1日目ー⑬ 鬼銅瞬
PM.4:30
曲がり角を松田が確認し、合図を送る。それが「安全」だという意味になり、新田たちは連れ立って歩いていく。
「ごめん、松田くん。君に一番負担のかかることをさせてしまって。」
「言い出しっぺの僕がするのは当然だよ。けど、もし何かあった時は…新田くん、後方支援をお願いするかも。」
「任せておけ。俺が確実に射貫く。」
新田の返答に松田はちょっと微笑むと、再びじりじりと歩き始める。夏ということでまだ日は高い。しかし、徐々に夜の闇が迫ってくるという事実が、全員を焦らせているように感じた。
「松田くん、まず市街地に降りようという提案は僕も賛成だった。だけど…ど真ん中を通るのは、やっぱり得策じゃない。ゆっくり慎重に回りながら、安全地帯を目指すのがいいんじゃないか?」
「いいや、それじゃ意味がないよ。だって、銃声は市街地の中心で聞こえたからね。ブラウンくんと蘇芳くんが殺された場所は、市街地の中心のはずだ。」
奥田の意見に、松田はきっぱりと反論した。ここへ来る際に、松田達は今後どうすればいいかを議論した。奥田は一度「シロ」陣営の安全地帯を目指すべきだとし、煉瓦はそれに賛成した。しかし、松田は市街地へ降りて、そこを抜けるべきだという意見を出したのだ。
『どうして、わざわざ中心を抜ける必要があるんだい?避けられる揉め事は回避する方がいいだろう?』
『避けられたとしても、結局1日か2日後に直面することになる。ここで逃げたって、何も変わりはしないよ。』
この島は、島中央に人が住んでいた住宅街や商店街などが密集し、それを取り囲うように公共建築物が並んでいる。灯台へ向かう前、坂本と金原が死んだ場所から逃げ出し、最初に安全地帯を目指しているときだった。桃岬に安全地帯の場所を教えられたときに、彼女の持っていた地図が目に入った。細かい地形や、建物の種類を事細かに判別することは出来なかったが、奥田はわずかな時間でそれだけの情報を得ていた。
2つの陣営の安全地帯は、それぞれ島の北側と南側に位置している。奥田たちのいた灯台が島の最西端に位置していたから、南の「シロ」陣営に戻るには海沿いに歩いていくのが一番良い。しかし、物資の調達や開けた道での敵の待ち伏せなどを考慮したとき、いったん市街地に降りて安全地帯を目指した方が良いというのが、奥田の考えだった。
「中心地は一番危険な場所だ。銃声が聞こえてきたのも中心だった。君もそう言ってるじゃないか。」
「だからこそ、だよ。重火器を持った人間が誰なのか、それからその腕前を確かめておく必要があるんだ。」
「どうして?」
奥田がなおも食い下がると、松田は歩く速度を落として、低い声で言った。
「蘇芳くんとブラウンくんが殺される直前に、僕らは大きな銃声を聞いているはずだ。ということは、2人は銃で殺された可能性が高いってことになる。しかも、2人とも一撃でね。」
「どうして一撃だと分かるんだよ?」
「簡単だよ。銃声はそれぞれ1発だった。その直後にアナウンスが流れていたから、殺し損ねて他の方法でとどめを刺したとも考えづらい。だとすれば、鬼銅は相当な銃の腕前をしているってことだよ。」
「ね、ねえ、まだ鬼銅くんが犯人って決まったわけじゃ―――」
「ですけど、ブラウンくんのあのメッセージを聞いたら、その可能性が高いことは間違いありませんよ。私も、松田くんと同意見です。考えても答えが出ないなら、確かめてみないと!」
「確かめることで得られるメリットとそれを行うことでさらされるデメリットが釣り合ってない。」
「悪いとは思ってるよ。だから、出来れば別行動にして僕一人で向かいたかった。でも――」
「お前ひとりに押し付けるわけにはいかないだろう…」
新田がそう言うことで、奥田は黙りこくってしまった。多数決。新田と天王寺が松田に味方し、緑黄園がどっちつかずである以上、奥田は彼らの決定に従うしかない。ここで自分と煉瓦だけでこの場を離れるのは簡単だ。だけど、学級委員としてクラスメイトを見捨てるわけには行かない。そんな使命感が、奥田には芽生えていた。
