1日目ー⑪ 午後
PM.2:04
最上の帰りが遅いと水原が泣きそうな顔をするから、白馬と紅葉は自分たちで名乗り出て、「安全地帯」から出ることのないように首輪の音声に気を配りながら歩いていた。もともとは黄島が様子を見に行くと言い出したのだが、紅葉が彼女を止めて、自分が行くと言い出したのだ。
「…なあ、紅葉。あんまり難しく考えすぎるなよ。ずっとそんな調子だとすぐに限界がくるぜ。」
「だからって、いつもみたいに楽観的には考えらんないでしょ。人が死んでるんだもん…」
「そうだけど―――」
これでも、紅葉はずいぶんと落ち着いた方だった。最後の死亡アナウンスが流れてから、もう4時間が経過しようとしていた。あれから島の様子は非常に静かなもので、取り乱していた紅葉を、自分を律する時間を得られたようだ。
「私たち、これからどうなるんだろう……」
「…わかんねぇ。分かんねぇけど、どうにかするしかないだろ。」
「どうにかって?」
「だから…それはまだ分かんねぇけど。だけど、諦めたってしょうがないじゃんか。今ここで諦めたら全員で生きて帰れないんだから。」
この期に及んで、全員で帰れるなんて本当に思ってるの?と、紅葉の無言の視線はそう言っているように見えた。
「とにかく!何とかするって言ったら何とかする、出来なくっても何とかなるように努力する!俺らが出来るのってそれくらいだ。大丈夫、きっとうまくいくよ。だって今までもそうやって何とか乗り越えてきたんだから。」
「白馬…」
「だから、紅葉ももうそんな顔すんな。お前はバカみたいにへらへら笑ってる方が似合ってんだって。」
「…何よ、バカ。」
紅葉がポカっと白馬の腕を叩いた。
「例の病気のせいでさ、お前や好奇にはいつも心配かけてばっかりだったな。高校入試の時も世話になりっぱなしで…」
「そうよ。いっつもそう。今だって、何にも考えてないみたいにふわふわしてさ…危ない目に遭うんじゃないかって、ずっと心配してるんだから。」
「ごめんって。だから、今からは俺が―――」
「いちゃついてるところ邪魔して悪いが。」
その時、背後から声をかけられて、2人ともびくっと身体を震わせた。振り返ると、そこには当初の目的であった探し主の最上がいた。
「最上、アンタどこから―――」
「武器を探しに行くって言ったろ。それよりお前ら、時雨は―――」
「もう、加世と好奇が一緒にいるわよ!アンタの帰りが遅いから迎えに来たの!どっちがいちゃついてるのよ、もう…」
「…おいおい、何だ翠田の奴、機嫌悪いのか?」
「まあ、あれだ…照れくさいんだよ。」
最上に耳打ちしながら、白馬は笑った。ほら、こうしてプラス思考に考えている方が、自分も周りもずっと気楽になる。
※※※
最上が持ち帰ってきた武器は、その多くが刃物類だった。その他には、メリケンサックやロープ、それからバールがそれぞれ1つずつある。
「よくもまあ、こんなに物騒なものばっかり集められたわね。」
「そりゃあ武器なんだから仕方ねぇだろ。」
紅葉が「冗談よ」と笑う中で、最初に好奇がバールに手を伸ばした。白馬もそれに倣って一番手前にあったナイフを掴んだ。
「俺はこれにするよ。これが一番しっくりくるんだ。。リーチも長いし、扱いやすい。そんで、最上もいいもん見つけられたんだろ?」
好奇がそう言うと、最上は「ああ」と言って背中に刺していた獲物を取り出した。それはまさに、最上にこそ似合う武器というもの。日本刀があった。
「それ、本物なの…?」
「ああ、正真正銘の真剣だ。これで敵のことをぶった切る。」
その言葉に、水原と黄島が顔を見合わせる。隣で座っている紅葉も複雑な表情だ。それも当然なのかもしれない。ここに並んでいるものは、「人を殺す道具」だ。手放しに喜んで、手に出来るようなものではない。
「…!そうだ、そういえばこれを探してる途中で枝野に会ったよ。俺たちに話したいことがあるって言ってた。」
「浅葱が、私たちに話したいこと―――?」
