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第6話 影働き(ニードルスパイク)

 まず一番早く終えそうな者を。

 十蔵は塁壁を跳び、手に握る蝶のナイフで敵メイジの首を貫く。


「ガッ!?」

「グゥッ!?」


 その次は対岸の塁壁にいる者を。合間に腰の巾着から取りだした石ころを投げ、詠唱を阻む。

 彼らが怯んだところに、とにかく乱射するように命じていたレンジャーの矢が刺さり、メイジは倒れた。

 戦況への影響は薄いものの、着実に相手の戦力を削っている。


(間に合うか)


 十蔵はアサシンの技能(スキル)・〈透明化(インビジブル)〉で姿を隠す。

 この技能は万能ではない。探知系の魔法であぶり出されるため、潜んでいることを気付かれぬよう慎重に、かつ着実に動く。続けて三人、四人とメイジを仕留める。

 だが、相手は長く模擬戦を重ねてきた。その経験値は、段違いだ。


『妨害を受けて魔法が唱えられない! 騎兵を前へ、後ろのメイジは探知(サーチ)を唱え警戒にあたれ!』


 幾度も敗北を重ねてきた経験は、不測の事態への対応も早い。

 魔法がまるで放たれないと分かるや、すぐに号令を出し兵を動かしたのである。


「ナイトたちよ、壁を作れェーッ!」


 こちらも相手に合わせて動く。

 ジェラルドが命を出すや、即座に盾を構えたナイトたちが前に並び、壁を構築した。

 しかし、馬よりも大きな地竜に乗る敵のナイトらは怯まず、お構いなしと言わんばかりに突っ込んでくる。


「脆い脆いっ! そんな薄い壁なぞ、このガデムが打ち破ってくれるわァッ!」

「く、来るぞォッ! ふんばれェッ!」


 重い金属の激突音が響く。

 味方の壁は、一撃で大きくひしゃげた。


(こちらも長くは持たぬか)


 前庭のメイジを束ねるのは、ハルジオンの分隊長だ。

 普段はインビジブルで姿を隠しているものの、油断が生じているのか姿を現したまま。仕留めるのは今であるが――十蔵は、間もなく詠唱を終えるメイジにも気付いていた。

 あの位置ならば直撃。琴とそのジェラルドまで飲まれてしまう。


(やむを得ん)


 メイジの分隊長は後回しだ。

 足に力を込めた、まさにその時だった。


『すとぉーん、ばれっとぉぉっ!』


 気の抜けるかけ声と同時に、三十センチほどの岩が、仕留めようとしたメイジの顔に直撃したのである。


「や……やったぁ! 当たった、倒したーっ!!」


 塁壁の下で、ぴょんと跳ねるおっとり顔の女メイジ。

 クランの中に、魔法職の才がまるで感じられないのがいる。

 それが放ったストーンバレットが、直撃したのだった。


(ツキがなくば、猛将とてマヌケな足軽に討たれるか)


