第1話 それぞれの得意分野
強い台風が訪れ、それに乗って秋がやってきたらしい。
九郎の屋敷を訪れたドワーフの娘・カタリーナは、エルフが入れ替わっていることに驚き、そしてその父親から事情を聞くなり、忍びの郷へひとっ飛び。男に捨てられたエルフを指差し、腹を抱えて大笑いした。
――無論、カタリーナは魔法を喰らって吹き飛ぶのだが、これによって種族間の蟠りは消え失せたらしい。
「見下したいがために背ばかり高くなりおってからに……醜女がおらんから、苦労が分からんかもしれんがの、お主らはそもそも高望みしすぎなのじゃ」
あら、とシェーシャは眉を上げる。
「エルフにも醜女はいるわよ。ただ人間に比べたら中の上だから、親が耳の尖り部分を削いだり、金のある商人の家に売り飛ばしてるから表に出ないだけ」
「ドワーフでもドン引くクソっぷりじゃな……」
「プライドで生きてるからしょうがないじゃない。下流層のやることだと非を認めず、ハーフエルフの問題とか放置してるせいで、どんどん確執が深まってんのよ」
「エルフは鏡を持たず、との通りじゃ」
「何言ってるの、必需品よ。常に己の美しさを意識しなきゃならないんだから。私だってたまに、苦労のいらない醜女が羨ましくなるわ」
「わし今度、〈真の姿を写す鏡〉を作ってみることにするぞ。お主がどう写るか見てみたい」
ご自由に、とシェーシャは床に置かれた茶を啜った。
ドワーフのカタリーナが茶受けの羊羹を齧っていると、そこに隼人を伴った十蔵が入ってくる。
手には書類束を握る。どこか複雑そうな様子に感じ、シェーシャは「どうかした?」と案じた。
「例の妖刀の件だ。カシュヤパに調べてもらったのだが」
差し出されたのを覗き込めば、十蔵の表情にも納得がいった。
持ち主はやはりエルフ。
依頼を受けての魔物討伐はなく、警戒を呼びかけられた魔物を狙って倒していることから、『単なる話題集めのため』と、シェーシャの父・カシュヤパは結論づけている。
「人斬りもしている、か……エルフの面汚しもいいところだわ」
「我が国の不始末だ。準備ができ次第、隼人と大陸に渡ることにしたのだが――カタリーナよ、お前にひと仕事頼みたい」
水を向けられたカタリーナは、うむ、と鷹揚に頷く。
「あのオッサンを目を逸らせばいいんじゃろ? どれ、わしの銃の量産化でも提案しておいてやろう」
十蔵は続けてシェーシャに目を向けるが、
「お土産に、フォーレス産の葡萄酒を頼むわ」
まだ帰る気はないと手を振ってみせた。
◇
窓から涼やかな秋風が入ってくる。
十蔵たちが出立したのは四日前のこと。
留守を預かる神楽の一方で、客人であるはずのシェーシャは部屋に籠もり、ハッカとスダチの絞り汁に蜂蜜を混ぜたジュースを傾けながら、パチパチと算盤を弾いていた。
文机には米の収穫見込みが書かれた書類が。彼女の周囲には、普通の者なら嫌気がさしそうなほど、大量の帳簿などが積み上げられている。
そんな書庫かと見間違えそうな部屋に、忍び足、そろりと入る者がいた。
「邪魔」
シェーシャは背を向けたまま告げた。
「いやはや、気づかれたか」
それは老年の忍び・蜘蛛であった。
朗らか笑みを浮かべ、額をペチンと叩く。
「くのいちの話、考え直してくれんか。その察知能力は惜しい」
「この程度でなれるなら、世の中の女は殆どそうよ。気づかれたのは衰え」
「なに、儂が老いたと言うか」
「平たく言えばそうね」
シェーシャは羽ペンを置き、笑う蜘蛛に向き直った。
「それで? 今日は何の用向きかしら」
