第8話 仇敵と指差され
前線防衛の中に、古くからハルジオンに属していた者はいない。
同盟に加わってから最も日が浅いクラン――ナイトの中にプリーストが混じっていたり、一人でも多く相手を落としたら御の字と言った、言わば捨て石であった。
特に、十蔵が加わってからと言うもの、彼らはその役目すら果たせず。
基本素手で。剣を奪っては相手につき刺し、背後に回り込んでは膝裏を蹴って頸椎を叩く。
決定打となったのは、マスターと思われる女修道士の首に襟巻を巻きつけ、首の骨をへし折る音を響かせたことだ。これで相手は戦意を喪失した。
――順調なときこそ警戒よ
この撃破は勢いづかせるもの。
相手の策かと疑ったシェーシャは、逸らぬようメンバー指示を飛ばす。
ナイトたちは五列の鉄の壁を作り、後ろには侍とレンジャー、プリーストが。更にビショップやウィザードと言った魔法職が続く。堅実な体勢をとった。
マスターであるシェーシャは、その魔法職の最前列に立っている。
(ござる、はもう向かったのね)
脇に目を向ければ、そこに道がもう一つ。
最短で城内に続く道だった。
――最短ルートに、敵のくのいちが待ち構えている
十蔵はそう言い、往け、隼人のみを向かわせた。
己の領域外のことに口を出すべきではない。しかし、いかに忍びの定めと言えど躊躇なく弟に死を命じる忍頭の姿に、シェーシャは冷徹さを感じずにはいられなかった。
(この中では私が長、死ぬんじゃないわよ)
と、道に目を向けながら胸の中で命じる。
そして、顔を戻そうとした、その瞬間――
「な、何だッ……うわあああああッ!」
「ぐああああッ!?」
最前線から驚嘆と絶叫、そして爆音が轟いた。
視線を戻せば、ナイトが作る鉄の壁前面に、1mほどの空間が開いていた。ゆらゆらと立ち昇る白い煙から、火薬の臭いがする。
『にゅあっははははははーっ!』
飛来してきたであろう方向から、聞き覚えのある高笑いが。
それを合図に、ドン、ガン、ドン、ガン、と力を誇示するような地を叩き、盾を殴る音が。うっ、ほっ、と鬨の声が向かってくる。
「あれは、い、いったい!?」
「まさかドワーフか!? ――う、後ろのは何だあれっ!?」
アルカナのナイトたちは瞠目していた。
重厚な鎧に身を包んだ、ずんくりむっくりなひげ面親父。
大槌や大斧を肩に担ぐように。そしてその背後には、見上げるほど巨大な無機質な存在――かつてシェーシャを襲ったゴーレム〈ヴォルカン〉が五体、そびえていたのである。
「戦慄せよ、弱っちい人間どもッ! 我らドワーフ、新兵器・ヴォルカンをもって、お前たちを挽肉にしてくれるのじゃー!」
いっそう大きく土を踏み鳴らすゴーレムの上で、腕を組む褐色肌の少女が一人。
黒衣のジャケットに、腰の左右には湾曲したグリップが据えられた細筒。射撃手のカテリーナである。
「――あのクソドワーフッ!? い、いえ、どうしてドワーフの連中がハルジオンなんかと……」
シェーシャも驚愕を隠せない。
それもそのはず、ハルジオンのマスター・アナンタは、自身と同郷のエルフ。
遥か昔、宝珠の所有権を巡る事件が起こってからというもの、エルフとドワーフは互いに罵り、互いに忌み嫌い続けてきた。なのにどうして、彼女らは互いに協力しているのか。
その疑問に答えるかのように、群衆からシェーシャを捉えたカテリーナが口を歪めた。
「見つけたぞ、忌々しい淫乱エルフッ! よくもわしの相棒に爆薬を仕掛け、施設を吹っ飛ばしてくれたのじゃッ! おかげで残ったヴォルカンは、この五体しかおらぬのじゃぞ! どうしてくれる!」
「あ、アンタが一方的に仕掛けてきたんでしょうが! ま、まさか、それだけのために、ドワーフがエルフに頭下げたっていうの!」
「言葉に気をつけろいッ! エルフが先に頭を下げたのじゃ、貴様の泣きっ面を拝めるなら安い頭じゃとな!」
そうは思えない、とシェーシャはかつての友の姿を浮かべる。
「我が恨みを思い知れッ、愚かな者どもー!」
指を差し向けると同時に、ヴォルカンの腕が上がった。
一度対峙し、何が起こるかは知っている。
「ナイトたち、みな盾を構えて! やつの腕から火球の粒が射出されるわッ!」
シェーシャの言葉通り。ドドドドドドッ、と筒口に赤い閃光が走ったかと思うと、それが一瞬にして同盟・アルカナに降りかかったのである。
