Rest Time ③ 自己中な人々
前作と比べると、松田くんが
ほぼ聖人→普通の子 になり、
萌葱くんが
屑野郎→普通の子 になってる気がする。
枝野の呼びかけで集まった集合は、そのまま自然と離散の流れになりつつあった。そんな中で、縹は咎めるように萌葱に詰め寄っていく。「熊殺し」の異名を持つ縹が鬼の形相で向かってきたのに対して、萌葱は表情を変えることもなく立ち尽くしていた。
「どういうつもりじゃあ…?お前さんが賛成してやれば、この作戦はうまく回ったかもしれんのに!」
「俺は魔法使いでも何でもない。最初から難易度の高い問題を、俺1人で解決できるわけじゃない。お前だってわかってるはずだろ、枝野の作戦は無理がありすぎたんだ。」
萌葱は、自分の言っている言葉を偽ってはいなかった。しかし、その真意は隠していた。
「(枝野はバカだ…あんな状況で「主催者を倒す」なんて無理難題を言いやがる。)」
たとえ「レストタイム」だとしても、生存している生徒たちが全員集まっているとなれば、その様子を監視しようとするのは当然のことだろう。島には各地に監視カメラが取り付けられていて、それは集合場所も例外ではなかった。そんな場所で「主催者を倒す」と言えばどうなるか。自分たちには首輪が取り付けられている。
「…ともかく、今は耐えるしかない。枝野の意見を否定するつもりはないが、こんな状態ではどうしようもない。」
「……」
「それじゃあ、僕たちももう行くよ。力になれなくて申し訳ないけど、どうか分かってほしい。」
松田がそう言って、その場から立ち去ろうとする。一応、枝野に詫びを入れてはいるものの、枝野はそれに応えようとはしなかった。煉瓦は松田たちについて行くか、それともここに残るかを迷っているようだったが、ため息をついて踵を返した。
「わああぁっ!?」
「な、何だよ煉瓦!デカい声出すなよ!!」
煉瓦が突如として叫び声をあげて尻もちをついたことで、全員が驚いて煉瓦の方を見る。煉瓦が怯えた顔で見つめている先には、呆然と立ち尽くしている湾田の姿があった。
「お、おまっ…お前っ、いつから―――!?」
「あ、えっとぉ…おはよ?」
「質問に答えろよ!お前、いつからそこに突っ立ってたんだ!?」
「あの、みんなが集まってから?だけど?だってほら、みんなここに集まる予定だったんでしょ?私は呼ばれてなかったけど―――」
「意図的にそうしたんじゃないよ。探したけど見つからなかったんだ。」
「あ、そうなんだぁ。けど、東原さんが教えてくれて。それで、さっきまで一緒にいたんだけど…あれ?」
「牡丹に会ったの!?どこ?どこにいるの!?」
紅葉が詰め寄り、すぐ後に黄櫨と黄島も続く。湾田は事態を把握していないのか、急に詰め寄られて驚いているのか、おろおろとしたまま続ける。
「いや、わかんない。どっか行っちゃった。さっきまでいたんだけど―――」
「…私たちに何も言わずに、どうしてまたどこかへ行っちゃったのかしら―――?」
紅葉の不安そうな声を聞いて、白馬もまた心の中にもやがかかったような不安感に駆られた。
※※※
鬼銅が川沿いに腰を下ろす。ずっと、着いてきている気配を感じる。それが渋染であることは分かっていた。
「何の用だ?」
「鬼銅くんの質問、まだ答えてないと思って。」
渋染はか細い声でそう言う。鬼銅が投げかけた質問、なぜクラスメイトを殺したのか…ということだった。
「…もういい、聞く必要はなくなったからな。」
「え…どうして?」
「俺の中でだいたい予想できたからだよ。それに、それが正解だろうが不正解だろうが、結局俺のすることは変わらない。」
「明日も殺すの?」
「ああ、殺す。」
