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第13話 講和交渉

 女王に縄をかけ、広場の前に引き出したのはすぐのこと。周囲には数え切れない妖精たちが、失意にへたり込んでいた。

 手にした剣を落とし、可能性を求めるように女王を見る。しかし主君の絶望めいた表情は、彼女たちの心折るに容易いものだった。

 澄み渡る夏空。眩い陽光を受け、活き活きとした草花が対照的だ。


「――あれ、十蔵殿?」


 頓狂な声と同時に、隼人がひょっこりと現れる。


「あぶり出した兵を、もう殲滅したでござるか?」


 女王を足元に、十蔵は「なに」と片眉を上げた。


「シェーシャ殿の護衛に、回っておられたのでは?」

「お前が先鋒部隊を分断し、護衛に回るのだろう」

「それは時間がかかるので、ボツになった案ではござらぬか……? 分断から、追っ手を眠り薬で沈黙させ、本陣を強襲すると」

「眠り薬は、風の魔法で散布させると言ったではないか。香りの強い装束を遠くにと」

「……では、そのシェーシャ殿は?」


 押し黙る忍者二人。

 エルフを縄にかけた妖精たちが戻ってきたのは、それからすぐのことだった。


「ゴルアッ、そこの馬鹿忍どもッ! マスター放置して攻めるってどういう了見よッ!」

「すまん、こちら側に齟齬(そご)があった」

「すまぬぅ、でござるぅ……」


 腹を切れ、さっさと縄を解いて交渉の準備しろ、と悶えるシェーシャ。あられもない縛られ方をした彼女に、妖精たちが好機とばかりに剣を突きつける。

 方や、妖精の女王には、忍者の持つ恐ろしく太い針が突きつけられる。

 ……そんなことなので、双方、交渉に持ち込めない状態に陥ってしまっていた。


 ◇


 落とし所を見つけたのは、それから半刻ほど。


「――お初にお目にかかります、女王陛下。……このような姿・恰好での挨拶をお許しください」

「森の友よ、お会いできて光栄です。……こちらこそ、このような姿で申し訳ありません」


 埒があかないので、互いを前に引き出し話し合いをさせることにした十蔵。

 女王とシェーシャも、それしかないと判断したのだろう。

 互いに縄に縛られた状態と言う、前代未聞の講和交渉が始められた。


「女王陛下、人間をお恨みする気持ちは分かります。私も今すぐに、この忍者(バカ)どもを殺したい。しかしここは一度、剣を納めて対話の道をお選び下さい」

「いいえ、私は決めたのです。たとえこの身滅びても、妖精族の意地を通します」

「女王陛下。……その前に、拒否したらここで死にますよ?」

「……」


 横では、決裂時に備えて剣を構える忍者と妖精。

 隼人に限っては、「斬首でごっざる♪ 斬首でごっざる♪」と、白鞘の刀を用意している。


「あのクソども。私が殺されても、罪悪感なぞ微塵にも感じないことでしょう」

「あなた方は仲間ではないのですか……?」


 愕然とする女王と、忍者を睨むシェーシャ。

 やれやれと首を振ると、十蔵は二人の間に金色の輪を投げ落とした。


「こ、これは……!」「こ、これって……」


 二人揃って瞠目する。

 金色に輝くそれは、争いの発端となった宝冠だったからである。


「な、なんでアンタが持ってるのよ!?」

「手に入れた」

「言いなさいよ!? これを見回りに渡したら、そこで終わってた話じゃないの!?」

「最終局面に必要かと思って、黙っていた」

「積み荷が襲われた時点で最終局面だってのッ!!」


 うがー、と身体を揺するシェーシャを置いて、女王の視線は、宝冠と十蔵を交互に行き来した。


「これが、母様の……」

「どんな歴史があったかは知らぬが、過去の栄光を求め、武力でそれを得ても、禍根しか残らぬぞ。冠なぞたかだか金の塊にすぎん」

「……」

「本当は宝冠などどうでもいい。目的は、先祖の弔いを掲げ、一人でも多く人間を殺したい――無念を晴らしたかっただけなのだろう。全滅しても城壁に傷をつけ、妖精の矜持と人間の愚行を知らしめられる」


 顔を伏せた女王は、肩をふるわせ、大粒の涙を地に零し始めた。

 妖精たちも分かっていたのか、ゆっくりと剣の切っ先を下げ、頭を垂れる。

 シェーシャは驚き、十蔵を見上げていた。


「愚かよ。過去に囚われ、道を誤る。お前たちの祖先も、そのような結果は望んでいないはずだ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 復讐は何も生まない、とか、死んだ奴は喜ばない、とか綺麗事ぬかす気? 復讐に成功したら、全員大喜びよ、天界で連日パーティーよ!」


 ちょっと黙るでござる、と隼人が口に布を押し込んだ。

 目線での合図を受け、十蔵は頷く。


「綺麗事で済ませる気はない。だが復讐目的の戦争をすれば、過去に終止符を打つことになるぞ」

「え……?」


 これに隼人が説明する。


「弔い合戦は、起こしたと同時に目的を果たしてしまうでござる。どうせなら未来にかけての復讐の方が、やりがいがあると言うものでござるよ」


 これぞ予讐(よしゅう)でござる、と隼人は言い添える。

 何を言っているのか分からぬ、と言った女王に、十蔵は腕を組んで呻くシェーシャに目を向けた。


「このエルフが間に立つ。優位性はこちらにあるため、王族は意のままだろう。しかも宝冠はここにあり、返還には求められん――無用な血を流すよりも、そちらの方が相手へのダメージとなろう」

「で、ですが、宝冠は類似したものを作る場合も……」

「その時は貰っておけ。賠償金のオマケとしてな。荷を襲ったことの謝罪はすれど、歴史に終止符を打たずエルフと共に森の立て直しを計れ」


 その方が、人間・王宮側の頭痛の種になる、と言い添える。

 女王はしばらく長い沈黙を保ち、そして、口に布を咥えたままのシェーシャを見た。


「……人間は信用できませんが、エルフは同じ森の住民。彼らを頼れるならば」


 任せて、と何度もうなずくシェーシャ。

 争いの火種が消えた。夏日の中、妖精たちの表情に安堵の表情が浮かんでいた。

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