「実は田畑を拡げようかと思うてな。昨年にも十蔵に言っておったのだが、それから話が進まんで」
「ああ、計画はあったのね。再来年くらいに財政が厳しくなりそうだし、森から一反(990㎡)ほど開田の許可もらっておいたわ」
そう言うと、蜘蛛は驚きの表情を浮かべ、
「これは恐れ入った」
「伐るときは、ちゃんと森に感謝しなさいよ」
胡座をかいたまま頭を深く下げた。
「十蔵の嫁を悪く言うつもりはないが、何と言うかこう豪快で……細かなことは不安があってな」
「ふふ、確かにあの頭じゃ無理ね」
本来はこれも神楽の仕事なのだが、彼女は計算が弱く、そして雑にしか考えない。
エルフは知識に長ける種族と知るや、蜘蛛や屋敷の者たちは、あれこれと事務仕事を持ってくるようになったのである。
「話は変わるが、そなたは忍術の類いも使えると聞いたが」
「魔法のこと? 誰よりも自信あるわよ」
「ほう。これは大きく出たな」
「だって事実だもの」
シェーシャは脇に置いてある黒杖を持つと、手をかざし、小さな火や水球を浮かべる。
そして、〈二重詠唱〉について説明しながら、手の上で風に渦巻く小さな氷風を作ってみせる。
蜘蛛は関心しきりだった。
パックのエンチャントと違うことに触れたので、シェーシャは種族の歴史を織り交ぜつつ、彼女らが独自に魔法を発展させたことを話す。
すると蜘蛛は納得し、確かめるようにシェーシャを覗き込んだ。
「そなたは何かないのか?」
「私? 私はこの二重詠唱よ。他のハイ・ウィザードじゃ無理、私は彼女らの十年先を行っているもの」
「なるほど。では十年すれば、みな追いつくことになるな」
シェーシャはムッと片眉を持ち上げた。
確かに現状に甘えていては、いずれ追いつかれるだろう。だが自身がぶち当たった『魔法の質』の問題など、実用化に到るまでに更に何十年と費やすに違いない。
「魔法は二重詠唱で限界よ。腕が三本あるとか、絶対不可能な条件を無視すれば、三重詠唱は出来るでしょうけど」
「そうか。なら四つを目指してみよ」
「……はあ? 話聞いてたの?」
「我ら忍びは、そうやって限界を超えてきた。……まあ失敗も多いが、十蔵は手塩にかけただけあって、自慢の忍びとなったぞ」
「そう言えば、アンタが師匠だったわね」
ちゃんと教育したのかと眉を寄せるのだが、
「儂はあの十蔵が、女子の尻を狙ったことが信じられんぞ。異国に浮かれていれば話は別であるが、そんなことをする男ではないのだし」
「その結果が今なのよ」
「解せぬのう。そなたの気を引こうとしたか、それとも――」
蜘蛛は何かに思い当たったのか、ああ、と頷いた。
「それとも、何よ?」
「いや、あの男も人の子かと思うてな」
「はあ?」
「忍びは明かせぬことも、知らぬことも多いと言うこと。儂が地獄まで持ってゆく情報にそれはある――墓に手がかりを残しておいてやるから、気になるなら調べりゃいいぞ」
そう言うと蜘蛛は一人で満足し、立ち上がった。
「しばらくパックを借りるぞ。儂はちと城を探ってくる」
「城って……あの九郎がいる?」
「うむ。十蔵があたっている妖刀の件、こちらでも調べようと思ってな」
「妖精族は狭い所とかお手の物だけど……パックには荷が重くないかしら」
「出来ない奴ほど可愛いものだ。それにあれは、ネズミ捕りの達人なのだぞ」
必要な時にいないがなと、まるで孫を語るような口ぶりを見るに、仲間は順調に関係を取り戻しているのだと、暖かな気持ちを胸に抱くのだった。




