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第5話 影働き(ボードコントロール)

 十日後。模擬戦を翌日に控えた昼下がり。

 ディストリクトが集い場にしている酒場は今、かつてない緊張感に包まれていた。


『皆さん、お祭りなので気楽に構えてくださいね』


 琴は緊張を和らげようとするが、効果は薄い。

 それもそのはず。目の前に張り出された地図と数字を見れば、顔が強張るのも当然だった。


「た、多勢に無勢ってこのことを言うの……かな?」


 おっとり顔をしたメイジが言う。

 紙に書かれた数字は250、対するこちらは28。

 地図は城の見取り図で、貼り出されたものは前庭部分。塁壁により、蛇行するように入り組んだ構造を描いている。


【レンジャー 20名】

【メイジ・ウィザードクラス 44名】

【アイスストーム・ライトニングストーム・メテオファイア】


 そこには弓兵・魔法職の配置図までも記されている。

 魔法にも得手不得手があるため、強豪になるほど誰が何の魔法を唱えるかまで定められていることが多い。

 相手・ハルジオンは氷系を得意としているため、第一カーブは水場かと思えるほど真っ青に染まっている。


【ナイト系 48名】

【内 ドラゴンライダー 35名】


 運良く切り抜けても今度は、鉄の壁・ナイト系を相手にしなければならず。また、エリートクラスでなければ乗れない、ドラゴン系の数もとんでもない。

 現実をつきつけられたメンバーの顔に、“惨敗”の文字が浮かぼうとしていた。


『兄上。相手の数がちと多くありませぬか? 私の調べでは150そこそこだったはず』

『新たにクランが加わった。勝ち馬に乗ろうとする連中だ』

『勝ち馬……』


 十蔵と琴。

 兄妹のみに聞こえる、忍びの話法で言葉を交わす。


『記した兵力は、その総動員した場合のものだ。実際は主力を抑えた半数以下、新規加入のクランを前に出す』

『ああ、なるほど』


 妹は二度、三度頷くと、沈黙したままメンバーたちに向き直る。

 彼らは言葉を待ち、息を詰めた。

 つかの間の静寂ののち、琴は息をすっと吸い、皆に聞こえるように口を開いた。


「兄上。勝機はおありで?」

「負け戦をするために調べたわけではない」


 その言葉は、クランの者たちに小さな希望を抱かせるものであった。

 地竜狩りに出かけて以降、一度も姿を見せなかったことへの不安と不信は、目の前の情報と併せ、信頼へと逆転したらしい。

 沈黙は武器となる。それは人の心を掌握するものとなる。

 相変わらず人を乗せるのが上手い、と十蔵は妹に舌を巻いていた。


 ◇


 模擬戦当日――。

 アルカナの同盟長・シェーシャは、昼間から部屋でワインを傾けていた。

 今回は宿敵・ハルジオンが他とマッチしたため、アルカナは不参加となっている。

 相手はディストリクトと言う、聞いたこともないクラン。新興勢力かと思いきや、何とそこは三十人にも満たない単体と知り、十字を切った。


(王宮も、なかなか酷な選出するわね)


 模擬戦へ参加したい時は、王宮の窓口に届けるだけでいい。

 特別な申し出がない限り、力関係が近しい同盟同士があたることになる。……なので、これはミスとしか思えない。


(狩られる側は可愛そうだけど、ま、小さな犠牲に感謝しておくかしら)


 グラスを回し、中で渦巻く液体を見つめる。

 正直、これに助けられた。

 今回も勝てる気配がしない。たまには休みを入れ、リフレッシュするのもいいだろう。

 そう思っていた矢先、


「――シェーシャ殿。バイルダーで戦見物(いくさけんぶつ)するでござるよ」


 音もなく例の忍者・隼人が、天井から降り立った。


「帰ってくれない?」


 呆れが先にきたため、シェーシャはさほど驚かない。


「十蔵殿が手伝いに出ているでござる。あと拙者にも葡萄酒が欲しいでござる」

「人の話を聞きなさいよ! と言うか、あのクソ男が出てるからって理由にならないわ」

「影働きとはどのようなものか、外野からなら分かるでござる」


 そう言われると、シェーシャは追い返す理由を失ってしまう。

 別に『興味ない』と言えばそれで済むのだが、敗北の理由を『采配する者が知らぬせいだ』と指摘された以上、観なければ蔑まれることになるからだ。

 プライドが高いエルフにとってそれは、耐えがたい侮辱である。


「期待を裏切るものだったら、覚悟なさい」

「影は主君を裏切らぬでござるよ」


 テーブルに置いた水差しを手に、隼人が差し出した丸い盆に流し込む。

 バイルダーとは魔物の名前であるが、ここでは違う。

 水晶球に魔力を込めた遠視(とおみ)用の魔法道具のことで、本来は王城が管理するもの。これをどうして個人が、と疑問に思ったものの、今は深く考えず魔力を込めた手をかざす。


