誓った。

母子家庭で決して裕福ではなかったリのことを、同級生はときに煙たがり、時にせせら笑い、時に暴力を加えた。それでもリが登校を辞めず自尊心を保ち続けていたのは、自身の心になかに刻んだその誓いが大きな要因であった。


いじめの主犯であり令嬢だったキムは、父親の会社が横領疑惑で倒産したことで、翌日から泥を投げられるようになった。クラスの中心人物のパクは、女子更衣室に忍び込んでいたことを密告されその地位を地の淵に落とした。生まれも育ちも関係ない。俺を下に見て、俺をバカにする人間はそうなる。俺の上に立つ人間は、すべからく悪である。


我慢をすればいいのだ。腕力で争う必要もなければ、表立って意見を述べずともよい。

水面下で辛抱を続けることで、キムは勝手にその地位から転がり落ちた。パクはその変態性を、何もせずとも最初から持っていた。リはただ手心を加えただけである。

かねてより高飛車で密かなヘイトを集めていたキムの悪歴を流布しただけ。

パクの変態的行為の証拠を押さえ、密かに学校中にばらまいただけ。


「俺はあいつらのようにはならない。」


同じように呟いた。

こんな状況もなんてことはない。他人を利用し、策を弄し、

最後に自分が生き残っていれば何の問題もない。

リは1人で島を彷徨い、かつて紅姫が見つけた毒物を手に取っていた。


「(今残ってる面子は、ほとんどが集団で行動してる連中ばかりだ。「クロ」陣営は黄櫨たち、「シロ」陣営は松田たちと、それから黒崎たち…)」


縹と枝野が死んだことで、「シロ」陣営の生徒は残り13人になった。

対して「クロ」陣営は15人。初日で与えてしまっていた数的有利を、今日でひっくり返したことになる。


「縹と枝野を殺したのは誰だろうな…勿忘は蒼山だろ?灰場は…」


確実に人を殺している生徒は、分かっているだけで3人だ。渋染に蒼山に鬼銅。いずれも「クロ」陣営の生徒。この3人の中で推理するなら、縹を殺したのはたぶん鬼銅だろう。誰がやっても勝てる気はしないが、候補となる生徒が鬼銅くらいしかいない。


「だとすると、俺が狙うべき相手は黒崎たちか松田たちのどっちかだな…渋染はイカレだ。勘定に入れちゃならねぇ。ポイントゲッターは鬼銅。なら面倒ごとはあいつに任せて、俺は堅実にポイントを稼いでいくべき…」


だとすると、黒崎の陣営を叩くのはダメだ。さっき灰場が殺されたことで警戒心は高まっているだろうし、そもそも「クロ」の生徒と相対した時点で戦いになる可能性もある。


「狙うは松田陣営…出来るぜ、出来る。俺はあいつらとは違う。」


リは不安をかき消すように笑い、ぶつぶつと呟きながら1人歩き出した。




※※※




PM.0:31


周囲には硝煙の匂い、それに混じった鉄錆の匂いが充満していた。

掴まれた袖越しに海松の震えを感じ取る。

土煙の中に見えている人影は2つ。1つは生命活動を終えたようにぐったりとしており、

もう1つはゆらりと立ち上がりこちらに向き直った。


「昨日ぶりだな。」


先に切り出したのは萌葱のほうだった。

煙が晴れてきたとき、立っていたのは想定済の人物だった。


「萌葱か?」


枯れた声で、鬼銅瞬は現れた。


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