第15話 狂気の爆炎。迎撃と増援
城下町の真ん中。
カテリーナは、生き絶えた魔物の頭に尻を乗せながら、大徳利をあおる。しかし中はすっかり空で、なんじゃ、と不満そうに告げると、ぐるりと周囲を眺めた。
「お、あそこにあるのは酒屋かの! にひひひ、ちょいと守り賃をもらっておくのじゃ」
爬虫類や獣、人型……魔物たちの骸を踏み越えた先に、「酒」と書かれた藍色の暖簾を発見する。
中には店主と思わしき中年の男が一人。上がり框の上で、酒を混ぜる舵棒を手にしたまま、胸を裂かれて死んでいた。
「愚かじゃのう」
カテリーナは近くの樽の蓋を割り、なみなみ満たされた酒で土埃で汚れた顔を洗う。そして隣の樽の上に置かれた升を取る。ざばっとひと掬い。口の両端から零しながら、一度で飲み干すともう一回――計五回繰り返す。
その間に、建物の奥座敷から獣が一匹、唸りを上げて現れるのだが、カテリーナは見ずしてパンッと銃声一発。獣の短い悲鳴があがった。
「酒の好きな犬はせいぜいあの人狼だけじゃ。生きていれば、この酒を大陸で売り、成功することも可能だったじゃろうて」
するとその直後、上空から大きな音がした。
ムッとカテリーナは外に。雑木林のある方角に、薄くなった白煙がさやかに昇っているのを確かめる。
後ろに〈ヴォルカン〉が足音響かせながらやってくると、今度は〈白松城〉に目を向ける。相棒の〈ヴォルカン〉の両肩や両脚には函体を装着し、またその後ろでは更に大きなコンテナを引いている。
「売り物も作品も我が子のようなのは分かるがの。しかし死んだら元も子もないのじゃ」
城の改修を依頼され、ついでに補強したのはドワーフだ。
それは傑作とも言えるもので、エルフの魔法をはじめ並大抵の攻撃では陥落することはないだろう。敵の手に渡るのは複雑だが、それ以上に思うことはない。
ドワーフにとって作っている時が「現在」であり、完成したら「過去」、それを超えるのが「未来」となる。彼らは過去に興味はない。
自身が造り上げた最高傑作〈ヴォルカン〉の脚に据えられた大筒を取ると、それを肩に担いだ。
「土の魔法は地味。エルフどもは派手さばかり求めるからいかん。鉄を溶かす反射炉、木から空気を奪う炭窯、手近なものでは七輪か。土は火を従え、コントロール出来るのじゃ。その力を遺憾なく発揮できるのは、土のドワーフだけ――見るがいい、これが我らの集大成!」
カテリーナは手をかざす。
応じて〈ヴォルカン〉は、ぐっと腰を落とした。
「喰らえええいッ! エルフの住み処襲撃および個人的報復用に開発した新兵器――ドワーフの狂気〈連装式制圧用爆撃255〉!」
そうと叫ぶやいなや、〈ヴォルカン〉の肩や脚に据えられた函体、引いていたコンテナから筒状のものが――そこから数え切れぬほどの飛翔体が射出され、吹き出す火を推進力に、城へと襲いかかった。
ヒュルル、と尾を引く音を奏で。
数秒の間を置き、強烈な炸裂音が辺り一帯に轟く。ドンドンと立て続けに、城はたちまち、赤い炎が見え隠れする黒煙に包まれた。
乾いた風が吹く。
それは黒煙の先端を揺らす程度でしかなかったが、先ほどまであったはずの天守部分が、刮ぎ取られているのが分かった。
「にゃーっはっはっはーっ! 最後っ屁に我がクラス〈射撃手〉の新武器を照覧してゆけええい! 単発式大筒〈寝起きドッキリバズーカ〉!」
どごんっ、と轟音を立て、反動でひっくり返るカテリーナ。
射られた弾は大きく、放物線を描きながら天守の方へ。そこから感じられる禍々しい気配に向かっていた。
◇
城から大量の爆炎が上がり、遅れてもう一つ。
城下町の入り口でそれを見た神楽は「よしっ」と槍の石突きで地面を叩く。
一方。近くで布陣している隼人も、遠くから昇る黒煙を眺め、
