第13話 反撃の策
女たちが帰ったのは夕暮れ前。
見るも無惨な姿で千両箱を持って帰る姿を見た者は、
『何と。あの娘一人で〈心矢衆〉のくのいちを』
『あの金は手打ちか。なるほど』
と、噂し合う。
三姉妹はこれを否定したいのだが、『人様の家で、体重のことで口論になり姉妹喧嘩をしました』など、恥以外の何物でも無く、ここはただ黙って、来た時とは真逆の姿で郷を去るほかない。
ゆえに、最後に笑うものが勝者だった。
「ほっほっほっ! 二十そこそこしか生きてないような小娘どもが、ハイパー高慢社会で生きるエルフを相手にしようなど千年早いわ」
エルフの郷でも姉妹喧嘩はあるのだが、どれほど相手の都合を考えない愚か者が訪ねてきても『今、娘たちが喧嘩をしていて』と言えば、いそいそと退散してしまうほど酷い。
それが外界に伝わらないのは、専ら彼らの自尊心と、書いたものが刺されるため。
門外不出の家伝として【百日の罵り合い】や【千の罵詈雑言】、【女の胃袋】などの題で、喧嘩があるたび書き綴られてゆくだけだ。
シェーシャはそれらエルフの経験から、〈心矢衆〉の姉妹の扱い方を見抜いていた。
部屋に戻る途中のこと。十蔵の様子が気になるも、シェーシャは向かうことはしなかった。
十蔵の命令で神楽が戻り、身の回りの世話を一手に引き受けている。妻という立場を見せるためで、シェーシャもその領域を侵すつもりはない。
……が、招き入れようとするのはどうしようもなく、
「シェーシャ殿。今からお休みですか」
寝着の神楽が、パタパタと廊下を鳴らす。
近づけば顔がやや上気しており、女どうし通じ合うのか、どこか得意げな目を浮かべた。
「私は妻でございますから」
「アンタの妄想に加わった記憶はないんだけど……?」
情をかけてもらったのだろう。少し恥ずかしそうに、下腹部を撫でる。
「今日のでやや子を授かった気がする。ああ、無事に産まれるか心配だ……」
「私は貴女の頭が心配よ」
「ですが、私は愛されておりますれば。夫のことはお任せあれ」
それだけを言いたかったのだろう。
ひとり満足して引き返してゆく神楽を見送り、ため息を吐いた。
この女はどうしても〈正妻vs愛妾〉に持ってゆきたいらしい。
(抱く理由は分からないでもないんだけどね)
十蔵の命はいくばくか。このままでは、腹違いの妹・琴が世襲することになる。
もしそうなれば、せっかく城に入り込んだ苦労も無駄に、十蔵自身が考えていた計画もすべて徒労に終わってしまう。仮に父・雷迅に隠し子がいたとしても、次々と現れる自称息子・娘たちが現れ、また無駄な血を流すに違いない。
ゆえに十蔵は決断したのだ。
残された時間で神楽に子を宿す、と。
(忍びを終わらせる、母の願いに従っているのかしら)
だが、神楽に子供が出来れば間違いなく鬱陶しくなるだろう。
(別に結婚とかどうでもいいんだけどね……)
二回チャンスを逃したことが問題だ。
女エルフは結婚するタイミングを三回逃すと、以降、男から見向きもされなくなる。
何のために先人が書に残すのか、と父を叱り飛ばした手前、放蕩するエルフの娘に対しての脅かしだと言えなくなった。
「あーもうっ、どうすればいいの……。あいつの呪いを解くか、見殺しにするか……」
シェーシャは知っていた。
たった一つ、十蔵の傷を癒し、妖刀の呪いを解く方法を。
それは父・カシュヤパが持っている。
父もまた気づいているが、誰にも明かしていない理由も知っている。
(呪いが解けなきゃこちらが不利になる……それは分かってるんだけど……)
その時、ふと頭に浮かぶものがあった。
――逆に、呪いが解けたら相手が不利になるのでは
そうかと手を叩いた。
敵は〈白松城〉にいると予想されるが、忍び・一柳もそこにいるとは限らない。
どこかで身を潜め、こちらが動くのを待っている。
根比べは出来ず、睨み合いを続ければ、頭目・十蔵が死ぬ――相手はそのタイミングで行動するつもりだ。
「――パックッ、パックはいるッ!」
相手の持つカードは多い。
ならば、それを利用してやろう。特定のカードしか切れない状況に持ち込み、こちらのフィールドに引っ張り出せばいい。かつて自分が利用された時のように。
やられたらやり返す、それが自分の流儀だ。




