第13話 理想と現実の隔離
「どいつもこいつも、色ボケして!」
肩を怒らせ、再び廊下を踏み鳴らしながら歩く。
先にその原因となった十蔵の姿が見え、むかっ腹が立つも、どこからともなく忍びが姿を現せば、何かを告げて立ち去ってゆく。業務報告だと分かったが、十蔵は算盤そろばんを出して計算をしたり、しばらく思案し、何らかの指示を出している。
ロクでもない男であるが、やはり頭目なのだ。
九郎の護衛、忍びたちの統括、この国の暗部としても動いている。その多忙さたるや、自身の持つクランの管理とは比べものにならないだろう。現に十蔵への報告は後を絶たず、その場から動ける気配すらない。
シェーシャはつまらなさそうに鼻を鳴らし、つま先を転じて屋敷の裏へと回った。
「あら? 裏って遊戯場だったのね」
飛び移って移動するハードル型の足場、一本橋、縄を頼りに渡る橋や壁――子供たちが賑やかにしていた理由が判り、なるほど、と頷いていると、
『――おや、シェーシャ殿も訓練でござるか』
この口調は、とシェーシャは振り向いた。
「ござる。訓練ってどういうこと?」
「ここは十蔵殿考案の、忍者キッズたちの訓練場でござるよ。推奨年齢は五歳、忍びなら三歳から」
検めて見れば、確かに忍びの訓練のそれにも見える。
奥に向かうほど難易度は上がるようだが、
「忍者の修行ってこの程度なの」
「ノンノン、軽んじてはならぬでござるよ。傍目で見れば簡単そうでござるが、これが意外と難しいでござる」
シェーシャは砂地の上に設けられた、ハードル型の足場を見た。
スタート地点のようで、忍者らしく間隔が広めなそれの上を飛び渡ると分かる。
「こんなのエルフの森にもあるわよ。周りが十歳の中、私は五歳で突破できたんだから」
「年を取ると出来なくなるものでござるよ。――拙者、これから用事があるので屋敷に戻るでござるが、やるときは気をつけるでござる」
「やらないわよ、あんなの」
そうでござるか、と隼人は屋敷に戻ってゆく。
手に砂地を平ならすレーキが握られ、訓練場を確かめると足跡ひとつ、残されていなかった。
「何が難しいでござる、よ。たかが子供の遊具じゃない」
シェーシャは唇を尖らせ、スタート地点である足場に。
第一段にあたるのは膝ほどの高さ。周囲に誰もいないのを確かめると、よっと足をかけた。
◇
神楽が廊下を歩いていると、ぱらぱら、砂を零しながら歩くシェーシャに気づいた。
「シェーシャ殿、どこかで転ばれたか? 身体中、砂だらけのようであるが」
「……別に」
シェーシャは素っ気なく答えた。
「忍者なんてなりたくもないし」
訓練場の砂地に“失敗”の痕跡を残したなぞ、言えるはずもない。




