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第9話 女鍛冶師と大陸の噂

 この頃――隼人は職人長屋と呼ばれる町屋通りを訪れていた。

 近くにはそれぞれ作業場があり、城下町が商人の呼び声うるさければ、こちらは金槌・ノコギリの音がひっきりなし。橋の上から小川に目を向ければ、染め師が吟唱している姿が見える。

 モノを作る音が好きだ。

 羽織袴姿に覆面頭巾の隼人は、弾むような足取りで通りを歩いていると、


『――だーかーらーっ! 何言ってるか分からねえって!』


 どこかで職人の怒鳴り声がし、なんだと足を止めた。

 職人連中は気が短く、また日中から酒を呑むのも多い。些細なことでの喧嘩や口論は日常的なのだが、今回は何やら事情が異なるように感じられる。

 どこかと探してみれば、刀鍛冶のところに野次馬が集まっている。


「だ、だからですねっ、ちょっと、見たい、作業、ちょっと、先っちょだけ?」


 この国の言葉ではなく、大陸の言葉で話し続ける女――騒動の真ん中に居たのは、白いチュニックシャツに短いショートパンツを履いた〈鍛冶師(ブラックスミス)〉であった。

 顔を歪める職人に迫られ、あたふた上背を反らせる彼女。隼人は見覚えがあった。


(あれはもしや……レオナ殿?)


 様々な身振り手振りで加えるも、イライラする職人を更に刺激するだけ。

 ついには腕を振り上げて威嚇し始めたため、隼人は慌てて「待つでござる」と二人の間に割り入った。


「それ以上はダメでござる」

「なんだお前――って、か、鏑木(かぶらぎ)様! こ、こいつあ失礼を……突然、異人の女が話しかけてきて、去らないもので……」


 今度はレオナに、大陸の言葉で。


「レオナ殿。お久しぶりでござるな」

「ござるって……も、もしかして、隼人さんですか!」


 知った顔に会えて安心したのか、レオナは胸に手をやりながら「よ、よかったぁ」と息を吐いた。


「言葉通じる人いなくて、困ってたんですー……」

「この国はまだ、大陸の言葉が浸透してないでござるゆえ。……と言うか、よくそんな状態で渡ってきたでござるよ」

「い、いやあ……同じ鍛冶師同士ハンマーで通じ合うと思って、あはは……無理だった……」

「シェーシャ殿といい、大陸の者は無計画なのが多いでござる……」


 怒っていた職人は困惑気味に二人を見守っている。

 ああ、と隼人は思い出し、そちらに目を向けた。


「この者は拙者に任せるでござるよ」

「わ、わかりやした」


 手を頭の後ろにやりながら、ペコペコと。

 言葉が解らずとも、その様子にレオナは目を丸く。

 隼人は野次馬を散らせ、二人は職人町の外に向かって歩き始めた。


 隼人が佩刀している白鞘の刀は、大陸の金属を使ったもの。

 それを打ったのは彼女――今や大陸にて名を知らぬ者はいない鋳物師〈レオナ・シャープ〉で、隼人から刀づくりを教わった際、大陸とまるで違う製法に興味を持ち、本場の作業を見てみようと思ったのが、この国に渡った理由であるらしい。

 職人町を出るとすぐ、飲食店が並ぶ通りがあった。

 東の国の職人はとにかく酒が好きで、仕事前に一杯、休憩と昼飯に一杯、仕事終わりに一杯……と何かにつけて酒をひっかけてゆくので、ここには〈一杯酒屋〉と呼ばれる店が多く並んでいる。