「闇皇帝と言おうか、闇王と言おうか、敵将はいよいよ焦り始めたようでござるな。ここからが正念場でござる」
崩落した城から駆けだしてくる魔物たち。
それは黒煙が下に流れたかと錯覚するほどで、刀や槍、弓を握る侍たちはいま一度、戦う相手の勢力を再認識する。
魔物はすぐに捉えられた。
一直線の長い往来を、埋めつくさん勢いで迫りくる。爬虫類や獣型の魔物を先頭に、人型のそれが追いかける。
「――伏せていた兵をォーッ!」
神楽の命令でホラ貝が轟けば、あちらこちらで鬨の声が湧き、馳せる馬の蹄音が地震のように響く。
魔物たちはハッと足を止めるも、もはや遅く、騎馬武者たちがその横っ腹を貫き、縦列が分断されていた。
「いざ、我らもゆかんッ! この地を踏み荒らす者どもの首、すべて取ってやろうぞッ!」
神楽も槍を握りながら駆ける。
先頭を走っていた魔物・トカゲの頭に穂先を埋めれば、悶えると同時に手を離し、腰に差していた黒刃の刀を引き抜き、首に一太刀浴びせる。
まさに一騎当千の如く勢いに、退くに退けなくなった魔物たちは混乱の中で次々撃破されてゆく。
隼人も屋根の上から弓などで援護しているが、
(敵の数は無限と言ってもいい。勢いのある今の内に親玉である王を討ち、ゲートを破壊せねばならないでござるが)
中心部で五体の〈ヴォルカン〉が立ち上がったのを見ながら、隼人は思う。
兵力が足りない。
自分たちの町を守りたいと志願した民兵を加えて、やっと二千あるかどうか。第三波、第四波がくれば崩れ、後はじり貧になるだろう。
かつて、自身に宿す〈怨鬼〉がそうしたように。
(まずゲートを潰し、それから闇王を潰しにゆくべきか)
十蔵殿なら即座に判断するでござるが、と自身の迷いを悔やむ。
城にあるゲートを潰せば増援は止む。だがそうすれば闇皇帝は現れず、この先、何百、何千年も魔物と戦うことになるだろう。
妖刀を持つ一柳が討たれれば姿を現すのは確実だ。
(シェーシャ殿に任せっきりなのも、でござるが、やはり十蔵殿が必要でござるなあ……)
やれやれと、屋根に登った猿の魔物を斬り伏せる。
その背後からも魔物の気配を感じ、まさか、と振り返った。
(背後を取られた……いや、九郎殿の軍があるはずでござるが、もし抜かれそうなら伝令が来るはず)
では、と思い目を凝らし――先頭を走るその者の姿を捉え、隼人は目を瞠った。
「援軍でござるッ! みな、大陸から援軍が駆けつけたでござるよッ!」
そうと叫ぶと、戦っていた兵たちは顔を上げて歓喜に沸いた。
先頭を走る金髪の青年。跳ね魚の軍旗を掲げるのは、クラン・〈ディストリクト〉のマスター・ジェラルド。彼がいるとなれば、傍にはその妻である、
(琴殿、感謝するでござる!)
十蔵の妹・琴がいる。
そして何より、隼人が喜んだのは、その増援が人ではなく囚人服を着た骸骨と、
『ほーっほっほっほっ! お前たち、かかりなッ! 忠臣だったアタシらを排除しようとしたクソッタレに、思い知らせてやるんだよッ!』
それを指揮する軍服姿の女である。
やや青みがかった肌をした長身の看守――隼人は思わず駆け寄っていた。
「ターニア殿っ!」
「ハヤトッ! ああ、よかった無事だったねっ!」
「ターニア殿もよく……よく無事でござった!」
「アンタのおかげさ。〈怨鬼〉の魔力を注いだろ」
それは賭けでもあった。
妖刀で斬られた呪いをまず解かねばならない。そこで隼人は〈怨鬼〉が打った刀ならば、その魔力で満たせば進行を止められるのではと思ったのである。
それと同時に、ターニアを〈怨鬼〉のゲートに戻るようにしたのだ。
「アタシはこれから〈怨鬼〉に仕えるよッ!」
ターニアの言葉に隼人は笑みを浮かべると、顔を上げ、城を睨んだ。
「これで戦力は対等。あとは奴の出番を待つでござる。シェーシャどの、頼んだでござる!」