渋染はしばらく黙り込んで、鬼銅のことをじっと見つめていた。渋染はゆっくりと鬼銅に近づくと、そのまま鬼銅の座っている川沿いの隣に腰かけた。
「当てましょうか?鬼銅くんが、明日誰を殺すのか。」
「…うるさい、黙っててくれ。」
そう言われた時、一瞬だけ渋染が寂しそうな顔をした気がした。そう感じた矢先、渋染は鬼銅の顔を覗き込む。状況とはかけらも結び付かない笑顔だった。
「私のことも、きっと殺すのね。」
鬼銅は答えなかった。渋染は答えを聞くつもりもなかったのだろうか、しばらくすると立ち上がり、そのままに度と戻ってくることはなかった。まだ背中に気配を感じているうちに、鬼銅は渋染に呼びかけた。
「お前は、殺すのをやめないのか。」
返事は、当然帰ってきはしなかった。
※※※
松田はしばらく歩き続けたのちに、振り返る。そこにいるのは、今日1日を共にした生徒たち。天王寺藍、新田紫苑、奥田青磁、煉瓦平次、緑黄園早苗。その中で、奥田は険しい表情で松田に言葉をぶつけた。
「松田くん、どうしてあんな嘘をついたんだ?」
「……」
「分かってるはずだ。朱田くんと瑠璃川くんを見たっていう話…あれは嘘だね?僕らは今日、枝野さんたちに出会うまで誰とも接触していなかった。もし道中で他のメンバーに、ましてや「クロ」の生徒を見つけていたのなら、もっと警戒していたはずだ。」
緑黄園も、なんとも言えない表情で2人のことを見つめていた。クラスメイトの中で、唯一といってもいいほどに鬼銅の身を案じていた彼女にとっても、今日の出来事は複雑なことであったに違いない。
「…けど、結果的に本当のことだったじゃないか。不登校気味だった朱田さんにとって、クラスの中で関係が良好だったのはクラス委員の桃岬さんと、瑠璃川さんくらいだ。桃岬さんが黄櫨さんたちと一緒にいたってことは、瑠璃川さんと一緒にいた可能性が高い。そう予想して、質問をぶつけてみた。そのおかげで、渋染が彼女たち2人を殺したことが分かった。鬼銅の言動が信用に値しないってこともね。」
「だけど――」
「もういいだろ、奥田。必要な嘘があるってことだ。松田は間違ったことは言ってないだろう。」
「人を貶める嘘は、僕は正しいとは思わない…!」
「じゃあ、何でお前は松田についてきたんだ?」
新田の言葉に、奥田は言葉を詰まらせた。
「新田くんも、そこまでにしましょう。私たちは味方同士なんです。言い争いすることは、私は良くないと思います。」
「それじゃあ、天王寺くんはこのまま二分化されたクラスで、争うべきだって思うのかい?」
「当然、そんなことは思ってません!でも、やらなくちゃいけないことは固まったと思います。」
天王寺の語尾が少し震えていることに、奥田は気が付いた。それと同時に、彼女が何を言おうとしているのかも。
「渋染さんと鬼銅くん…この2人は、止めるべきです。何があっても絶対に。このまま2人を放っておいたら、大変なことになります。もっとたくさんの人が殺されてしまいます。それに―――」
「それに、次に狙われるのは僕だと、そう思ったんでしょ?」
松田が、言い渋っていた天王寺に代わってそう言った。彼は自虐的に笑いながらも、それを否定しなかった。
「奥田くん、ごめん。僕は君のように優しくないから、どうしても全員を助けようという選択肢が出てこなかったんだ。僕が転校生で、みんなよりクラスメイトに対しての思いが薄いっていうのもあるのかもしれない。けど、それ以上に―――」
「それ以上に、僕は君たちのことを守りたいって、そう思ったんだよ。僕のことを信じてついてきてくれた君たちを。他の誰かよりも、君たちのことを。」
「松田くん…」
