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シロクロゲーム  作者: 竹取翁
27/44

2日目ー④ かくしごと

 両者の間には川がある。しかし、川の流れは緩やかで、こちらへ渡ってくることは容易に見えた。白馬は紅葉の前に腕を伸ばし、彼女を後ろへ押した。渋染はそんな様子を見ながら、不気味な笑みを崩さない。


「(こんなところで何してるんだ…?何でコイツがここにいる…!?そもそも、どうして笑っているんだ…?俺たちがここに来るのを待っていた?ありえない、だとしたら偶然なのか…?)」


「白馬!!」


紅葉の絶叫が耳に響き、白馬はハッと意識を現実に戻す。身体中に汗が滲んでいた。視界にいる渋染の姿は、最初と変わらず微笑んだままだ。


「ねえ、何なのコイツ…どうしてここにいるの…!?」


紅葉の声は震えていた。心の底から、渋染のことを恐れている。渋染は一歩、こちらへ踏み出してきた。それだけで、白馬は大声を出したくなり、大きく後ろに下がった。


「ごめんなさい…驚かすつもりはなかったの。」


渋染はそう言って、伏し目がちに川を見つめ、そのままその場にしゃがみ込んだ。


「な…何してるんだ―――?」


「2人がどこかに行くまで、ここでじっとしてるわ。追いかけたりしないから、大丈夫。」


昨日の時点で5人を殺した女の、保証も出来ない口約束。当然、本来ならば信じられるはずもなかった。しかし、どうしてだろう。白馬は目の前の渋染の言葉が、嘘ではないと認識していた。きっと彼女は、本当に俺たちの姿が見えなくなるまでここを動かないだろう、と。


「あ―――」


その時、2人はほとんど同時に気づく。渋染の右手が、真っ赤に血塗られている。紅葉は、また彼女が誰かを手にかけたのかと、心臓が縮み上がる心地を味わう。しかし、白馬は一目見ただけで気が付いた。あの血は、誰かの血ではない。渋染自身の血だ。よく観察すると、彼女の手首がギザギザに切り刻まれているのが分かった。


「リストカット―――?」


無意識のうちにつぶやいたことで、紅葉もその血の正体に気づく。


「アンタ、それ自分で…?」


紅葉の問いかけに、渋染は答えはしなかった。真っ赤な血は滴り落ちて、川の水にぽたりと落ちている。それを見た時に、白馬は流れるように口を開き、声を発した。


「昨日の朝、俺のいた教室のドアを開けたのはお前か?」


「白馬…!?」


自分でも何を言っているのか分からなかった。何の根拠もない。直感というにも乱暴すぎる問いかけ。しかし、その問いかけに、これまで顔を伏せて無言でいた渋染が顔を上げた。


「黒崎くん、あの時起きていたの?」


まさに戦慄。白馬は初めて、足の指先から頭のてっぺんまで、全身が震える感覚を知った。


『ドアの錆びついてなかなか開かないし…俺なんてドアぶっ壊しちまうかと思ったからよ。』


『しまってたわよ。錆びついてて、開けるのもちょっとだけ大変だった。』


俺の眠っていた部屋の扉を開けたのは渋染だ。俺がまだ意識を覚醒させる前、あの冷たく硬い床に横たわっているとき、渋染はドアを開けて、俺のことを見ていた―――たったそれだけの事実が、こんなにも恐ろしいことなんて。また深く理解してしまった。だけど、口にしたくない。コイツが人を殺す理由なんて、知りたくもなければ当てたくもない。理解したくもない。白馬は強い吐き気を感じた。


「…ごめんなさい。私が、先に行くから。森を抜けていくから、回り込んで追いかけたりなんてしないから。それじゃ、さようなら。」


渋染は白馬の様子を見て何かを察したのか、下ろした腰を持ち上げて、そのまま森の中へ歩いて行ってしまう。紅葉が心配そうに白馬のことを見てきたが、白馬は一歩も動けなかった。そうして、とうとう渋染の姿はその場から完全に見えなくなった。


「白馬、大丈夫…?」


「あ…?あ、ああ…大丈夫、大丈夫、だよ。お前は?」


「私は大丈夫。だけど白馬、アンタすごい汗―――」


「大丈夫だって。心配すんな。それより、早く武器を探そう。早くしないと時間がなくなっちまう。」


「何言ってるの、白馬…?」


そう言って、紅葉は好奇から預かった時計を見せてきた。時計の針は、とうに集合時間を指している。そこで理解した。また、あの病気が発症していたんだ。渋染と見つめ合っていたあの時間。一瞬のように思われた時間で、2人は20分以上も、互いに直立立ちで、互いのことを見ていたんだ。




