第3話 妖刀の行方
大陸に渡った十蔵と隼人は、しばらく十蔵の妹・琴のいる商業都市〈ワジ〉に留まり、情報を集めていた。
「琴殿。子はまだでござるか」
「隼人殿。それを申すなら、まず隣の兄上に」
資料を読む十蔵は、椅子に背を預けたまま眉だけ上げた。
「さっさと神楽殿に授けて下さいまし。気配がないなら、あのエルフの娘でも何でも構いませぬ。遅ければ遅いほど面倒なことになるのですから」
「行くぞ隼人。琴は嫁いでから更に小言が増えた」
「むっ、失礼な。跡目争いが心配なのでしょうが、それは兄上が『今後一切やめる』と一言申せばよろしいのでは。任務だなんだと後回しにして、悪習を改善をしないから――」
「ああ、うるさいうるさい」
十蔵は肩をすくめながら外へ。
背後から「兄上ッ」と妹の尖り声が飛ぶも、兄はそのまま姿を消していた。
◇
隼人を伴い、今度は首都〈ポルトラ〉へと向かう。
琴が調べた情報によれば、半年ほど前、辺境地にある寂れた村に一隻の漁船が到着した。その中に一人の侍がいて、下船してすぐどこかに消えたと言う。
帰国にはワジからの船を利用したため、記録帳から、妖刀を運んだのは腰物奉行に仕える〈松崎義郎〉と判明。その男は半年前、横領の疑いありと〈尾張永重〉から命を受け、十蔵が誅殺していた。
「何やら、とんでもない事実が出てきそうでござるな」
「妖刀が盗まれたのか、それとも上様が届けさせたのか。そして妖刀は一本か二本か、どれ一つ誤ってはならん」
「無論でござる。まずどのようにして入手したか、その経緯を調べるでござるよ」
砂漠の町〈エスタン〉にある盗賊ギルドからの情報によれば、砂漠の闇市に出され、いかにも驕りで身を滅ぼしたであろう卑しい風体のエルフが、有り金をすべて叩いて購入したとのこと。
隼人が推察するに、それは〈恨〉の方ではないか。
強い憎悪や怒りを持つ者を呼び、手にすれば永久に晴れない憎念の亡者となる。
魔物討伐の依頼が多く持ち込まれる修道士ギルドによく現れるとの情報から、十蔵たちは首都の教会を訪れていた。
「拙者、少し時間があれば出かけたかったでござるが……そうもゆかないようでござるなあ」
「女のとこだろう。……背の高い女を探すのは構わぬが、魔物にまで手を出すか」
隼人は「おや」と眉を上げた。
「知っておったでござるか」
「当然だ。ちょろちょろ抜けては古城へ赴き、魔物の匂いをつけて帰ってくれば誰でも分かる」
「まぁ拙者も半分は魔物でござるし、問題ないでござろう。正直言えば、此度の調査が終われば、つれて帰ろうと思っているでござる」
「……どこに置くと言うのだ」
「忍びの郷なら誰も気にしないと思うでござる」
「……犬や猫を拾うのとは違うのだぞ」
「まぁエルフや妖精がいるでござるし、迷惑はかけぬと誓うでござる」
目を細めて笑う隼人に、十蔵が首を振りながらパラパラと記録帳をめくっていると、
「――あら、隼人さん?」
覚えのある声に顔を上げれば、そこにはシェーシャのクランのサブマスター・ファファがいた。
「おお、ファファ殿。お久しぶりでござる!」
「十蔵さんまでいるとなると……シェーシャも帰ってきたんですか?」
「いや、拙者たちは少し用事でござる。凄腕の剣士が噂になっていたので、どのような者かとついでに見にきたでござる」
「ああ、狂剣士とか言うの? この前、ここに来たらしいわね」
確か、と顎に手をやり考えると、
「魔界の看守〈微睡みの茨姫〉がどうの、聞きにきたとか」
隼人の表情が変わった。
「それはっ、いつ!」
「えっ!? えぇっと、二週間ほど前かしら……」
聞くなり、隼人は駆けだした。
残された十蔵は静かに帳面を閉じ、ファファに渡すと、
「フォールス産の葡萄酒と燻製肉を買っておいてもらえぬか。シェーシャに頼まれていたのだが、私にはあれの好みが分からぬ」
帳面の上には金貨袋が一つ。
ファファが「分かりました」と視線が袋から戻すが、そこにはもう十蔵の姿はなく、秋の陽光の中でホコリがチラチラ舞うばかりであった。




