第12話 三姉妹への協力要請
その五日後。忍びの郷に、白牙の引率を受ける三名のくのいちの姿があった。
股に深く食い込む白い下衣に、吾妻道着のような袖のない上衣。それぞれ赤・青・緑に色分けされている。
忍びの頂点に君臨する〈無月衆〉が頭を下げ、依頼をしてくる。それが彼女たちの自尊心をくすぐるのだろう。部屋にシェーシャが現れるまで、無礼かつ居丈高な態度を保ち続けた。
「ようこそいらして下さいました」
シェーシャがこの国の作法に則り、畳の上に両手をついた。
リーダー格である長女・〈赤の蝶〉が、ふうん、と鼻を鳴らす。
「顔だけかと思ったけど、どっちが下かちゃんと弁えているようね。女同士の無様な喧嘩でちょっとは賢くなったのかしら」
くすくすと、次女・〈青い蝶〉と三女・〈緑の蝶〉が笑いを漏らした。
みなシェーシャの醜態を知っている。これに白牙はピクリと耳を動かしたが、嘲られた方は平然としたまま。それが三姉妹にとって不満なのか、やがて睨むような醜悪な目つきに変わった。
「それで? 十蔵も出てこず、エルフのお嬢様が我々になんのお願いかしら」
「十蔵は負傷しました。よって代わりを私が務めてさせてもらってます」
え、と驚く〈赤い蝶〉。
次女や三女も顔を見合わせる。
「それ、本当なの?」
「ええ。此度はその件が関わっております。――かつての〈怨鬼〉が支配しようとした世界が、またその危機が迫っております」
嘘でしょ、と洩らしたのは次女だった。
三女は心配そうに「紅葉姉さま」と、唖然となった長女を窺う。
この場にいる全員が、かつての〈模擬戦〉で怨鬼と対峙したことがあり、姉妹たちは城にかけられた魔法のお陰で“惨死した経験”で済んでいるのだ。
中でも、目の前で変化し、頭から食われた三女の顔色はみるみる悪くなっている。
「敵は魔王となった大陸の覇王・ティノーです。敵の中には妖刀を持った忍びの怨霊が一名。――貴女らには前線に出ろとは言いません。恐怖を覚えた者は使えませんから」
シェーシャと長女の間に、バチッと火花が散った。
隅に控える白牙は平然としているが、パタパタと尻尾を振っている。
「〈心矢衆〉はこの国の北部を。つまりは自領の防衛をお願いします」
「――ッ! 臆病者は引き籠もってよと言うかッ!」
「そう聞こえても構いません。しかし私は、相手が放つ魔物が北部に入り込むのを食い止めたいのですがね。この国の食をまかなえるくらい、広大で肥沃な土地がありますし」
芋の栽培などさせたい、と話すと、長女は唸りつつも納得の意志を見せる。
一拍の沈黙を置いて、次女が訊ねた。
「それで、報酬は?」
「望むままに」
ほうと腕を組み、感心する次女。
彼女ら〈心矢衆〉は資金面で苦労している、と配下の忍びから聞いている。また調査書によれば、ここ数年は米の収穫が奮わず、大雪の被害などで困窮を極めているとのこも。
忍びたちもまた例外ではなく、新米くのいちの訓練との名目で、遊郭に身を沈めている者も少なくない。
「それで、つかぬことをお伺いしますが……貴女らの体重はいかほどに?」
「はあ? そんなのが何の――」
「重要なことなのです」
シェーシャの強い視線に、言葉に詰まる姉妹たち。
「十二貫(約45kg)」
憮然と言ったのは、長女・〈赤い蝶〉である。
「同じく十二貫」
続けたのは次女・〈青い蝶〉である。
「私は十一貫(約41kg)」
最後に三女・〈緑の蝶〉。
「そうですか」
シェーシャは白牙に目配せをし、座している背後の襖を開かせた。
するとそこには、歴史を感じさせる木箱がずらり。前には天秤が置かれている。
口を開いたまま硬直する三姉妹。
それもそのはず。積み上げられているのはすべて、小判が入った千両箱なのだから。
「すべて大陸のドワーフが採掘したもの。はるばる足を運んでいただいたのですから、どうぞ同じ重さの小判を持ち帰りください。銀の方がよければそちらでも構いません」
「な゛っ……!?」
三姉妹、顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは長女で、次女に向かって、
「桔梗、貴女は十三貫(約48kg)でしょう!」
と言えば、
「なッ……紅葉お姉様こそ十五貫(約56kg)ではありませんか! 何ですか、三貫(約10kg)も鯖を読むって!」
「う、うるさいです! 私はそんなにも――」
長女はシェーシャを思い出すと、慌てて取り繕った。
「ちょ、ちょっと手違いが……お、おほほ……桔梗は十四貫(約51kg)です。差分は私が頂きますので……」
「んなッ!? それは聞き捨てなりません――と言うか、菖蒲、貴女ももうちょっとあるでしょう! ほら、胸が大きくなったとか」
水を向けられた三女は、「んまっ」と口を曲げた。
「それは嫌味ですの! お姉様の垂れつつあるのを見れば、今ぐらいがちょうどいいのです!」
「た、垂れてなどないわ! しかも何だその反抗的な目は!」
長女は口端を持ち上げる。
「桔梗はその通りでしょう」
「何を! 紅葉お姉様も最近、お尻のお肉がぼってりして! 身体が重くなったのはそのせいだろ豚!」
「はあ!? 今の言葉もう一回言ってみろッ!」
互いに性根を見え隠れさせつつ、三姉妹の罵り合いはエスカレートする。
三姉妹は仲がいいが喧嘩も多く。その内容たるや、目も当てられないほど壮絶だと言う。
シェーシャは「ほほほ……」と悪辣な目をしながら笑み、そしてそっと立ち上がると、
「ボロボロになるまで放置しておいて」
と、白牙に命じる。
これに白牙は、取っ組み合いを始めようとする姉妹を指差した。
「お前は加わらぬのか? また、おっぱいボロンして――」
言うなり、頭上からゲンコツが。
いよいよ髪をつかみ合い、女たちが醜く争い始めたその中に、「きゅーん……」と犬の鳴き声を混じえるのだった。