※※※




AM.9:10


元来た道を辿ると、そこにはそわそわとした好奇たちが待っていた。2人の姿が見えると、黄島は心底安心したように、ホッと息を吐いて胸をなでおろす。


「お前ら、何してたんだよ!とっくに時間は過ぎてるし、何かあったのかって思ったじゃねえかよ!黄島なんて何度もお前らのこと探しに行こうとして―――」


「灰場くん、大丈夫。無事に帰ってきたんだから、もういいじゃない。ね?」


黄島が笑顔で好奇のことを宥めると、好奇は仕方なく口を閉じた。最上が刀を肩に置きながら、「で?結果は?」と尋ねてきた。


「ダメ…特に、何かいいものは見つからなかったわ。」


「そうかよ。俺たちもそこまでじゃないにしても、いくつかモノは手に入れたぜ。なあ?」


最上がそう言うと、好奇は大きなシャベルと刺又さすまたを見せてきた。好奇が持っていたバールは、水原が両手で抱えて持っている。


「俺は刺又コレ持つことにした。白馬、シャベル(コレ)持っとけよ。武器のレベルアップだ。そのナイフも、もう必要ないなら捨てたらいいんじゃねえの?」


好奇にそう言われて、白馬は手渡されたシャベルを受け取る。腰に差していたナイフのことを少しだけ考えて、「いや、まだ持っとくよ」とだけ返答する。持っていれば必要になるかもしれない。それだけの理由だ。


「それじゃあ、手ごろな武器を探し続けて集合に遅れたってことか?別にないなら無いで、戻ってくりゃよかっただろう。」


「いや…そうじゃないの。その―――向こうで、渋染に会って。」


水原が小さく悲鳴を上げる。最上が刀を鞘から抜いて、2人の元来た道を睨みつけた。


「今すぐに追いかけるぞ、この数なら仕留められる。」


「ちょ、ちょっと待ってよ。アイツ森の中に入っていったし、今はここから離れることを考えた方が―――」


「怖気づいたのか?いつかはしなくちゃいけないことだって、お前らも覚悟を決めたはずだっただろ?今ここで見逃したら、次だって逃げようと思うに決まってる。」


最上の言っていることは最もだ。今ここで追いかければ、好奇と最上、白馬の3人で囲んで袋叩きに出来るかもしれない。だけど、今の自分にそれが出来るだろうか。さっきもまともに動くことも出来なかったというのに。


「黒崎、お前もそう思うよな?」


「え…いや―――」


最上が正しい。正しいんだけど、今の状態で立ち向かったときに、他のみんなに迷惑がかかるかもしれない。


「…けど、水原はどうするんだよ?今の状態で、まともに戦えるとは思えない。危ない目に遭わせるかもしれないぞ。」


「っ…!それは―――」


水原は、向井が殺された場面を見ていたことで渋染に怯えている。今もガクガクと震えていて、戦いの中では彼女のことを人質に取られてしまうかもしれない。そう思ったのは事実だ。だけど、水原をダシにして戦いを避けようとしている自分を、白馬は情けなく感じていた。


「…そういうことなら、仕方ないな。ならさっさとここから離れるか。後ろから不意打ちを食らったら、たまったもんじゃないからな。」


最上がそう言って、この場から離れようと先陣を切る。水原は白馬のことを見て、小さな声で「ありがとう」と言った。その言葉が、ますます白馬は胸が痛くなった。


「白馬…本当に大丈夫?渋染のことで、何かあったの?」


「いや、何でもないよ。大丈夫―――」


そう言い切りかけて、白馬は口ごもった。紅葉には、本当のことを言いたい。隣で2人の話を聞いていた好奇と黄島が顔を見合わせる。みんなには、隠し事をしたくない。


「―――話すよ。ちゃんと整理してから、ちゃんと話す。」


口にするのもおぞましいような、理解のできない答えについて。




※※※




AM.9:22


 蒼山は身体についた返り血をふき取る。汚物を身体に擦り付けられたかのような不快感がある。それは、軽蔑すべき類人猿の血を浴びたからだと、蒼山自身は認識していた。そこには殺人行為に対する潜在的な嫌悪感も含まれているのだが、当の本人はそれに気が付いていなかった。


「さて…これでひとまず現状は、「クロ」が15で「シロ」が16…ほとんどトントンになったってことだな。」


だが、面倒なのはここからだ。何が面倒かといえば、残った「シロ」の面子をどう処理するか、ということだ。残った「シロ」組の生徒たちは、ほぼ全員が徒党を組んでいる。


「(黒崎にはいつもつるんでる翠田、灰場、黄島が付いてくる。昨日見た分だと、最上と水原も一緒にいやがった。最上は厄介だ。刀を持ってちゃ簡単には近づけねぇ―――)」


最上は剣道の達人だ。県大会でも上位の成績を収めているし、あの最上が本物の刀を持っていれば、その戦闘力は計り知れない。刀は包丁やナイフよりもリーチが長く、長刀でやり合ったら敗色は濃厚だろう。


「(松田も、天王寺や新田、奥田あたりとつるんでたな。一番厄介なのは…間違いなく新田だな。)」


彼がアーチェリーの器具を背負っていたのは昨日の時点で見ている。アーチェリーは発射するまでに準備の時間がかかる。接近戦になれば優位に持ち込めるかもしれないが、近づくまでに見つかってしまえば絶体絶命だ。対策を考えて、じっくりと攻略していかねばならない。


