1日目ー⑨ 推理
ともに近づいて行こうとする海松と縹を、萌葱は無言で止めた。
「近づかない方がいい。ここで待っててくれ。」
「萌葱…今さら儂が、死体を恐れるとでも?」
「そういう問題じゃない。海松の立場にもなってやれ。どっちかが残って一緒にやらなきゃいけない。そして俺は、少し調べたいことがあるんだ。」
「……」
「心配しなくても、得た情報は全部共有するさ。少しは俺のことを信用してくれよ。」
「縹くん、萌葱くんなら心配いらないよ――」
海松がそう言って、縹はあきらめたかのように食い下がった。萌葱はその様子を確認すると、ゆっくりと死体の方へ近づいた。
「…凄惨だな。」
思わず、誰が聞いているでもなくそう呟いていた。周囲にまき散らされた血は異常なまでに大量であり、まるで獣に襲われたかのような状態だ。死体に近づくことは多少の抵抗はあったが、萌葱はしゃがみ込んでまず荒川の死体をじっくりと観察した。…どうやら、見えている青山の姿も見るに、どちらも刺殺のようだ。
「(鋭利な刃物を使っての殺害、それも首筋を特に重点的に何度も何度も刺されている。よほどの恨みがあったのか?それとも、これも特に意味はないのか…?)」
首元はズタズタに切り裂かれ、荒川の首に巻き付いていた首輪はほとんど取れかけていた。だが、かなりの損傷を負っていても、首輪が作動したような様子は見られなかった。
「……」
そんな様子をじっくりと見ながら、萌葱は次に、少し向こうに横たわっている青山の死体へ移った。
※※※
萌葱は無言で2つの死体を調べていたが、数分経ったのちに海松と縹のもとへ戻ってきた。
「まず間違いない。アイツら2人を殺したのは同一人物だ。」
「同一人物じゃと…!?いや、それはありえんはずじゃ。なぜなら、2人は「シロ」と「クロ」、別々の陣営のはずじゃろう!」
「そもそも、その考え自体が俺たちの考えを狭めていた。同じ陣営のメンバーだからといって、同陣営同士で殺し合ってはいけないというルールは明記されていなかったはずだ。」
その言葉を聞いて、2人は驚愕の表情を浮かべる、いっさい勘定に入れていなかった事柄のようだ。それは当然だろう。同じ陣営のもの同士で殺し合うなどということは、萌葱にとっても理解が及ばない行為だった。
「そ、そもそも…そんなことをして、犯人に何のメリットがあるんじゃ!?」
「さあ、それはわからない。何か犯人にしか分からない事情があったのかもしれないし、そもそも逆で、荒川と青山が共謀して誰かを殺そうとして、苦肉の策で反撃せざるを得なかったのかもしれない。だが…今のところ、俺はその可能性はほとんどないと思ってる。」
「ど、どうして?あと、今更だけどどうして2人が同じ人に殺されたってわかったの?」
「同じだからだよ。2人の殺害に使われたのは、両方とも鋭利な刃物だ。」
「ナイフや包丁の類はこの島中に散らばっておる。凶器だけで犯人が同一人物とは断定できんはずじゃが…?」
「ああ、凶器だけならな。俺が言いたかったのは、凶器と殺害方法のセットだよ。」
萌葱はそう言いながら、少しだけ上を向いて自分の首筋を指さした。
「俺は専門家じゃないから、間違いなくそうだと言い切ることは出来ないが、おそらく2人とも致命傷になったのは首への攻撃だ。執拗に何度も首を何度も刺突されている。常軌を逸した行為だ。青山の方はほとんど首が胴体から外れかかっていた。」
「うっ…」
「だから、さっき海松が推測していた「相討ち」の件もかなり可能性が低くなった。先に死んだのは荒川で、その数分後に青山が死んだ。あんな傷を負ったまま数分間も生きていたはずがないし、あれほどのダメージならどちらか先に攻撃を受けた方が逃げ出すだろう。反撃するような隙があったようには思えない。」
「だったら誰が殺した!?2人ともを殺したんなら、チームの判別も出来ん!そもそも犯人のメリットはいまだに分かっておらんじゃろう!」
「そうだな、俺もどうして同じ陣営の奴を殺したのか、そこにどんなメリットがあったのか、考えても分からない。だが、おそらくだが犯人は「クロ」の陣営にいる誰かだろう。」
「えっ、どうして?」