金属叩く音、掠める音がけたたましく鳴り響き、時に呻きのような悲鳴が上がる。最前線のナイトが倒れると、後ろも巻き添えを食うかのように倒れた。
「なーっはっはっは! 次弾装填ーッ!」
五体の腕から放たれたそれは、筒口から細い硝煙をくゆらせ、ガコン、ガコンと何かがはまってゆく小気味よい音を立てている。
(この間に叩かないと……)
だけど、とシェーシャは逡巡する。
頑強な対魔法装甲は、剣も魔法も歯が立たないのだ。
判断を迫られ、シェーシャは目を横・自身の影に目をやった。
「どうにかしなさいよ」
「分かっている」
既に動かした、と頭上にすっと影が差す。
妖精族。そうと気づいた時には、五つの小さな背中を見送っていた。
『ピースブロッサムとカブウェブは、ゴーレムの動きを』
『承知』『承知』
『モスとマスターシードは、火器の機能を止めよ』
『承知』『承知』
『パック、お前は例の物を取り付けてこい』
『オッケー! ボクに任せといて!』
忍者だけに聞こえる伝達術。
東の国に送られた妖精四体と、十蔵に就いているパックに指示を出せば、ひゅん、とスクランブルに向かってゆく。
「なんじゃこりゃ? デカいトンボか?」
「ほーう、妖精族とは珍しいのう」
うむうむ、とあご髭を撫でるドワーフ。
ヴォルカンをの操縦士は、右手に据えられた巨大な刃を、ぶんと逆袈裟に振り下ろす。大振りのため、的の小さい妖精は容易く躱せる。
カテリーナも、こんにゃろ、こんにゃろ、と好き好きに刃を振り回すも、すべて虚しく空を斬るばかり。業を煮やして火器を乱射し、左右の塁壁を破壊する始末だ。
「ええい、ちょこまかとッ!」
業を煮やしたカテリーナは腰に差した筒を抜こうとした、その時、黒装束姿の妖精たちの動きが妙なことに気付く。
――攻撃する素振りを見せない
何かを狙っている。
そうと気づき、妖精の動きを目で追う。
ターゲットにした妖精に注視すれば、今まさにヴォルカンの裏に回り、何かを放り込んだのを捉えた。
「ま、まさか……いかんッ、間接の弱点に気付かれておるッ!?」
直後。ヴォルカンが異音を放ち、ガクンと停止してしまった。
いや、それだけでない。カテリーナのヴォルカンを除くすべてに、腕や脚に異常をきたしているらしい。いくら動かそうとしても、軋みをあげて小刻みに震えるのみ。強引に動かそうとして、メギッと嫌な異音が生じる。
間接に噛むのは、星型の小さな投擲具・忍者が使用する〈手裏剣〉。
カテリーナは目を剥いた。
間接は脆い。
ヴォルカンことゴーレムの外殻は金属。
人間の皮膚ように伸縮性があるわけではなく、どうやっても間接に隙間ができる。人体と同じく、疲労が蓄積しやすく脆い箇所なのだ。
「お前たち、ヴォルカンを動かすなーッ!」
だが、時既に遅し。
それぞれ強引に動かしたあとで、腕や脚を次々と破損させてしまったらしい。中でも脚を破損させた者は転倒し、その衝撃で動力となるコアが損傷・完全に機能停止している。
禿頭を抱えるドワーフたちに、少女は、ぐぬぬ、と歯を噛みしめる。
「しかしこんな雑魚、わしの〈ヴォルカン〉だけで十分――ん?」
言いかけ、カテリーナは視線を下に向けた。
今までなかった黒い線が、ゴーレムから伸びている。
一本だけでなく幾本も。それが円錐状に、相対する・アルカナのいる方向に収束している。
「火薬はお前たちの専売特許と限らぬ」
糸束を持つのは黒装束の男・十蔵。
左腕に掴んだ束を引き寄せると、両手を合わせて両手人差し指を立てる。
――火遁・〈爆炎竜〉
十蔵がそう唱えると、どこからともなく、ぼっ、と火が。
こぶし大ほどの火は次々と糸に。渦を巻き、目で追えない速さで灯ってゆく。
「ま、まさか……!」
カテリーナが青ざめた時には手遅れだった。
それがヴォルカンの右くるぶしに到達するや、ぼんっ、爆発が生じた。
爆発は一つではなく。連鎖し、渦を巻くように登ってゆく。
その様はまるで、天に向かう昇竜の如く。そして爆発も次第に大きく。
「ぬぅおおおおおおおおおーーッ!?」
カテリーナが飛び降りると同時に、ひときわ大きな爆発が起こった。
硝煙と粉塵の中で、ヴォルカンは無残な姿を見せる。
装甲は剥がれ、核となる【EMETH】と綴られた結晶には大きな亀裂が走り。その破片が一つ、ぽろりと剥がれるや、本体は前のめりに崩れ落ちるのだった。
◇
アルカナのメンバーとドワーフたちは、呆然と立ちつくす。