「僕の手で守れる人は、それが精いっぱいだ。だから、それを君にも手伝ってほしい。これからも、僕らと一緒に。」
松田の言葉に、今度こそ嘘はない。それは彼の顔を真正面から見て、彼の言葉をまっすぐに受け取っている奥田たちには分かっていることだった。新田と天王寺は、大小の差はあれど彼と同じ覚悟を内に秘めている。緑黄園と煉瓦はどうだろう。自分自身は、どうだろうか。
「…僕は、君たちと一緒に行く。だけど、それは君に何もかも同調しているわけじゃない。これからも間違ってると思ったことは伝えるし、僕は僕の意思を曲げない。それでも―――」
「それでいい。心強いよ、とってもね。」
松田はそう言った後に、切り替えたように表情が変わった。覚悟の顔、自分の守りたいものを守るためならば、多少の犠牲はやむを得ないと、そう言っているかのような。
「とにかく、今最重要なのは、鬼銅瞬と渋染赤音を止めることだ。彼らをこれ以上野放しにしていたら、「シロ」「クロ」関係なしに犠牲者が増える。もし枝野さんの作戦を実行するにしても、これは越えなくちゃいけない壁だ。」
誰も口に出したりはしない。分かっている。全員が分かっているんだ。松田の言っていることが、2人の人間を「殺す」と言っていることを。
※※※
海松がおどおどと、睨み合っている2人の様子を見ている。ケンカを吹っ掛けるのはいつも縹だ。萌葱はただ冷静に、彼の言い分に反論をぶつけ続けていた。
「お前さんも奥田の言葉に同調しておったろうが、どんな理由をつけても殺人は殺人、それが正当化されることはない!!」
「俺たちの国には正当防衛という言葉がある。自分の身を守るためなら、自衛のために力を行使することが認められている。」
「何を…!」
「お前も、鬼銅と遭遇したときにアイツを仕留めようとしたんじゃないのか?それは、アイツが「人殺し」で、自分や仲間に危害が及ぶ可能性があったから。違うか?」
「そうじゃ、その通りじゃあ!!」
縹の声がより一層大きくなり、もう一歩、萌葱に詰め寄る。2人の距離は既に10センチほどになり、海松はますます慌てた顔でその様子を見つめる。
「アイツらは、自分の保身のために仲間に手を出した「ただの人殺し」じゃ!!その暴徒から、儂らは身を守らねばならない!だが、枝野の計画はその暴徒にすら選択肢を与えていた!!それを、お前は踏みにじった!!」
「あの作戦はまだ計画と呼べるようなものじゃなかった。無計画な策を講じて、犠牲が広がることを望んでないだけだ。」
「なら、なぜあの時にそういって、ともに寄り添って、考えてやらなかった!?」
「もう、いい加減にしてよ、縹くん!」
たまらず、海松が2人の間に割って入った。縹はそれを止めたりはしなかった。歯ぎしりをさせながら、鼻息荒く萌葱のことを睨みつけている。
「萌葱くんの言ってることは間違ってないよ!誰だって、みんな全員で帰れた方がいいって思ってるに決まってるよ!だけど、感情的になりすぎて動いたら、危ない目に遭うから!!そういう気持ち、縹くんもわかってあげてよ!」
「それはわかるが、枝野の気持ちを考えてやっても―――!」
「何度も行ってるだろう、アイツの言ってることを否定したわけじゃない。だが、準備期間が必要なんだ。それに、松田や蒼山の言ったことも正論ではある。信頼関係もなければ、先行きも不透明…そんな状態じゃ、決行できるものも出来ないんだ。」
「そんなもの、どれだけ頭をひねったところで同じことじゃろう!?お前さんはそうやって、結論を出すことを恐れて逃げているだけじゃ―――!!」
「心外だな。」
「事実じゃろうが?反論が出来るならしてみるがいい。」
