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第12話 絶対に、負けない

「見えたでござる! (うしとら)の方向、一里の距離! 黒い大樹の左横に、入り口があるでござる!」

「よし。隼人、あとは任せるぞ!」

「了解でござる! でも、出来るだけ早くきて欲しいでごぞるよ」


 忍者が慌ただしく動き始めた。

 まず隼人は懐から小袋を取り出す。それは出発前、シェーシャに分けてもらったクミンシードを粉末にしたもの。パラパラと自身の身体にふりかけると、近くの〈ハルタナの花〉を摘んで、森の奥へと飛んだ。


「――!! ――!!」


 妖精の一体が途中で足を止め、後続に指示を出す。

 三分の二を隼人が向かった方向へ、残る妖精をそのまま真っ直ぐ。シェーシャがいる方向に向かう。


(まさか、彼女たちは匂いで追ってるっての……ッ!?)


 確かに忍者たちは、草木や泥で匂いを消していた。

 そして自分には泥は塗られなかったが、代わりに〈ハルタナの花〉の香りをつけた。……思えば忍者は花の匂いをつけるどころか、それを避けて歩いていたように思える。

 特に隼人はずっと、木の幹と幹を飛び移りながら移動していた、と思い出す。


(クミンシードは囮として分断するため?)


 この森にない、しかも匂いの強いものなら目立つ。

 でもなぜ、〈ハルタナの花〉を摘んでいたのか?


「……」


 シェーシャは十蔵を見た。

 しかし、そこには影の姿がなかった。代わりに草の上に蹲り、弱々しい姿を見せる妖精がいる。

 血が流れる肩を抑え、憎々しげにエルフを睨んでいる。


「あの、クソ忍者アァァァァァァァァーーーッ!!」


 シェーシャは走った。

 エルフが憧れる〈ハルタナの花〉は、別名〈妖精の花〉。それが咲くところに妖精いる、とエルフのあいだで語られ続けた花だ。

 しかしそれは自生しているのではない。

 彼女たち妖精は育てているのだ。

 何のために?

 それは――侵入者につけるマーキングのためだ。


「ピィィィィ――ッ!」

「あの子を嬲ったのは私じゃないってぇぇぇぇぇッ!?」


 転げるように山の斜面を駆ける。

 追ってくる妖精は剣を抜き身に、殺す気マンマンである。


 最初に花の香りをつけたのは、見回り中の妖精に気付かせるため。

 つまり、私を囮に使った。

 郷の出入り口を見つけ、そこを通って忍者が本陣を強襲する。

 つまり、私を囮に使った。


 絶対殺す。走りながら、シェーシャは十蔵を恨みに恨んだ。

 妖精の飛行速度は速く、気がつけば脇から回り込む寸前だった。


「くッ、戦いたくないけど、こうなりゃやるしかないわね……!」


 シェーシャは足を止め、振り返って黒杖を掲げた。

 妖精たちは応じて、散開し、半球状にエルフの周りを取り囲む。


【風の精よ。我が呼びかけに応じ、ここに吹きすさびし風を呼び起こしたまえ】

【母なる土の精よ。我が呼びかけに応じ、地を震わせたまえ】


 輪唱詠唱(トロルキャスト)――。

 高速詠唱だからこそなせる二重詠唱法。杖の先端が猛烈な光を放つや、風が白い筋を伴って一つの場所に集まり猛烈に噴き上げる柱を作り出した。

 その中には大地を割ったことで、砕石や土の塊が風に巻き上げられてゆく。うねる風に石粒が、そして折れた枝葉を伴う暴風は三つ。轟音を山に轟かせた。


「よし、我ながら完璧な魔法ね!」


 これまでだったら一つで、しかも細くて大した風力ではなかっただろう。

 咄嗟でも起こせたのは、元ハイ・ウィザードの冠に相応しい、暴風柱(ハリケーンピラー)