 言葉の壁は技術交流を難解なものにする。言葉を知る本職から教わった方がいいだろうと、その者が行きつけにしている店に向かっていると、おや、と眉を持ち上げた。


「十蔵殿。カテリーナ嬢と一緒にサボりでござるか」


 店の前にある机。そこにはカテリーナと酒を呑む十蔵の姿があったのである。

 机には、空のお銚子が十本ほど。鯖の煮付けの皿が五つ置かれている。


「付き合いだ。お前と一緒にするな」


 十蔵が言うと、


「おー、ハヤト! お主も呑めいッ、にゃーはっはっはっ!」


 カテリーナは既に出来上がり、上機嫌にお銚子をあおる。

 一回で飲み干すと、彼女は「もう八本」と奥の女中に頼んだ。


「カテリーナ嬢。こちらの者に、東の国の鍛治を見せてやって欲しいでござる」

「んむ? おお同業者か。よしよし、任せてくといいぞい。まずは駆けつけ一杯――」


 水ではなくお銚子を向けられ、レオナは慌てて首を振った。


「い、いえっ、私はこの国の鍛冶が見たくて……」


 この言葉に、カテリーナはムッと口を曲げた。


「何じゃとッ! お主はドワーフの鍛冶を見くびると言うかッ!」

「え、い、いやそんな……って、どわーふ……?」


 カテリーナは「そうじゃ」と得意顔で胸を張る。

 レオナは目をぱちくり、つま先から頭のてっぺんまで。


「え、えぇぇぇぇ!? でもドワーフって、お、お髭が……?」

「生えておるぞ?」


 じゃが、と顎を撫でる。


「ゴーレム造りで邪魔になるから剃っておるだけじゃ。代わりに下の毛はもっさもさじゃぞ? 自慢の一品を見てみるか?」

「い、いえっ、間に合ってますっ」

「うむ、お主もわしと同類のようじゃしの。――話は戻るが、わしはもう極意も習得しておるので、心配せずともよいぞい。刀でも(おどし)でも何でも言えい」


 そして再びお銚子を持ち上げる。

 ドワーフとの契約の意でもあり、呑まねばならないと察したレオナは、猪口に注がず、お銚子からぐっとそれをあおった。


 ◇


 城下町から遠く離れた地に、かつて良質な銀が採れる山があった。

 長く採掘場跡として遺棄されていたそこに、新たな住人・ドワーフがやって来たのは昨年のこと。

 山は採掘技術の限界により棄てられただけ。エルフの王も舌を巻くほどの加工・彫金技術を持つドワーフたちは、新たに掘り出した銀を使い莫大な富を得た。


 ――ドワーフはエルフに雪辱を果たす


 かの〈模擬戦〉でエルフに大敗北。カテリーナたちはその雪辱を晴らすべく、隼人の誘いを受け、東の国に渡った。

 まず目を付けたのは刀鍛冶。魔法すらも弾く鋼鉄すらを切断した神楽の得物からそう分析し、各地で建築・建造、農業、織物などのなどの仕事を学びながら、彼らドワーフは銀山の石洞を住み処とし、そこで日夜研究を重ね続けている。