縹にそう言われると、萌葱はきょろきょろと見回し、何かをじっくりと確認した。そして、海松と縹の2人に、近くに来るようにそっと手招きをした。
「これが、何かわかるか?」
「…?」
萌葱がそっとポケットから取り出したもの。縹はそれを見て、怪訝に首をかしげていたが、やがて何かに気が付いたかのように目を見開いた。海松は、彼よりも一足先に気が付いたようだ。
「これって、首輪だよね?」
「首輪?いったい何のために?そもそもどうやって―――!?」
声を荒げそうになる縹に向かって、萌葱はお決まりのポーズで「シー」となだめる。萌葱だからこそ画になるポーズだ。
「これは、青山の首にあった首輪を取ってきたものだ。渋染の攻撃で首と胴が離れかけていたから、そのまま持ってくることが出来た。」
海松は、彼がそれを手に入れた瞬間に覚えがあった。荒川と青山の遺体を確認したとき、彼が密かに何かをポケットに忍ばせていた。あの時に、萌葱は青山の首輪を入手していたのだ。
「首輪の仕組みを知ることが出来れば、俺たちに取り付けられている首輪を外すことが出来ないか…そう考えていた。」
「じゃが、青山の首輪は外れていたんじゃろう?儂らに取り付けられている首輪と同じように作動するのか?」
「おそらくな。だが、この1つで試せることは限られている。だから、もう既に向井と荒川の死体で試した。」
「なっ…!?」
縹が言葉を失ったように息をのんだ。海松もまた、言葉にはしないものの、戸惑いや驚きが心の中で交錯しているようだった。
「おかげでいくらか情報が掴めたように思う。俺はこれから朱田と瑠璃川の死体を探す。渋染が殺したとするなら、青山同様に首から外れかけているかもしれない。持ち帰れる可能性がある。」
「萌葱くん、そんなことまで考えてたの…?」
「最初から、妙だと思っていたんだ。「首輪の罰」といっても俺たち全員分の、それもこの首輪に組み込まれるような爆弾を用意できるはずもない。最初に金原を殺した時…あれもきっと予定のうちだったんだろう。最初に身近な生徒が死ぬのを見せつけることで、俺たちに恐怖心を与え、あの場を支配した。あの男を疑う余裕を与えなかった。」
「だとすれば、俺たちにつけられた首輪も、もしかしたら思っているより安易な作りになっている可能性に気づいた。だとすれば、俺にも解体できるかもしれない。そうすれば、「シロ」と「クロ」の区別は関係ない。全員の生存が、ひとまず確保できるんだ。」
「お前が、枝野の提案を拒否したのは―――」
「何度も言うように、拒否したり否定したわけじゃない。だが、俺に出来ることはこれだ。首輪の問題を解決できれば、選べる選択肢は格段に増える。ただ、あの場で言うわけには行かない。向こうに気づかれれば終わりなんだ。だから、このことは他の誰にも口外してほしくない。全員の為なんだ。」
全員の為、みんなの為。そういう言葉を投げかければ、この男が絶対に約束を守ることを、萌葱は理解していた。ただの嘘をついた場合、縹匡史という男には見抜かれるだろう。だから、萌葱海斗という男は真実の中に嘘を、嘘の中に真実を混ぜ込んだ。
今のところ、向こうにこちらの動きは察知されていないだろう。今日1日の多くをかけて島の中を歩き回ったことで、島中に監視カメラが仕掛けられているのが分かった。だが、島中360度の視界を網羅することなど出来はしない。だからこそ、こうして監視の目をかいくぐり、ここまでこぎつけることが出来たのだ。まだ確信を持ったわけではないが、首輪の仕組みはまもなく解明できる。自分ひとりの安全を確保できるのは、時間の問題だろう。
