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シロクロゲーム  作者: 竹取翁
35/44

2日目-⑪ 硝煙の果てに

PM.0:16


けたたましく鳴り響いたサイレンは、島中の生徒たちを震撼させた。

縹匡史が殺された。7組の生徒たちにとって、これは受け入れがたい事実だった。


「まさか。そんな馬鹿なことがあるわけない。」


枝野の口から零れたのはそんな言葉だった。

それと同時に襲ってくるのは、形容し難き恐怖心。

小刻みに身体が震えているのが自分でもわかった。


「(鬼銅が縹を殺せるはずがない。縹が死んだとするなら、それは相打ちだ。誰が、アイツのことを殺せるって―――)」


言い聞かせながら、森に視線をやる。震える指先で銃弾を込めようとしたが、

何故か身体はいうことを聞いてくれなかった。


「―――っ!」


そして、願いはかくももろく崩れ去る。

傷だらけになりながらも、冷たい目をした鬼銅瞬が、ゆっくりと姿を現した。




※※※




PM.0:01


縹の亡骸を物色してみたが、やはりというべきか特にめぼしい武器を手に入れることは出来なかった。

当然といえば当然だが、縹という男に武器などは必要なかったということだろう。

拳銃を持った人間を1対1で圧倒する時点で説得力は絶大だろう。


「…よし、身体は動く。」


重大な負傷はしていない。

骨にヒビが入っているだろうと直感的に感じたが、今時点では大した問題ではない。


「何か武器を…他にないか…」


森を出たら、次は枝野との戦いになる。互いに手負いとはいえ、相手は猟銃を持っている。

縹を殺すまでに幾分か時間がかかってしまったから、あの脚でもある程度の距離を取ることには成功しているはずだ。


鬼銅は手榴弾を拾った付近を探した。同じような武器があれば、枝野と相対するときに大きなアドバンテージとなる。こちらは拳銃と、残段数が5発。依然不利なことは間違いない。


「…!これは…」


殺傷力はない。普段使おうとすれば使い方を選ぶ代物だ。今の状況でも。大きな追い風となるアイテムかどうかはわからない。それでも、いつか使い道があるかもしれないと「それ」をポケットに入れる。そうして、鬼銅は残弾を拳銃に込めゆっくりと歩きだした。


「縹、お前が正しいよ。」


鬼銅は再度、縹との問答を一人で繰り返した。




※※※




鬼銅瞬の姿は、獣に襲われたかのようにひどく痛々しかった。

頬は腫れ、口元には血痕が見える。歩いてくる姿がどこかぎこちない。

しかし、枝野はその姿が縹と同様の殺気を帯びているように感じていた。


「怯えるな…覚悟を決めろ!私がやると決めたんだろ!!」


枝野は己を鼓舞するように叫んだ。それと同時に、鬼銅が走り出す。

姿勢低く走り出した姿は、まるで獲物に近づく肉食獣のようだった。


枝野は銃を構えていた。手足の震えがひどく、対象を捉えることが難しい。

込めた弾は一粒スラッグ弾。一撃でも、掠る事さえできれば、手足を吹き飛ばすことも出来る…!