「殺された順番だよ。放送から分かる通り、先に死んだのが荒川でその次が青山だ。もし「シロ」の陣営の方に犯人がいたのなら、青山からすれば「味方同士で殺し合っている異常者」が目の前に現れるわけだから、まず逃亡しようとするのが普通だろう。まず離れようと、誰でも考える。」
「だが、青山の死体は荒川の死体の位置と比較的近かった。つまりは、青山には犯人が敵である荒川を殺しているように見えた…というわけじゃな?」
「あくまで推測の域を出ないけどな。青山が腰を抜かせて動けなかった可能性もあるし、まだ完全に言い切ることは出来ない。だが、可能性はとても高いと思う。」
「性別はどうじゃ?男2人を殺せたのなら、やはり男の可能性の方が高いか?」
「どうだろうな…少し不自然だと思ったんだが、2つの死体の損傷は首に集中しているんだが、荒川は背中に、青山は脇腹にそれぞれ深い刺し傷があった。」
「それも、犯人がやったんだよね…?」
「だろうな。もしかすると2人とも、犯人の不意打ちにあったのかもしれない。例えば、荒川と青山が争っているときに背後から忍び寄って荒川を刺し、その後殺害。味方だと思って安堵していた青山を殺害…こんな風に考えると、非力な女でも十分に殺すことが出来る。」
「なるほどのぅ…それで萌葱、お前の得たい情報は得られたんかい?」
「犯人に関する情報はそれなりに得られたと思ってるよ。同一人物の可能性が高いってことも、ここまで来た価値がある情報だった。敵を知ることは、これからの身の振り方を考える材料になる。だけど、これで終わりじゃない。他の死体も探そう。向井、ブラウン、蘇芳の3人分だ。」
「え…まだ死体を探すの…?」
「全部終わったら「シロ」の連中を探しに安全地帯へ行く。そこで地図の情報を共有するんだ。もう少し辛抱してくれ、海松。」
そんな会話をしていると、縹はうむと頷いて、先陣を切って歩き出した。縹が背を向けた瞬間、萌葱はそっとポケットに何かを入れる。その様子を見た海松は、不思議そうに萌葱に歩み寄った。
「萌葱くん…?今何か―――」
「シーーーー…」
人差し指を、そっと海松の口に押し当てた。
「今は知らない方がいい。」
※※※
地図を見ながら進んでいくと、この島が広いようで小さく、逆に小さいと思えば、また少し広く感じる妙な気分を味わっていた。朽葉はしきりに「安全地帯」に戻ることを促したが、黄櫨たちは進むことをやめない。7人で動いているということが、ある種の安心感を持たせてくれているのだろうか、最初よりもずいぶんと気持ちが落ち着いているのが分かる。
「今のところ、ゲームの中では俺たちが不利だよな。3:2で死んだ数が多いんだからよ。」
「大丈夫よ、ゲームのルール通りになんてならないんだから。気にしなくたって、大丈夫、大丈夫…」
桃岬は自分に言い聞かせるようにそう呟く。死んだ人たちはみんな、単独行動をしていたんだろうか。こうして複数人で動いていれば、襲われることはなくなるんだろうか…
「あっ、お前ら何やってんだ。」
後ろから声をかけられて身構えたが、麹塵が「大丈夫」と言って手を伸ばした。
「蒼山くん…」
「ふーん、黄櫨に桃岬、麹塵檜皮に雄黄、ね―――。ふーーーん…お前らそんな馬鹿みたいに固まって、効率悪いと思わねぇわけ?」
「唐突だね、ホント―――」
檜皮が軽く受け流す。
「たまって動いてりゃ、敵の的にされやすい。一気に5人殺される可能性だってある。せめて2人、3人にばらけて動けよ。それから、丸腰で歩き回ってるなんて信じらんねえぜ――」
「……」
ああ、いやだ。
もしかしたら私はひどい人間なのかもしれない。だけど、蒼山が現れた瞬間、場の空気が悪くなったのをひしひしと感じる。この男は嫌いだ。黄櫨は心の底からそう思っていた。
そもそも、彼は明らかに朽葉と鴇のことを無視していた。まるでいない者のように話を進めている。彼は常に、「普通科」の生徒たちのことをバカにしていた…
「そんな簡単に人を殺せるわけないでしょ。」
「はっ、軟弱なんだな、檜皮。もっと骨のあるやつなのかと思ってたぜ。」
「そういうお前はどうなんだ。まさか、お前が蘇芳や荒川を殺したのか?」
「ふん、残念ながら俺じゃねぇ。それに、ブラウンを殺したのは鬼銅だろ?あの声きこえてなかったわけでもあるまいし。」