「……何これ?」


 途端、シェーシャの眉間に皺が寄った。

 城の門に一つつけたのだろう。水面に映ったその光景に、思わず声が出た。


「全員、模擬戦用じゃなくて魔物用の狩り装備じゃない」

「お祭りだからでござる」

「呆れた。いくら何でも魔法ぐらい耐えようとしなさいよ。勝つぞーっなんて顔しちゃってるけど、あれじゃ始まってすぐ全滅よ」


 言っていて、少し空しさも感じていた。

 統一感のない装備。緊張と期待に胸を躍らせながら、城門の前で時を待つ。

 かつては自分たちもそうであったな、と。


「必要ならば十蔵殿が指示をするでござる」


 いよいよ始まるのだろう。

 全員が顔を上げ、同じ場所に目を向けた。

 大きな鐘楼台が一つ。その鐘が、開戦の合図を鳴らす。


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン


 バイルダーで伝えるのは映像だけ。

 宿屋まで届くその音の大きさに驚きつつ、水面に映る、一斉に駆け始る挑戦者たちに目をやった。


「城内のはどこに仕掛けたの」

「門を入ってすぐに一つ、難所となる三の丸の曲輪(くるわ)に一つ、城内への進入口に一つでござる」


 水面を撫でるように腕を動かせば、映像はさっと切り替わる。

 門のそれに切り替えた直後、シェーシャの眉間に深い皺が刻まれた。


「んんー……?」


 場所を間違えたのか? いや、間違えてはいない。

 確かに、防衛しているのはハルジオンで、攻めるのはディストリクトというクランだ。

 塁壁に挟まれた通路は、蛇行しながら城内への扉まで続く堅城。その塁壁の上からは魔法や矢などが、雨あられのように降る――なのに、ハルジオン側は猛進を許している。


「なにこのザル防衛。舐めプ……ってわけでもなさそうだし」


 道中のメイジらはその意志を見せているのに、まるで魔法がかみ合っていない。

 いったい、と目を細めたその瞬間、シェーシャは吃驚してしまう。

 メイジたちは、氷系の魔法と同時に、炎系を唱え相殺してしまっているのだ。


「な、何でこんな初歩的なミスしてるのよ!? 属性の相性と同時発生による消滅なんて、基礎中の基礎でしょ!?」

「メイジをよく見るでござる」


 塁壁に視点を移せば、そこは異様な光景が広がっていた。


「……見たことない顔ね」

「勝ち馬に乗ろうと、新たに加わったクランの連中でござる。そこのメイジは炎系の魔法が得意でござるよ」


 対するハルジオンのメイジは、大声で連中を怒鳴っているようだ。

 なのに炎系を唱えるのを止めようとせず、逆に怒鳴り返し、道を阻む時間稼ぎ用のアイスウォールまで溶かす始末である。


「な、何やってるのよこいつら!?」

「相手は雑魚だし、得意な魔法で一掃してアピールしてやろうぜ。氷系よりも炎系、あいつら嫌いだから追いやろうぜ、など唆しているでござる」

「唆し……って誰が?」

「十蔵殿でござるよ」

「え? でもあれはディストリクトに――」

「敵をあざむき、影なる刃で仕留めるのが忍び。ハルジオン側のメイジになりすまし、調和を乱す。戦場操作(ボードコントロール)の一つでござる」


 内部対立による機能不全。

 増員から日が浅く交流も少ない。功を焦ればそこに隙が生じ、第五列へと変えられる、と隼人は言う。

 強力な魔法も打ち消し合えば怖くない。

 その間にハルジオン側のメイジは矢に射貫かれ、また魔法・岩石弾(ストーンバレット)に倒れていった。


「こんなあっさ――ってそうか、防具が魔法対策用のものだからか」

「ご名答でござる。軽装であれば不遇な大地系の魔法も致命傷でござる」


 岩石のつぶてを喰らえば、あっさりと。

 狩りでは多用される大地系の魔法も、模擬戦では使用されない。……と言うのも、魔法の性質上、火や氷、風に比べると土は押し負けやすいためだ。


「相手の矢があまり飛んでないけど、レンジャーも不和ってるの?」

「それは連中の弓矢を見るでござる」


 近くに寄れば、何人かのレンジャーがもたついていた。

 ある者は弦が切れ、ある者は使い慣れていないような仕草を見せる。

 また使用する矢は、揃って威力の低い木の矢を。――そのため、模擬戦ではまるで役に立たない、鍛冶師(ブラックスミス)が持つストーンシールドなどによって、簡単に弾き返されていた。


「慣れによる流れ作業は怖いでござるよ」

「これもあの忍者の仕業だって言うの?」

「惰性で仕事をしていれば、思い込みにより些細な変化やミスに気付きにくいもの。忘れ物をしたり、思わぬ失敗の原因でござる」


 いちど納得するも、いやおかしい、とシェーシャは反論した。


「レンジャーをまとめるのは、超堅物に完璧主義で有名な女傑・エリザよ。彼女がそんな基礎的なチェックを怠るはずないじゃない」

「ああ、あの弓の腕がピカイチなエリート女子でござるな」


 エリザと呼ばれたレンジャーは、すぐに発見できた。

 彼女の弓矢は問題ない。……なのに、どうしてか集中できておらず、矢が当たっているように感じられなかった。


「何でカバンに、秘密のお道具フルセットが!? ――の巻、でござる。生真面目かつ完璧主義なほど、予期しないトラブルや精神的揺さぶりに弱いでござるよ」

「……」


 呆れてものも言えない。

 そのおかげで、ディストリクトは脱落者を出さないまま、難関のカーブに差し掛かる。

 しかし、ここまでだろう。そこはハルジオンのメイジ、そして騎兵が並ぶ地帯だ。

 向こうには〈剛剣のガデム〉と呼ばれるナイトがいる。ここまで小細工で突破できても、木っ端の者たちが、彼が率いるナイトの壁を突破するのは不可能だ。


「攻めるは馬すら乗れぬ雑兵ばかり。まぁ壁に到達する前に、メイジの魔法で蒸発ね。アンチマジックミストがあれば大丈夫でしょうけど」


 唱えられるメイジのハイクラス・〈賢者(ビショップ)〉はいるらしい。

 しかし、その詠唱を終えるまでに魔法の雨が降るだろう――。

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