鼓膜が破れるような発砲音が響く。イヤーマフは持っていなかったので、枝野は布を破り、

小さく丸めて両耳を塞いでいた。付け焼刃のアイデアでしかない。

当然頭には激痛が走り、強烈な吐き気を覚える。

一粒弾は当然のように鬼銅から逸れ、走り去った遥か後方に着弾する。


『集中力が切れれば、当たる弾も当たらなくなるんだ。』


なぜか今思い出したのは、そんな父の言葉だった。

クレー射撃の会場は、ここよりもずっと静かで厳格な空気をはらんでいた。

そんな現場の中でも、枝野は緊張を感じることなど久しくなかった。


だが今。その身体はつま先まで震え、背中からは冷や汗が噴き出す。

上と下の歯がガチガチと鳴り、不快な音を奏でる。息が荒い。気温がぐっと下がったように感じた。


「体温が下がったのは出血をしたせい。震えも出血による一時的なもの。銃撃が当たらないのは、私の覚悟が足りないから…!」


一度に込められる弾は2発まで。この一撃を当てなければ、2人の間の距離はさらに詰められてしまう。

枝野の頭の中は、普段とは打って変わってぐちゃぐちゃに整頓がされておらず、考えが何一つまとまっていなかった。


「(妙な感覚だ。)」


一方で、鬼銅の心情は枝野のそれとは正反対だった。

激痛を伴う負傷をしているはずなのに、どこか不快感はない。

いつもより調子がいい。勘が冴え渡っているような、そんな感覚を覚えていた。


縹との死闘を繰り広げた中で、鬼銅の感覚は極限まで研ぎ澄まされていた。

死の淵を彷徨ったからこそたどり着いた境地なのか。

銃弾の雨が降り注ぐこの状況下でも、鬼銅は一切の恐怖を抱いていなかった。


「(俺は今、ここで枝野を殺す。)」


その確信が、鬼銅の中にはあった。




※※※




『不要な命なんて、このクラスには1人たりともいないんだよ、松田。』


次によぎったのは、自分自身が松田に投げかけた言葉だった。


「(今のコンディションじゃ、鬼銅を撃ち抜くことは出来ない…なら!)」


装填する弾を、散弾に替えて構える。鬼銅が放った拳銃の弾丸が、枝野の肩に命中し血が噴き出した。


『鬼銅瞬と渋染赤音を殺す。』


あの時に繰り返した問答。私は、自分にも言い聞かせていたのではないだろうか。


銃を構え発砲をする瞬間、何を思ったか鬼銅は大きく横に飛び、身体を無防備にした。

飛び散った散弾は鬼銅の足先をわずかに掠めたが、射程もままならない状態では大した威力にもならない。2人の距離は丘の高低差を加味して、わずか20メートル余りにまで迫っていた。


「いつもの冷静さが感じられないな。」


鬼銅の声が聞こえてきて、枝野は自虐的に笑った。完全に見誤っていた。私は、ここで死ぬ。


奴は血迷ったわけでも自暴自棄になったわけでもない。ただただ予測したのだ。

一粒弾の銃撃を2度も外し、徐々に距離を縮められているこの状況下。

次は確実に球を命中させるために、貫通力は低いが当たる可能性の高い散弾に切り替えることを。

冷静に状況を分析し、敵の動きを予測して賭けに出ることが出来る。

もし一歩間違っていれば、格好の餌食となって撃ち抜かれるというリスクを天秤にかけて。

鬼銅瞬という男は、今日この瞬間に死ぬ覚悟が出来ていた。


私には、死ぬ覚悟はなかった。

拳銃からの発砲が頬を掠め、新たな出血を生む中で枝野は悟っていた。


私は、鬼銅や渋染を殺す覚悟を決めたと自分を正当化していた。

しかし蓋を開けてみれば情けないことに、今日自分が死ぬ覚悟は出来ていなかったのだ。

引き金を引く想定は出来ていても、引き金を引かれる想定は出来ていなかった。

生殺与奪の権を自分のみが握っているという、なんとも傲慢で愚かな勘違いをしていたのだ。

情けなく震え、身を縮めている今の自分がその何よりの証拠だった。


『浅葱は俺にない才能がある。高校を卒業するころには、射撃で全国一を獲ることだって夢じゃないぞ!』


『そうなると、浅葱は高校を出る頃にはウチからも出て行っちゃうのかしらね。ふふ、何も決まってないのになんだか寂しくなっちゃう。』


「(父さん、母さん…!)」


そうなったときに浮かんできたのは、自分の父と母の顔だった。

親孝行なんて大して出来ていない。まだ話すことが沢山あったはずだ。

感謝も、文句も、もはや何も言い残すことが出来ない――――


枝野は静かに散弾を込めると、荒くなった呼吸を整えるように大きく深呼吸をした。

最後まで諦めるな。絶対に屈してなるものか。たとえ自分はここで死ぬことになったとしても、鬼銅コイツだけは道連れにしてみせる…


大きな音と共に、黒い破片が飛び散った。鬼銅の放った4発目の弾丸は、枝野が構えようとした猟銃に深く食い込んでいる。


「撃ってもいいが、暴発してお前が死ぬだけだ。」


鬼銅は、ただ淡々とそう告げた。




※※※




AM.0:02

海松の腰が抜けて、地面に尻もちをつく。

想定外の事態に、萌葱も一瞬の動揺を隠せないでいた。


「縹くんが、そんな……」


「…考えもしなかった事態だ。」


落ち着け。冷静になれ。一瞬でも思考を停止させれば、次の一手が鈍り取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。状況を整理・分析する必要があると、自分自身に言い聞かせた。


「(縹を殺したのは鬼銅でほぼ間違いない。鬼銅のアナウンスが聞こえてこないということは、あいつはまだ生きているということだ。だとすると次はどうする?当初の目的だった枝野を殺すために、奴は動くはず…)」