「…とにかく、早く安全地帯に行くためにも頑張ろう。2人のうちどちらかでもいい、死体の状況を確認できれば―――」
松田は間違っていない。彼はまさしく、今この瞬間にもこの状況に「順応」しようとしているのだろう。適者生存。事態が呑み込めず、甘い考えをしているものから死んでいくのかもしれない。
ただ、奥田にはそんな彼の行動がどこかむこうみずにも思えてしまっていたのだ。
※※※
滴り落ちている血が目印となって、渋染がこちらを追いかけてくるかもしれない。紅井はそんな恐怖心を紛らわすように、1人大きな声を上げてバットを地面に叩きつけた。
「あああ…クソっ、いってぇなあ―――」
朱田が切りつけた掌の傷は、紅井が思っていたよりも深いものだった。制服の下に着ていたシャツを脱ぐと、口を使ってそれをびりびりと破ろうと試みる。ドラマやフィクションの世界では簡単に行われていたその行為も、現実ではなかなかうまくいかない。紅井はいらだちがこみあげてきて、シャツを投げ捨てた。
「畜生!畜生、なんで、俺が…!」
最初に荒川が死んだと聞かされた時、紅井は思わず「まさか」とつぶやいていた。だけど、それは死んだのが荒川だったから、荒川が親しい友人だったから、というわけではなかった。
「(まさか本当に、死ぬなんて…!)」
紅井は、両親はおろか祖父母、親せきに至るまで、16年と半年生きてきた中で、誰かの「死」を身近に感じたことがなかった。親類はどこもかしこも存命。近くで誰かが死んだなんて話は聞いたこともなかったし、まさかそんなことが近いうちに自分の身に降りかかってくるなどと思ってもみなかった。
だから、身近な「友人」という存在であったはずの荒川の死は、紅井を動揺させた。
「があああーっ!」
シャツの端を歯噛みして、もう片方の端を踏みつけて引っ張る。徐々にシャツが裂けはじめ、ようやく小さな布切れが出来上がった。
「クソったれ、クソったれ…死んでたまるかよ、俺が死ぬなんて、そんなことあるわけないんだ…!」
傷口に布を押し付けて、縛り上げる。ズキズキと継続した痛みが走り続けているが、全身から出ているであろうアドレナリンがそれを緩和する。死ぬわけにはいかない。そのためならば、他人を犠牲にすることなんて何の障害にもならないはずだ。そうだ、瑠璃川が死んだのは自業自得だ。
「…紅井…か?」
「っ!!」
声をかけられて、戦慄した。バットを持って、自分の後ろに向けて思い切り振り回す。大声を上げながらバットを振り続けると、普通にするよりも力が出る気がした。そうして振り返ると、声の主は紅井が思っていたよりもはるかに遠くにいた。
「ハァ…ハァ…ッ、鬼銅、かよ…!?」
「……」
鬼銅瞬は答えなかった。目の前で息を切らせている紅井の様子が、尋常ではないことを察している。紅井は動かない鬼銅を観察しながら、ゆっくりと視線を胸にやる。ワッペンは黒、俺を殺しに来た敵だ。
「フゥッ…ハァ…んだよ、何か用かよ…!?」
「…いや、何も。疲れてるようだな。」
「つ、疲れてる…?…ハハ、ハハハッ!そりゃあ、そうかもな!なんたって、人を殺すなんて初めての経験だからよ…!」
鬼銅の眉がピクリと動いた。ビビッてる。紅井は直感的にそう感じた。あの鬼銅瞬が、俺のことをビビッてる。そう思い込むことで、アドレナリンがさらに分泌されるような気がした。
「誰を殺した…?朱田か、瑠璃川か…?」
「正解だよ、けど朱田は俺じゃねぇ。渋染がぶっ殺したんだ。何考えてんのかわかんねぇ、イカれた野郎だよ…」
渋染赤音が朱田静江を殺した。その事実を聞いた時に、鬼銅は一瞬ではあるが、思考が停止した。彼女たち2人は同じチームのハズ。それじゃあ、どうして渋染は朱田のことを殺したのか?何か、その場でそうしなければならない理由があったのか…?