紅葉が怪訝な顔をして首を傾げた。白馬たちはもちろんのこと、ここにいる女子3人とも、特段枝野と親しいわけではなかった。同じ教育科の生徒ではあるものの、話すことはそれほど多かったわけではない。
「いや、別に俺たちのことを名指しで呼んだんじゃない。クラスの連中全員、戦えない夜の時間に集まってくれってさ。」
「わざわざ夜に集まるってことは、どうしても全員集めないといけないってことだよね…」
沈黙が続く。何が待ち受けているのかという不安、そして現状何も起きていないという微妙な状態。果たして枝野の要求どおりに集まっていいものか、そんな思いが全員の頭をよぎる。
「…ねえ、もしかしたらこのまま―――」
黄島が何かを言いかけた時、無慈悲にその言葉をかき消すようにサイレンが聞こえた。
※※※
窓の外から、罵詈雑言の嵐が聞こえてくる。東原はガタガタと震えながら、窓の下を覗き込んでいた。声の主は3人。同じクラスの紅井に、瑠璃川と朱田たちだった。
「てめぇらがその気だったら、今すぐ俺がそのドタマかち割ってやる!!」
「だから、意味わかんねぇこと言うなって言ってんの!!」
この言い争いは、もう10分以上続いている。最初は、運悪く接触しただけ。東原が見たときには既に言い争いが始まっていたが、その時には瑠璃川が尻もちをつき、紅井が金属バットを手に持っていた。
「あたしたちはさっきから何もしてないじゃんか!勝手に騒いでんのはアンタだっての!」
「うっせぇ!俺に命令すんのか?1対2だからって、女2人で俺に勝てると思ってんのか?」
紅井は息を切らしながらそう凄む。この現場を見ただけではすべてを知ることは出来ない。だけど、きっと予想としては紅井の早とちりだ。目にした人間が全部敵に見えている。仲の良かった荒川が死んで、心にゆとりがなくなっているのも大きな原因と思われる。
「…なあ、おい。何か食うもん持ってないか?朝から何にも食ってねぇんだよ。」
「そんなの、あたしたちも同じ――」
瑠璃川の言葉を遮るように地面にバットを叩きつける。
「チッ…クソが、女が口答えしやがって。大人しく俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ、てめぇらは!」
「いい加減にしやがれよ、このクソ野郎…」
一方の朱田も爆発寸前だ。瑠璃川が必死に彼女のことを抑えているが、朱田の手には小さなナイフが握られているのが見える。
「何か文句があんのか?普通科の、バカで、間抜けで、何も取り柄のない能無しがよ…?」
「テメェも同じだろうが!!」
「一緒にするんじゃねぇ!俺はお前らとは違う!何もできずにくすぶってたわけじゃない!俺は―――」
その時、紅井の言葉が止まる。その視線は、まっすぐに朱田の手に集中していた。
「お前…お前!やっぱり寝首かこうと狙ってやがったのか!人殺しが!」
「脅してんのはそっちだろ!自分のことを棚に上げて、さっきから大声出せばこっちが怯むと思ってんのか!?笑わせんじゃねぇよこのインポ野郎が!!」
「ンだとぉ…」
「殺す度胸もないだろうが!やれるもんならやってみろよ!お前の持ってるバットは、お前のモンと同じで使いどころのないただの棒だ!ホラ、やってみろって!!」
「静江やめてって!」
止めないと。今ここで3人を止めないと取り返しのつかないことになる。牡丹は震える指を握りしめながら、声を出そうと必死に口を動かした。だけど、声は出ない。
「くそったれ!」
「きゃっ!!」
紅井の振るったバットが瑠璃川に命中し、瑠璃川が横に倒れこんだ。朱田が激高してナイフを振りかぶり、紅井を切りつけようと詰め寄る。地獄のような光景だ。
「いってぇ!!て、てめぇ―――!?」
「今度私らに何かしてみろ!ぶっ殺してやるからね!!」
「この、よくも…」
「静江!やめて!!」
瑠璃川がそう叫んだ時だった。東原は窓の内側で、彼女たち3人の後ろから何かがゆっくりとやってくるのを見た。それは何度も見たことがあるというのに、どこか不気味で、東原は全身に悪寒が走るのを感じた。
渋染赤音は、返り血に染まった髪をなびかせながら、静かに微笑んでいた。