ただ、それは鬼銅が五体満足無事でいればの前提である。

縹匡史という男を見くびってはいけない。想定外の事態に遭遇したとしても、それを容易に補って余りあるほどの戦闘力を有しているのがあの男だ。

だとするならば、今の鬼銅の状態は満身創痍か、あるいは―――


「海松、移動するぞ。縹のところへ向かう。」


「えっ…!?で、でも、縹くんはついさっき、その…死んだってアナウンスが……」


「アナウンスの通りなら、鬼銅がまだ生きている。あの2人がぶつかったとすれば、鬼銅も無事なはずがない。だとすると今度は、枝野を殺そうと動くはずだ。」


表情が変わる。自体が切迫していると、彼女も理解した様子だった。


「じゃあ、すぐに助けに行かないと…!」


「ああ、そうだ。」


そう、表向きはその認識で構わない。萌葱は隠し持っていた1発の弾が込められた拳銃を、確認しなおすように指先で触れた。


「(縹と戦って鬼銅が瀕死の状態だとするなら、遅かれ早かれ枝野がとどめを刺すハズだ。最悪なのは動ける状態のままヤツが姿を隠し、体力の回復をはかられること。縹と殺し合って生き残ったのだとすれば、アイツは今この島で最も危険人物といって間違いない。)」


動けない状態ならば、現場にいる枝野か、今から向かう俺たちが始末をすればいい。

もしも動ける状態だったとすれば、鬼銅は枝野との交戦を選ぶだろう。逃げることに徹したのだとすれば、決着がつくのが早すぎる。選んだのだ。縹という最大の障壁を超えてでも、枝野を殺さなければならないと鬼銅は判断したのだ。その障壁を乗り越えた今、枝野を前に逃げるはずがない。


「(縹との肉弾戦に続けて枝野との銃撃戦…体にも限界が来る。この一発を使う価値は、十分にある。)」




※※※




早い息遣い。多量の出血で汚れた制服。

破壊された猟銃を手放した枝野は、放っておいても死んでしまうような状態だと鬼銅は感じた。


「…止血しないと、お前ももう永くないな。」


「ハァ…ハァ…なんだ、それ…皮肉、のつもりか…?」


質問に答えることはしなかった。

残弾数はちょうど1発。枝野の額に押し付けている拳銃の中に、その1発は既に込められていた。


「抵抗しなけりゃ…あまり苦しい思いはさせたくなかったんだがな。」


「死ぬってのは…苦しいこと、さ…私も、それを理解できてなかったから…偉そうなこと、言えないけどね。」


枝野の身体は、血と汗でぐっしょりと濡れていた。それだけではない。

今となっては断定することは出来ないが、目尻や頬に涙が伝った痕がある。

死の恐怖は、枝野浅葱をもってしても立ち向かうことは困難なものだったらしい。


「…何か言い残すことはあるか?誰に向けてでもいい。俺が生き残って伝えられるかはわからねぇが。」


「…あり過ぎて、残り2日じゃ足りないね。」


「困ったな。」


「ハハッ…」


奇妙な気分。目の前の殺人鬼は、枝野が思っていた以上に穏やかで、理性的だった。

銃撃戦を繰り広げていた時に感じた圧し潰されるような殺気は既に感じない。だが同時に、

そこには同情や憐みの感情も、微塵も感じられなかった。


「…なあ、鬼銅。どうして昨日、お前は私の誘いを断ったんだ?」


最後の最後で口から零れ出ていた言葉は、昨晩の問答の真相だった。


「あの時、渋染が誘いを断ることは予想出来てた…けど、アンタが誘いを蹴った理由が、どうしてもわからなかった。」


「…」


鬼銅は答えなかった。答える必要もないと判断したのだろうか。

諦めたようにため息をついた時、鬼銅はようやく口を開いた。


「言ったところで、お前にはもう何の意味もないことだろう。」


「…ああ。そう、だね…」


何の意味もない。何の関係もない。これから死ぬ私には、答える必要もない。


「それに言っても、お前は信じないだろう。」


そう呟いたかと思うと、鬼銅はひざを曲げて枝野に近づき、何かを耳元で囁く。

それは2人の間にだけ共有された言葉。


「…とてもじゃないが、信じられないよ。」


「そうだろうさ。だから、こうなるのは「仕方がなかった」んだ。そうだろ?」


自虐の言葉であるとすぐに分かった。

枝野が最後に見た光景は、絶望で黒く塗りつぶされた銃口と鬼銅の顔だった。

枝野浅葱さん。

前作と今作の立ち位置はほとんど変わってませんが、

今回ではより等身大の女子高生であることを意識しました。

メンタルお化けだった枝野さんも、ちゃんと死ぬことを恐れていて、

人を殺すことを恐れていたんですね。

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