「神楽、犬どもを前へ! 妖精と共に、連中を仕留めよ!」
十蔵の指示に、妻・神楽はハッとした顔になった。
「は、ははッ! みなッ、敵を殲滅するのだッ!」
「おおーッ!」
槍を捨て、刀を抜いた異国の兵が、ドワーフたちに向かってゆく。
片刃で細身の刀。しかし神楽を始めとして、先頭の十名ほどは真っ黒だ。
「ぬおおおおおおッ!」
神楽はドワーフではなく、最後の・片膝をついたままのヴォルカンに。
まだ武器を振り回せると見抜いたのか。右腕のブレードを大きく振りかぶるのに合わせ、神楽は黒金の刀を引き、身体を沈めて掻い潜る。
狙うはその脚。
何か策があると思っていただけに、シェーシャは「無謀よ」と叫んだ。
「あんな貧弱な得物で、斬れるはずがないわッ!」
「構わぬ」
「構うわけないでしょうッ、武器が通用しないから侍のクラスは広がらなかった。止めないと、アンタの奥さんは無駄死にを――」
「あれの剣はよく知っている」
顎を小さく揺らしたのに気付くと、シェーシャもつられるように視線を戻す。
刀は弧を描き、ヴォルカンの巨大な剣の根元に向かう。
この大陸で侍のクラスが広まらないのは、その武器の脆弱さにある。
折れて終わりだ。顔を覆いそうになったが、それは、胸の前でぴたりと止まった。
「え……?」
高鳴りが、金属と刀がぶつかる音がしない。
なのに――神楽の持つ刀は、確かにゴーレムの右脹ら脛を通り過ぎている。
「ぬうりゃあああッ!」
くるりと翻り、続けて、裏から一太刀を浴びせる。
見間違いなどではない。まるでバターを切るかのようにスパッと切断されている。
鋼鉄の巨体はぐらりと傾いた。
「よ、妖精の〈魔法剣〉を体得している、の……?」
「否。あれは神楽自身が編み出した、鉄すら斬り裂く剣術だ」
「あの装甲は鋼鉄……いや、それよりも堅いわよ」
「隼人が持ってきた鉱石、それと職人の腕がいいのだろう。神楽の〈一念剣〉の鋭さが際立っている」
一念、と繰り返すシェーシャに、十蔵は「馬鹿の、が冠する」と添えた。
「刀では大陸の板金鎧が斬れぬ、という問題は我々の課題でもあった。大殿を始め、刀の素材を変えるか、可動域の狭さを突くか、剣を輸入するか、などと対応を考えている最中、あの神楽はひたすら鎧ごと斬り伏せる鍛錬を続けた」
その結果、鎧は真っ二つに。
どうやったのか訊いても、当人は、
『斬ろうと念じて斬れば可能でありました』
と、答えるばかり。十蔵はこれを〈馬鹿の一念剣〉と呼んでいるようだ。
そういえば、とシェーシャは思い出す。
神楽が敵ナイトを斬り伏せる時、プレートメイルごと両断していた、と。
「……彼女はアホなの?」
「違う。一途だ」
倒れるヴォルカンを飛び越え、赤糸縅鎧姿の白狼・白牙がドワーフに斬りかかる。
狼はドワーフの剛力にも負けず、白牙は鍔迫り合いから前蹴りで距離を取ると、よろけた隙にくるりと回り袈裟斬りに。首のつけ根から斬られたドワーフは、目を剥いたまま消滅した。
「さあ、ボクたちも続くよ!」
パックの声に、妖精たちも一斉に飛ぶ。
手にした剣に炎を宿し、風をまとった靴・韋駄天で空気を蹴った。
「は、速すぎるのじゃっ!? ず、ずっこいことせず、正々堂々戦えー!」
カテリーナは筒口からパンパンと弾を放つが、目に見えぬ速度で飛び回る妖精たちを仕留めることができない。
先頭率いるパックは少女の脇をひゅんと抜け、狼とドワーフが斬り結ぶそこに乱入すれば、
「そら、ヒゲを燃やせー!」
「止めろ、止めるのじゃっ、ヒゲを狙うでない!?」
妖精は容赦なく髭を狙った。
髪はエルフの命、髭はドワーフの命と言われるほど。
ドワーフたちは、戦いそっちのけで逃げ惑い始める。よほどショックなのか、ぞりっと剃り上げられ絶望めいた表情で倒れた者までいた。
カテリーナは男ほどヒゲを生やしていない。……が、まとわりつく妖精がズボンのベルトを切り落とした瞬間、彼女の顔が青ざめた。
「や、止めろ、止めるのじゃーっ!? そこの毛だけは止め――にゅおああああっ!?」
押し倒したドワーフ娘のズボンに手をかける。
飴にたかる蟻の如く、カテリーナは足をばたつかせながら悲鳴をあげ続ける。その周りでは、髭を剃られたドワーフが「おムコに行けない」としくしく泣く。
シェーシャはメンバーに進軍再開の命を下し、彼らを踏みつけ歩いた。