「聞こえたけど、だけど鬼銅くんとブラウンくんは同じ「クロ」のチームだし―――」
「知らねぇよそんなの。ブラウンが役立たずだと思ったんじゃねぇの?そこに関しちゃ、俺も同意見だけどな。」
「ちょっと、アンタいい加減に――」
「うるせぇなあ、このプランクトンが。お前と話なんてしてねぇよ、すっこんでろバカ。」
朽葉は蒼山に飛び掛からんばかりの形相で拳を振り上げたが、雄黄が「ちょっとちょっと!」と慌てて止める。檜皮は心底嫌そうに蒼山のことを見た。
「そういう言い方、やめた方がいいんじゃないの?わざわざケンカ吹っ掛けるようなことはさ。」
「ケンカってのは同じレベルのもの同士でしか起きねぇんだよ。俺とコイツが同レベルに思うか?ただの嫉妬だろ、俺に対するよ。」
「へっ、よく言うぜ。お前だって萌葱に対して、ありもしないいちゃもんつけてんじゃねぇか。あれこそただの嫉妬だな。」
鴇がそういうと、蒼山は手に持っていた槍を振りかざそうとする。ぎょっとした鴇と蒼山の間に入り、麹塵が「いい加減にしろ!」と一喝した。
「…ッチ、まあいいや。お前ら、見た感じだと地図持ってんじゃん?俺によこせよ。俺の方が有効活用できる。」
「見せるのはいいけど、渡すことは出来ないよ…私たち、今色んな人にこの地図を見せて回ってるの。安全地帯が分からない人に、安全な場所を教えてあげなきゃいけないから…」
「はぁ?バカか!?情報ばらまいてどうすんだよ!知らねぇ奴と知ってるやつがいるから、有利と不利が生まれるんだろうが!」
「じゃあ多数決にしよっか?私たちは7人だから、私たちが上手く使う。アンタの言う通りになんてしないから。」
「クソッ…勝手にしろよ、おめぇらみたいなやつとつるんでるだけ時間の無駄だ!」
蒼山は怒ってその場を去ろうとする。舗装されていない草の生い茂った道をズンズンと進んでいこうとすると、心臓が止まりそうになるくらいの大きな声が聞こえてきた。
「スト―――――っプ!!!!!」
「ぅおおっ!!?」
声の主はその場にいる8人の誰でもない。どこから聞こえてきたのかきょろきょろと辺りを見回していると、近くの家屋から顔を出している少女の姿が見えた。
「馬鹿!そこを通るな!私の領域に入り込んで、ただで済むと思うなよ!」
「さ、桜ちゃん!」
「や、やかましいわい!桜ちゃんいうなボケ!」
桃岬の呼び掛けに、紅姫はバツが悪そうに暴言を吐いた。いそいそとデッキに出てくると、彼女はふんぞり返って腕を組んだ。
「これは警告だ。お前らが幸運にも私と同じ「漆黒」の分類であるから、情けをかけてやってるんだ―――」
「カッコつけてんじゃねぇよこの中二病が!舐めた口きいてんじゃねぇぞ、んなところにコソコソ隠れやがって―――」
「ふっふーん!猿が!私はお前の命の恩人だぞ!」
「何を…」
紅姫がこれみよがしに手に持ったスイッチを押すと、バチっという大きな音と火花が散った。蒼山が驚いて後ずさり、足がもつれて尻もちをつきそうになる。
「私が生み出した「高電圧線」マシーンだ!雷の力を引き出して、踏みつけた人間を感電死させてやるのだっ!」
「てっ…てめぇが生み出したんじゃねえだろうが!ただ運任せでアイテム拾った癖しやがって―――」
「桜ちゃん、そんな危ないことしないで。もしこれで誰かが死んじゃったら、桜ちゃんが人殺しになっちゃうのよ?」
「ふふ…私が今さら、人間の命を奪うことを恐れるとでも?」
「人殺しになることを、そんな簡単に考えちゃダメ!」
「なっ…何だよ、説教なんて。せっかく教えてやったのに―――ふんっ、さっさとどっか行っちまえ、お前ら!」
紅姫は不機嫌そうに踵を返すと、再び建物の中に入っていってしまった。桃岬はおいっけ用としたが、黄櫨はそれを止めた。
「今何言っても無駄だって。それよりも、私たちも行こう?」
「で、でも…」
「みんな、ここにいたんだ。」
その場を立ち去ろうとした蒼山の前に、人影が現れる。蒼山が槍を構えて臨戦態勢に入るが、相手のもっている武器を見て、ぴたりと固まる。
「待って、争うつもりはないから。」
そういってこちらに歩いてきたのは、「シロ」陣営の枝野だった。