「一番殺したいのは萌葱、それに変わりはないが…アイツはバックに縹を付けてやがる。用意周到な萌葱のやりそうなことだ…どっちにしろ、今すぐにどうこう出来る相手じゃない。」


萌葱の考えていることなど、手の取るようにわかる。少なくとも蒼山はそう思っていた。見立てでは、やつは縹を最強の用心棒として、海松を思うように動く雑用…もしくは、「肉の盾」として扱うつもりだろう。縹は文字通り、このクラスにおいて無敵だ。誰がどんな武器をもってしても、縹を倒すことなど想像もできない。誰がどう考えても、「シロ」の陣営を崩すのに最大の関門となるだろう。その縹を最初に抑えておくということは、当面の間自分の身の安全を保証された、と言っても過言ではない。


「(個人行動してるやつは、勿忘で最後だったはずだ。1人だけ、例外として枝野がいるが―――)」


思い浮かべて、すぐに考えるのをやめた。銃を持ってるやつと勝負を仕掛けるのは早すぎる。もっと綿密に計画を練っていかねばならない。


「となると、1番殺しやすいのは…やっぱり黒崎たちだな。」


非力な女が多い。上手く背後に回ることが出来れば、1人、2人は確実に殺せる。それを達成するための難関となるのは最上だ。彼をかいくぐるには、どうすればいいのか―――


「ん?これは―――?」


ふと、身を潜めていた建物の床が、一部床下収納であることに気づく。物音を立てぬよう、そっと収納を開ける。そこにあったものを見て、蒼山は顔を歪ませて笑った。これで、計画を実行できる。




※※※




象牙は手に入れた乾パンをかじる。ほぼ1日ぶりの食事に、普段ならとても美味だと言えないようなものも、涙が出るほどに美味い。屋根の上に大の字で寝転がると、ふーっと息をついた。


「リのやつどうなったんだろうなー…まあ、1人でも何とかやってるか。俺の知ったこっちゃないもんな。」


安全地帯に戻ろうと思ったが、何も考えずに走りすぎていた。安全地帯の場所は、昨日の夜に別れる前、桃岬に教えてもらったから覚えている。ただ、安全地帯が小さくなったことがすっかり頭の中から抜けていた。ここから戻るには、走っても1時間以上かかる。


「はぁーあ、朝っぱらから走りどおしだよ。」


ここからどうなるかなんて、どれだけ頭をひねったってわかるわけもない。象牙はとっくに考えることを放棄していた。きっと頭のいい連中が何とかしてくれる。自分はこうして、問題が解決するまでのらりくらりとしておけばいいんだ。


「…ん?」


ガシャガシャと、何かが壊れるような音がする。何事かと思い道路の方を見てみると、鉄パイプを持った鴇と雄黄が2人で話し込んでいるのが見えた。足元には、何やら機材が散らばっている。


「何してんだろ、アイツら…?」


「おーい、そっちはどう?」


向こうから声がする。雄黄と鴇が振り返ると、そこにはゴルフクラブを持った麹塵と檜皮が歩いてきていた。もう一方からは、桃岬と黄櫨、朽葉の3人がやってくる。


「探したらあちこちにあるもんだな。俺たちだけで、もう4つもぶっ壊したぜ。」


「私たちも、今ので7つめ…思った以上にたくさん仕掛けられてるね。」


「こうなってくると、出来るだけ広範囲に動いた方がいいかも…全部のカメラを壊そうと思ったら、たぶん私たち7人じゃ無理だよ。」


桃岬がそういうと、檜皮が「そうだね」と相槌をうつ。


「3つにわかれよっか。私は桃岬と黄櫨と一緒に行く。貴代美、朽葉と一緒にお願いできる?」


「ああ、もちろんだ。鴇と雄黄はこのままでいいのか?」


「うん。それでいいと思う。」


「アンタたち、一緒じゃなくていいの?別に今のままでもいいんじゃ―――」


「なるべく戦力分散した方がいいでしょ?自分で言っちゃなんだけど、女の中で戦えるのって、私と貴代美が1番だし…私たちは分かれた方がいいんだと思って。」


「そうね。じゃあ手分けしていきましょ。琴音、真紀、2人は牡丹探しも手伝ってくれる?」


7人が話し込んでいるのを、象牙は屋根の上でじっと聞いていた。


「カメラを壊す…何でそんなことしてんだろ?でも、もの壊すって楽しくていいよなー。俺も、やってみちゃおっかなー…」


象牙は勝手に空想して、1人で楽しくなっていた。いたずら好きな彼の性格が、黄櫨たちの行為に触発された。

前作で目立ってなかった人とかが出来るだけ輝けるようにしなくちゃいけない…て思うけど、そう上手くはいきません。目立ってない奴は目立たないなりの理由があったんだなって。

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