第7話 報告書
シェーシャが報せを受けたのは、魔法の訓練を終えてすぐのことだった。
(やはり九郎の父〈尾張永重〉の企て……だけど少なくともあと二人、これに関わってるらしいけれど)
パックによれば寝所には三人いた。
その中で正体が判明しているのは尾張永重のみ。ほかは忍者と黒幕らしき存在だと言う。
忍者に関しては十蔵への強い復讐心を抱き、ゲートを開く“鍵”の役目を担っている妖刀を持ち出し、身勝手な行動を取っている。そして尾張永重にこれを従える力はない。
シェーシャはそれらを一枚の報告書にまとめてゆく。
(天守あったゲートは憶測の域からでないから、まず存在だけ伝えるとして……)
考えは報告の時に告げるとしよう。
書面には『蜘蛛の死』についても触れているが、その字に流麗さはない。今は冷静さを欠いた行動は慎み、出来事を淡々とまとめることに徹するべきだ、と己に言い聞かせ続ける――。
それから四日後の夕暮れ。十蔵は戻った。
シェーシャから聞かされた訃報に眉を上げたものの、
「そうか」
と、ひと言。
報告書の内容が大事だと言わんばかりに、背を向けるだけであった。
「任務のためと思うならいいけど。……馬鹿なことは考えないでよ」
「それほど短絡的ではない」
十蔵は顔だけを横に、薄く笑みを向けた。
大丈夫かしらと息を吐くものの、そうでなければ頭目は務まらないかと納得する。
心配なのはむしろ隼人の方だ。大陸で何があったか訊かなかったが、戻ってからと言うもの、いつも通りの言動がどこか無理をしているような、から元気に感じられる。
パックもまた消沈し、重い空気が屋敷全体を覆っている。
(まったく……湿っぽいのは苦手よ)
蜘蛛の死は、自身にも思うことはある。
だがそれに囚われては相手の思うつぼだ。相手の思惑を躱し優位性を与えぬようにするには、たとえ冷血・非情と謗られても、気持ちは戦いに向けておかねばならないのだ。
見上げる茜色の空に雁の群れが飛んでゆく。
シェーシャはハンカチを取り出すも、それはハイ・ウィザードの大胆に露わになった胸元へ。浮かぶ汗をさっと拭っただけ。
「私が涙するなんて思った?」
空に微笑んでみれば、苦笑いする老年の男の姿が浮かぶ。
悼むのはそれで十分。すぐ顔を引き締める。
それは同盟を担ってきたマスターとしての顔――培ってきた経験と責任が、彼女の目に力を与えている。
◇
十蔵は休む間もなく、城に呼び出されていた。
途中まで同行したシェーシャに「今は何も知らない馬鹿になれ」と何度も釘を刺されながら、忍びの郷を離れ、裃姿で城に上がる。
内容は分かっていた。
大陸に渡り、許可なく妖刀と所持者を屠った件だ。
そして十蔵の考え通り、将軍・尾張永重が現れると、開口一番、
「――何ゆえ、勝手に大陸に渡った」
探るような声に、十蔵は両拳を畳につけたまま「はっ」と頭を下げた。
「我が国の妖刀が渡っているとの情報を得ました。松崎義郎が持ち出した、行き先不明のひと振りかと判断し、調査に向かった次第」
「……して、その刀はどうした」
「扱う者の腕乏しく。力任せに振り回したため、打ち合ったと同時に折れてしまいました」
「ぐ、ぬぅ……」
永重は苦々しく唸ったのち、その場所はと訊ねる。
「大陸の、フォーレスと呼ばれる地域の森で。妖刀の念に呑まれたのか、女子への恨みを露わに追いかけ回し……折れると同時に力を失い、息絶えました」
十蔵はすべて偽りの情報を話した。
妖刀は妖精の住まう森へ。妖精族の女王〈タイターニア〉が持つ聖剣・エクスカリバーを用いて邪を祓い、鉄の板に戻したのである。
「使えぬ」
永重が立ち上がると、
「無月の忍びはもういらぬ。二度と儂の前に顔を出すな」
怒気を抑えきれない様子でそう言い捨てる。
十蔵は「申し訳ありませぬ」と頭を下げるのだが、
「……されど、我らの代わりもまた、無月の忍びでは?」
目だけを上げ、訊ねれば、
「わ、ワケの分からぬことを!」
永重はギクリとした反応を示し、早足でその場を去る。
それで確たるものを得た十蔵は、すっくと立ち上がった。
(奴が裏にいるならば、真っ先に私を狙うだろう)
だが、一連のゲートの事件が気になる。
ここにあるのは差し置いて、城下などで開いた目的は何だ。
パックの調べによれば、永重の指示ではなく独断で行ったもの。考えている者の混乱工作や陽動にしては雑すぎる。まるで倒されることを前提にしていたかのように。
(まさか、狙いはシェーシャの――!)
十蔵は天守に設けられた西側の窓に目を向けた。
無縁仏として蜘蛛が弔われている寺。そこに同行してきたシェーシャが向かっている。