「…おい、何で渋染が朱田を―――」
「うるっせぇな!そんなこと俺が知るかよ!!どうでもいいんだよ、そんなこと!!」
紅井がバットを地面にたたきつける。金属がコンクリートを打ち付ける音が響く。
「今はそんなこと、どうだっていいだろ…?俺とお前は敵同士で、俺は武器を持ってる。もう7人もぶっ殺されて、そのことで責める奴なんて誰もいない…そうだろ?」
「……死人がいくら増えようが、殺した人間の罪が薄まるわけじゃない。」
「うっせえな、説教すんじゃねぇよ。ビビッてんのかよ。」
紅井は何度も、何度も何度も地面にバットを打ち付けた。それが自分を鼓舞するかのように、歪にへこんだ金属バットを持ち上げると、紅井は先端をこちらに向けて鼻で笑った。
「やめろ、お前と争うつもりはない。」
「お前になくても、俺にはある。いっぺんやっちまったなら、1人も2人もおんなじだ。俺はここからでなくちゃならねぇ。死ぬなんて、絶対にゴメンだ。冗談じゃねぇんだよ!!」
紅井が走り出した。足に反発するコンクリートは、今まで走ってきた土の感触とは違う。振り抜く金属の棒は、あの頃と変わらない感触だった。
「よけてんじゃねぇよ、こら!!」
鬼銅は何度もバットをかわした。その視線は冷たい。冷たい視線を見ていると、高校に入学して最初の時を思い出した。何か汚いものでも見るような、蔑んだ視線たちに似たものだ。
「ハァ、ハァ…お前も一緒だよ、鬼銅。てめぇもあの連中と一緒だ。俺ら普通科のことを、不良のことを舐めてやがる。お前だって極道の家系のくせに、何の問題も起こさねぇ甘ちゃんだったもんな?うちの学校の連中と同類だ!」
「何言ってやがるんだ、お前…」
「俺の方が才能があるんだよ!俺は打てるし、走れる!それを俺が不良だって理由で、連中は追い出したんだよ!俺が赤毛だから?俺がピアスを空けてるから?俺が他校のクズぶん殴って、1週間停学になったから――――」
認められないのは、全部自分のせいじゃない。世間が悪い。世間がおかしい。周囲の、才能もなければ何も持ってない奴が、自分のことをねたんでいるだけなんだ。
「ぐふぅっ!!」
鬼銅の拳が、紅井の鳩尾に入った。身体中の力が抜けて、手に握っていたバットを取り落とす。こんなはずじゃない。この傷のせいだ。掌をけがしていたから、握る力が衰えていただけ…
「…クソが!どうしたよ、やり返してみやがれ!それともそんな度胸はねぇってか!?」
「紅井、お前どうやって瑠璃川を―――」
「逆らったから殺してやったんだ!どうでもいいだろうが、そんなことはぁ!!やり返さねぇなら俺が殺してやる、放せ、さっさと―――」
ポップコーンが弾けるような音が、紅井の声をかき消した。ぼたぼたと赤黒い血液が地面に落ちる。痛みが殴られた鳩尾に響く。この血は、掌からの出血じゃない。
「お、お前…!?」
「……」
鬼銅は答えなかった。ゼロ距離で放たれた銃弾は紅井の身体を貫通し、背中からもおびただしい出血を発生させた。紅井はもう一度何か言おうと口をパクパクとさせ、次の瞬間、ガクッと力が抜けてその場に倒れこんだ。
「(…返り血だ、まずは、返り血を何とか―――)」
「鬼銅瞬。」
その場から立ち去ろうとした時、今度は鬼銅が背後から呼び止められる。ゆっくりと振り返ると、そこには枝野と縹の姿があった。
※※※
咆哮と共に飛び出そうとする縹の身体に、枝野は抱き着いて阻止をする。縹は枝野のことを振り払おうと腕を振るい、それだけで枝野は吹き飛ばされそうになる。