 確かな成長の証を、この手に掴んだ気がした。


「無茶せず、退いて! そして私を囮にしたクソどもをぶち殺して!」


 風の柱は三メートルほどと高く。シェーシャを守るように左方向に旋回する。

 木々までなぎ倒すほどのこれならば、妖精も近づけまい。

 そう思ったのだが――


「ピピッ」


 何と暴風の柱を、たやすく突き破ってくるではないか。


「え……えぇぇッ!?」


 シェーシャは驚き目を剥く。

 しかも、妖精の身体には傷一つついていない。


「な、なんで! 何で傷すらついてないのよ!?」

「ピィィィッ」

「うわっ!? ちょ、ちょっと、ちょっと待ってっ!?」


 柱に囲われた半径二メートルのサークル。

 その180°、四方八方から妖精が猛烈な勢いで突っ込んでくる。

 荷車を襲われた時のように、まるで姿が見えない。


「くッ……」


 妖精の攻撃が腕を掠め、赤い筋が走る。

 スロップドパンツを掠めれば、すっぱりと口を開く。ぶ厚くて、普通のナイフでは裂くのは難しいはずなだ。

 腕から血を垂らしながら、シェーシャは当てずっぽうで空気の塊を放った。


「ヂッ!?」

「よし、私やるぅ――って、え?」


 吹き飛んだ妖精は、高く弧を描いて舞った。

 しかし、すぐにくるりと宙で受け身を取ると、


「まさか……わ、わわっ!?」


 またビュンと、猛烈な勢いで突っ込んで来たのだ。

 その一瞬に見えた姿。剣を持ち、身につけた革のブーツで、空気を蹴った――。


「まさか、そ、装備に魔法をかけてるっての!?」


 妖精はそうだと言わんばかりに空中で静止した。

 一体、二体、三体……。目で数えても、ゆうに五十は超えている。


『森のトモ。コウフクされタし』

『抵抗せヌなら、コロサなイ』


 エルフの古言語で勧告し、剣の刃に手を。

 すーっと切っ先に向けて撫でてみれば、


「ピーッ」


 刃が燃える炎を纏ったのだ。

 剣を回せば、炎がごうと音を立て輪を描く。

 シェーシャは、ほぼ同時に両手を上げて膝をついていた。


「わかった。降参、こーさん……。捕虜にでもなんでもしてちょうだい……」


 小も集まれば大となる。

 赤く燃える剣は小さく。しかし、取り囲む妖精たちのそれは、怒れる炎の如き輝きを放っていた。


 ◇


 一方その頃、妖精の森・花咲き誇る集落の中。

 その最奥にある、木の幹を模した建物では――。


「くッ……よもや、人間にこの隠れ郷を知られようとは……」


 これまでの妖精とは違う、子供ほどの大きさをした妖精が、壁にかけてあった剣を手に、侵入者を睨みつけていた。

 その前に立つのは、黒装束の忍者・十蔵である。


「話し合いに来た、と言っても通用せぬであろうな」

「何を言うかッ! 我が配下を殺し、挙げ句には拷問にかけ嬲った者の言葉なぞ、聞きたくもないッ!」

「うぅむ……。あまり時間がないので、力づくで大人しくしてもらうしかないか」

「ほざくがいいッ! この女王・ティターニアッ、聖剣〈エクスカリバー〉の名にかけて、決して人間なぞに負けはせぬッ!」


 ティターニアは剣を撫で、その刀身に炎を纏う。

 そして、ごう、ごう、とう身体の横で剣を回し、腰を落として上段の構えで十蔵を睨みつける。


 ◇


 首に腕を巻き付けられた小さな女。

 両膝をつき、真っ青になった顔・口を半開きに虚ろな目で仲間を見つめている。


「ピィーッ! ピィー……ッ!」


 剣を振った直後からの、チョークスリーパー・ホールド。

 か細い息を漏らす女に、仲間・妖精から白い布を投げ込まれる。


「……」


 女王は即落ちていた――。

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