 十蔵はすぐさま転じ、分隊長のメイジに跳び向かう。


「覚悟――」


 敵に忍びがいることすら知らなかったのだろう。

 そしてそれは、どこで見覚えのある顔――


「な゛ッ!?」


 気付いた時には遅く、首がハネ落ちていた。


「分隊長っ、ナイトたちの様子がおかし――あれ?」

「分隊長はどこにっ!? 分隊長ーっ!」

「くそっ、とにかく魔法を撃て、撃てーっ!」


 消滅したことに気付いたメイジは混乱を極め、とにかく一発でも魔法を放つ方へシフトした。

 長い詠唱を必要とする魔法は邪魔をされる。

 なので単体を相手にした氷塊や、氷柱などの攻撃に切替え、何とか唱え終えた魔法障壁となる霧から外れた者らを仕留め始める。


「あぅっ!?」

「ぐああっ」


 それと同時に騎兵の攻撃も合わされば、あっという間に蹴散らされてしまう。

 こちらは人間同士の戦いは初めての者ばかり。

 経験値の差。魔物とは勝手が違うことの戸惑いに、壁の一部が容易く崩され、後ろに控えるメイジやレンジャー、プリーストまでもが撃破されてゆく。

 攻める側・ディストリクトの戦力は、28名から16名まで減っていた。


『琴。どうにかしろ』

『兄上の仕事でございましょう』

『我は千手観音ではない』


 琴は不満げに唇を尖らせると、今にも破られそうな正面の壁を見据えた。


 ◇


「――ああもうっ! そこはファイアウォールじゃなくて、アーススパイクですっ転ばしてからファイアボールをぶち込むのよ! 狩りの基本動作でしょうが!」


 観戦中のシェーシャは食い入っていた。

 最初の勢いが嘘のように、みるみると数を減らしてゆくのが歯がゆいようだ。


「まぁ、これが本来あるべき姿でござるからなあ……」


 剛剣のガデム――ナイトの中でも指折りの剣を持つ彼が、じわりじわりと壁を切り崩している。盾で受けるナイトは膝から崩れ、騎乗した竜に蹴っ飛ばされる。

 その先にはリーダー・ジェラルドがいた。


「はい、イケメン優男が討たれて終わり。健闘したわ」


 シェーシャがひらひらと手を振ったその時であった。

 ジェラルドの前に立ち阻むプリーストが一人。

 左手のメイスを後ろ、脇構えに。右手で柄尻を握る恰好のまま、制止した。


「お、琴殿が出るでござるか」

「こと、ってプリースト? いったい、なにして――」


 突っ込んでくるガデム。

 ジェラルドが止めようと左腕を伸ばしたその時、


「……え?」


 琴はメイスを構えた恰好そのまま。

 なのにガデムは横に逸れ、地竜から墜ちると同時に消滅したのである。


「琴殿の得意技、〈抜刀・椿〉でござる」

「ば――なに?」

「柄に刃を仕込んでいるでござる。拙者でも見逃し、首が落ちるくらい速い剣でござる」

「プリーストって剣使ったらダメでしょ」

「見えなきゃセーフ、でござる」


 その太刀筋は神すらも捉えられないだろう、と隼人は言う。

 剛剣墜つ。ジェラルドも他のナイトも、何が起こったのかと唖然と。そこに事情を知らぬディストリクトのメイジが、大魔法・アイスストームを唱えた――。


 ◇


 防衛の要となるナイトが全滅。前庭は制圧寸前。

 勝利が見えたことへの喜びに、ほっと気を抜いたその時――


「な、なにあ……きゃああああっ!?」

「うぎゃあああああっ!?」


 おびただしい量の火球が降り、魔法を防ぐ霧ごと吹き飛ばしたのである。


「な……」


 地面に転がるジェラルドは、上半身を起こしたまま愕然としていた。

 共に戦った仲間は誰一人とていない。砂塵と硝煙、そしてえぐられた地面だけである。


「み、みんなは……」

「気付いたときにはもう手遅れでした……」


 琴がジェラルドを抱きかかえ横へ飛び退()いた。

 おかげで総大将は討たれずに済んだ。


 ――メテオファイア


 障壁ごと吹き飛ばす業火を唱える者は、そう多くいない。

 十蔵は塁壁の上から、城内への入り口から現れた者を見据えた。


『恥さらしどもが』


 怒りに声を震わせ現れたのは、ハルジオンの総大将であった。

 威力特化のハイ・ウィザード。エルフの彼女の名はアナンタと言ったか。魔法防御を重視した防具で固めても、彼女の魔法は一撃で蒸発させるほどの火力を持つ。


(奴に魔法を唱えさせないようにしていたが)


 仕留めるのは容易いが、それは影が表だってすることではない。

 ジェラルドが琴を娶るには、敵将の首を一つ持参せねばならない掟がある。

 だが心根の優しい彼の手を汚したくない。そこで選ばれたのが『模擬戦で敵将を討たせる』と言うもの。勝利はそれに付随するだけにすぎない。


『琴、いけるか?』

『難しいでしょう。彼女の魔法がこれほどまでとは……』


 強大な魔法を初めて目の当たりにし、琴も動揺を隠せないようだ。


『影落ちる負け戦こそ忍びの舞台。お前は男に足を進ませることだけを考えろ』

『兄上、どうかお願いします……!』

『任せておけ。試したいこともあるしな』


 十蔵は姿を消したまま、塁壁を飛び降りた。


「ジェラルド様。敵は一騎打ちを望んできました」

「し、しかし……」

「私を嫁にする覚悟は、それほど生半可なものですか。退けば無様に背を焼かれて終わり、我々に残された道は前しかありません。それに杖と剣、メイジとナイトでは得意な距離が違う、接近戦に持ち込めばチャンスは十分にございましょう」


 琴が発破をかける。

 相変わらずその気にさせるのが上手く、ジェラルドの顔に再び力が戻った。


「た、確かにその通りだが……」

「兄上が援護します。脇目を振らず、一気駆けしてください」

「よ、よしっ、こうなれば玉砕覚悟だ!」


 支援魔法・速度上昇(スピード)と、魔法保護(マジックバリア)をかける。

 どちらも気休めであるが、今の彼は、愛する者のならば魔王ですら倒せる気がするものだろう。


「おおおおおおおおッ!」


 ジェラルドは両手に握り締め、勇猛に駆けた。


「愚かね」


 総大将・アナンタは杖を掲げ、ゆっくりと詠唱を始める。


【凍てつく心持ちし水の精よ】


 周囲の空気が冷たくなってゆく。

 渦状の白い霧がぴしぴしと音を立て、杖の先端に向かう。


【我が命に応じ、吹き荒れる風と共に――】


 威力が最大になる中心地にくるよう調整しているのか。

 後半は非常にゆっくりと。あと一言を残し、待ち構える。杖の先端には、今にも爆発しそうな白い球体が、ぎゅんぎゅんと音を立てて回転している。


「おおおおおおッ!」


 そこにジェラルドが走る。

 女が薄く微笑むと同時に、影に潜んでいた十蔵が動いた。


【解放され――え?」


 灰色の影から腕を伸ばし、拳でアナンタの膝裏を強く叩く。

 すると彼女はカクンと、腰から落ち――


「んほォアッ!?」


 尻餅をつくと同時に、両目を剥いて絶叫した。

 それに周囲が振り返るも、誰も彼女(の尻)に起こった悲劇に気付いていない。


(やはり、あの時は生地が原因か?)


 つま先をピィンと。

 尻を押さえたままヘッドブリッジする彼女に、若い騎士が突っ込んでゆく――。

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