「落ち着け!落ち着け縹!!勝手に飛び出さないで!!」
「なぜ止める!?一目瞭然、コイツは今、紅井のことを殺した!!!」
「よく見ろ!!紅井のそばにバットが落ちてる。さっきから何度か、近くで金属が打ち付けられるような音がしてた!!紅井が鬼銅に襲い掛かった可能性だってあるだろう!!正当防衛かもしれない!!」
縹は文字通り獣のように息を吹き、必死に自分の理性を働かせてその場にとどまっているように見えた。反射的に、鬼銅もまた銃口を構える。すると、次に動いたのは枝野の方だった。
「動くな!」
「紅井勇斗、死亡!紅井勇斗、死亡!!」
サイレンとアナウンスが流れる中で、3人は無言で睨み合った。ぴりついた空気が流れる中で、最初に口を開いたのは枝野だった。
「…どういう状況だったのか、説明してもらえるか。」
「紅井が錯乱状態だった。瑠璃川を殺したと言っていたし、説得も聞かずに襲い掛かってきた。身を守るためにはこうするしかなかった。」
「それを儂らが信じるとでも?」
「事実だ。」
縹は拳を下ろそうとしない。それは鬼銅も同様であったし、枝野もまた、自分の構えた銃を下ろすタイミングを見つけられずにいた。このまま睨み合いが続いても、何もいいことはない。今夜話す作戦においても、この2人は欠けられては困る。
「…鬼銅、お前に話があってきたんだ!」
「話?」
「そう、話。今晩「レストタイム」に入った後、島で一番高い建物の前…そこで、生徒全員で集まって話したいことがある。それに、アンタも来てほしい。」
「人殺しを呼ぶ必要があるんか!?」
「ある。縹は黙ってて。」
枝野がぴしゃりと言ってのけると、縹も口をつぐんだ。鬼銅は枝野の顔をじっと見る。何か企んでいるのか、それとも本当に、全員を集めて話さなければいけないことがあるのか…
「…わかった。参加させてもらう。」
「よかった。それじゃあ、弁解もその時に聞くよ。私たち2人にだけじゃなく、全員に判断してもらいたいことだから。それから…渋染赤音のことを、探して連れてきてくれない?」
鬼銅の表情が、ほんの少しだけ歪んだのを、枝野は見逃さなった。彼も、彼女が何をしているのか知っている。
「どうして俺に頼む?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみい。」
縹が凄まじい殺気のこもった声でそう言った。それ以上、鬼銅は何か返答しようとはしなかった。2人の顔を交互に見て、やがて静かに頷いた。
「よし、それじゃあ…同時にこの場を離れよう。遺恨を残したくない。お互いに不意打ちや、攻撃はしない。私たちも…このまま、ここを離れる。」
枝野は縹に視線を送りながら、ゆっくりと後退しはじめた。縹はなおも鬼銅のことを睨み続けていたが、枝野に従ってゆっくりと後ずさりする。ここで反論したり、逆らうようなメリットは鬼銅にもなかった。
「わかった。」
互いが見えなくなるまで後退を続け、姿が完全に見えなくなったと同時に、鬼銅は背を向けて走り出した。その足音は、枝野たちの耳にも届いていた。
「…儂とお前の2人なら、あそこで仕留められた。」
「先に撃たれてどっちかが死んでたかも。」
「それでも、アイツの息の根を確実に止められた。」
「さっきも言ったでしょ、正当防衛の可能性だってある。」
「…あの目は、そういう目には見えなかったがの。」
縹は、なおも殺気を帯びていた。