だが、生存している全員分の首輪を解除するとなれば、どうだろうか。十中八九、向こうはこちらの動きに気づく。もし気づかないにしても、このゲームを視聴している誰かが気が付くだろう。それは望むべき展開ではない。戦いを避けられるなら、交渉をしてこの島を脱出したい。向こうの機嫌を、出来るだけ損ねたくない。
あくまでも、自分が生き残れる方法を追求し続けるのだ。その付随として誰かが生き残っても構わない。自分以外の全員が犠牲になるとしても、そこに感情がついてくることはない。あってはならない。
「お前たちを、信用している。信じたいと、思っている。」
かつて縹が、萌葱にプレッシャーをかける意味で使った言葉を、萌葱はそのまま彼に返した。それが縹にとって最も大きな枷になることを、知っているから。
※※※
好奇が紅葉の腕を引っ張る。白馬も黄島も、少し離れた場所で最上たちと一緒にいる。その少し向こうには、別のグループとして黄櫨たちがいる。紅葉は「放してよ」とちょっと乱暴にその手を払いのけた。
「なあ聞けって!お前にはちゃんと言っときたいことなんだよ!」
「何よ、さっきも思ったけど、誰かに隠し事しなくちゃいけない話なの?加世のことわざとらしく避けちゃって…何か聞かれたらマズイことでもあるの?」
「そりゃあ…なんていうか、聞かれたくないこともあるだろうがよ。」
「じゃあ、私も聞かない。隠し事なんて柄じゃないし、もし話したいならみんなの前で言えばいいじゃない。」
「ちょちょ、待てってば!頼むよ、お前にしか言えないようなことなんだよ、よくよく考えりゃ、白馬にするにも照れくさいしさぁ――!」
その言葉に、紅葉は歩いて行こうとした歩みを止めた。好奇の「照れくさい」という言葉に、何か反応したようだった。
「何それ?どういうこと?」
「真面目な話だぞ。」
好奇はちょっと顔が紅潮していたが、その印象はどこまでも真剣だった。白馬と黄島のことをちらりと見て、それから口を開く。
「正直な話、俺はお前らのことが大事だ。白馬と紅葉、お前らは一番付き合いも長いし、他の誰よりも大事なんだ。敬二も龍星も、俺は仲がいいし、良い奴らだと思ってるけど、お前らはやっぱり格別。」
「何よ、改まっちゃって…」
「それから…その…お前と白馬は一生の親友だし、それから、牡丹と黄櫨もな?あと…あと、あれだ…黄島も、大切なやつだしよ。」
「…!アンタ、もしかして加世のこと好きなの…?」
「す、好きっていうか、何つーか?大事な奴っていうかほっとけないっていうか、気になるやつっていうか、友達以上っていうか―――」
紅葉の顔にみるみる笑いが広がっていく。日常に帰ったかのような笑顔。この島に来てから、こんな表情をするのは初めてだった。
「なーによ、ウダウダいっちゃって、それって好きってことなんでしょ?まったく、真剣な顔してるから何考えてんのかと思えば、アンタってほんと子どもねぇ。」
「んなの、お前と似たようなもんだろ?お前が、ずっと白馬のこと好きだってこと俺が知らないとでも―――」
「やめて。みんなの前で言ったら許さないから。」
紅葉のじろりとした視線に、好奇はすぐさま口をつぐむ。
「まあ…そういうわけだからよ!俺が言いたいのはそういうこと!俺はお前らのことが大事!格別に、他の連中とはくらべものにならないくらい。だから…ひどい奴かもしれないけど、俺はお前らさえ守れたら、それでいい。」
「……」
「それを…俺たちみんなが生きて帰ることを邪魔するようなやつはさ…誰だろうと関係ない、許さねぇ!鬼銅でも、渋染でも、松田でも…関係ないからな!俺は絶対にそこだけは譲らない!」
「…ホント、バカで自分勝手よね、好奇って。」
「ああ、そうだよ。それが俺だ。」
「ふふ―――けど、安心した。好奇が、私とおんなじ考えで。」