 ドワーフは三十名ほど。採掘に従事する労働者の寄宿地として潤っていた村も歓迎し、手伝いや出稼ぎとして八十名ほどの人間が、共に働いている。


「き、金属の打音が頭にぃぃぃぃ……」


 カテリーナに酒を呑まされ続け、レオナは見事な二日酔いに。

 目の前でトンチンカン鳴らすハンマーに悶絶していた。


「軟弱じゃのう。この音こそが鍛冶師の、二日酔いの薬じゃぞ」

「そ、それはドワーフだけですぅぅぅ」


 その横では、覆面頭巾をした隼人が嬉しそうに頷き続ける。


「だ、大体の作り方が分かったので、あとは刀剣を見て帰りますぅ……」

「たわけッ! 大体で済ませるから人間は粗悪品しか作れぬのじゃ!」


 カテリーナの尖り声に、レオナは頭を抑えた。


「わしらが納得ゆくまで、みっちりと仕込んでやるのじゃ! あと酒にも強くなってもらうぞう!」

「え、えぇぇっ!? お酒関係な……じゃ、じゃなくて、私、親から縁談がきていて、来週くらいに大陸に戻らなくちゃならなくてぇ……」


 おや、と隼人が驚いたような声をあげた。


「もう早速、そのような話がきたでござるか?」

「ええ……親が『レオナ・シャープの名前が売れている内に』と、あちこちから集めていて、工房の長男から石商、料理人の方まで……」

「まさに引っ張りだこでござるな。――して、もうある程度は絞り込んでいるようでござるが」


 レオナは頷くものの、その表情はやや暗く。

 指を絡めながら、とつとつと語り始めた。


「王宮から武器とかも依頼されるんですが、どうしてか納得のゆくものが作ることが出来ず、ずっと断り続けているんです。ナイフとかは作れるのに」

「そんなの簡単なことじゃ」


 カテリーナが頭の後ろで手を組んだ。


「そっちが性に合っておると言うこと。わしとて最初は武器防具を作り、希代の女ドワーフと名を馳せたが、銃とゴーレムで蹂躙する方が面白くて、今ではそっちばかりじゃ。職人はそのとき作りたいものを作るのがベストなのじゃ」

「ええ……そうだとは思っているのですが」

「煮えきらんのう。既に心に決めた者がおる、とハッキリ言えい」


 驚き顔のレオナに、にひっと笑うカテリーナ。


「クイジナって弱小工房のガキじゃろ」

「な、なんで……!?」

「わしはドワーフじゃぞ? 裁断と言いながら野菜圧搾機なんてヘンテコなのは特にパク――いや、面白く、同業者としてマークして当然じゃからの。毎日のように通う有名な鋳物師の存在など容易いものじゃ」

「ヘンテコ……や、やっぱり……」

「別に心配はいらんぞ? 着眼点と発想はよいからのう」


 人間とは怠惰な生き物である。

 切れ味鋭いナイフで日常生活が楽になったかと思えば、更なる快適さを求めるように。レオナはこれをニーズと捉え、鍛冶師として、また商人として、どう応えるべきかと思案していたところ、ミキサーなる野菜裁断器と出会った。


「私はこれだ! と思ったのですが、野菜を入れてみればハンドルが回らず、思い切りやれば折れ、上手く回っても野菜を押しつぶしているだけ……よく売ろうと思ったな、と考えたほどでした」


 そんなもの、もちろん売れるはずもなく。

 笑われながらカートを引き、撤収してゆく背中にかつての自分を重ねる。


「私も隼人さんに助けてもらった身です。何か一つで大きく変化するのでは、と思うようになって」


 その日から、レオナの頭はミキサーのことばかり。

 野菜や肉を入れる器が大きすぎるのではないか、刃を厚く、形状を変えれば、三本の立て刃ではなく、横に寝かせた円盤状にしては……などと考えている内に、いつの間にかミキサーではなく、毎日やって来ては、それをどうにかして売ろうとする男の姿が浮かぶようになったと、頬を染めながら言う。

 頷きながら聞く隼人の横で、カテリーナは色恋沙汰に興味ないと言わんばかりに大あくびをした。


「ですが、私の刃でも切れ味がどこまで続くか……。考えていたある日、隼人さんの刀を思い出したんです。ちょうど、東の国の魔剣についての噂もあり、それならばと――」

「ちょ、ちょっと待つでござる!」


 隼人は目を真剣なものに、手を前に言葉を遮った。


「魔剣の噂、とは何でござるか」

「え? 大陸ではいま、〈狂剣士〉と名乗るエルフの剣士が名を馳せているんですよ。佩刀しているのが侍の武器・刀で、強大な魔物をバッサバッサ。どれだけ斬っても刃こぼれ一つなく、鉄すらバターのように切断するのを見て、みなが〈魔剣〉と呼んで――」


 すべてを聞くよりも早く。

 隼人は「まさか」との言葉残し、その場から姿を消した。

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