「え?」
好奇は間抜けな顔できょとんとしてみせる。紅葉の心の中は、好奇と話すまでもなく決まっていた。図らずも、彼と同じ思いで固まっていた。
「いいのよ、自己中な女になったって。私は、自分の欲しいものを絶対に譲ったりしない。私は、私さえよければそれでいいのよ。私と、私の大事な人が無事なら…それだけでいいの。」
「紅葉――――」
「おーい、好奇、紅葉!お前らいつまで2人で話し込んでるんだよ、何か揉め事か?」
その時、しびれを切らしたかのように白馬が駆け寄ってきた。その向こうには、こっちの様子を見ている黄島や、黄櫨たちの姿が見える。
「ああ、えっとな―――」
「何でもないのよ、ちょっとした相談事!」
紅葉がそう言うと、小走りで黄櫨たちの方へ駆け寄っていく。麹塵と檜皮、それから雄黄たちに向けて、紅葉は自ら歩み寄って話を切り出した。
「ねえ、ここにいる私たちで、休戦協定を結んでおかない?」
「休戦協定?」
紅葉から発せられた提案に、一番最初に反応したのは雄黄だ。
「何それ、紅葉ちゃん、それってどういう―――」
「ここにいる私たちは、お互いに戦わないことを約束するってこと。他のみんなで足並みをそろえることが出来なくても、私たちだけで約束することは出来るでしょ?だって、私みんなと争いたくないもん。彩羽や牡丹だって、絶対に一緒に帰りたい。」
「その言い分、自分たちが勝ちかけたときも言えるか?」
厳しい言葉を投げかけてきたのは、麹塵だ。今度は隣にいる檜皮も止めはしない。ただ黙って、麹塵と紅葉のことを見つめている。
「「シロ」陣営の優勢、私たちさえ殺せれば、そっちのチームは無事に帰れるかもしれない…そうなっても、全員で帰りたいって、私たちと争わないと言い切れるか?」
「言い切れるわ。友達を殺して生き延びるくらいなら、死んだ方がマシ。」
紅葉は、間髪を入れずにきっぱりと言い返した。それを見て、檜皮はくすっと笑う。桃岬と黄櫨も顔を見合わせ、嬉しそうに頬をほころばせた。
「翠田の言う通りだよ、貴代美。この子の言ってることが正しい。」
「…ああ、分かってる。私も、同じように思うよ。」
麹塵もまた少しだけ笑い、紅葉の方に手を差し伸べてきた。それが、協定締結の握手であると、その場にいる誰もが理解した。
「乗った。私たちも出来る限りのことをする。お互いに、最後まであきらめずに頑張ろう。」
「うん!」
紅葉はそう言って、黄櫨の方へ駆け寄っていった。それに黄島も続き、好奇は白馬の隣で肘打ちをして笑う。
「何か、まだ問題ごとがあった?」
「…いや、そんなことはない。翠田の言ってることは、立派だと思っただけだ。」
「そうだね。だけど、「みんなで帰る」の「みんな」には、貴代美も含まれてるんだからね。そのこと、忘れないで。」
「…ああ、分かってるさ。」
麹塵と檜皮が言葉を交わし合う。紅葉ら親友たちが寄り添い合う。白馬はそんな光景を見ながら、ただ漠然と、いくつかのことを意識せざるを得なくなってきていた。渋染赤音の存在。そして、彼女を殺さなければいけないという、どこから来るのか分からない、正体不明の使命感を。
※※※
どうして、松田くんはあんな嘘をついたんだろう。どうして、あの場でそんな嘘を言う必要があったんだろう。
考えれば考えるほど、それは「クロ」の生徒を追い詰めていく方法にしかとらえられなくなっていく。「シロ」のチームには紅葉が、白馬が、みんながいる。
「…何とか、しなくちゃ―――!」
だけど身体は震え続けている。恐怖に打ち勝つことは出来ない。東原牡丹は、抱え込んださまざまな思いに押しつぶされそうになり、1人で泣いていた。




