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第10話 天秤にかけるもの

 十蔵は砂漠の街・エスタンにある娼館を訪れていた。

 燭台が明るく照らす絢爛な室内。床にはブドウやオレンジなどの果物が置かれ、近くの水差しのようなランプから昇る細くくゆる白煙は、得も言えぬ甘ったるい香を放つ。

 床の上には、胸や股間だけを隠す、きわどい衣装に身を包む女たちが横たわる。身じろぎ、腿をこすり合せるなどで挑発、熱っぽい眼差しを向けた。

 その間に値踏みをし、これだと思った者たちが立ち上がり、身体をくねらせながら男にまとわりつく。

 十蔵はその中の一人、とろりと瞼を落とす艶女の(おとがい)に指をかけ、持ち上げた。


「繋いでくれ」


 横に腰掛ければ、女はうっとしたように十蔵の胸元にしなだれかかる。

 横には女が興じていたであろうサイコロが、点から始まり動物、星などさまざまなものが乱雑に散らばっている。

 しばらくすると、奥から従業員と思わしき男が、空のグラスを手に現れた。


「お酒は何にいたしましょう」

「酒はいらん。これを受け取っておけ」


 十蔵はグラスの中に、動物が描かれた八面のサイコロを投げ入れる。

 すると女はグラスのワインを飲み干し、鼻白んだように立ち上がった。十蔵は彼女のあとについて、娼館の奥へと向かう。

 途中、倉庫のようなタルが積み上げられた部屋へ入り、一つどかせば地下に通じる階段が口開いた。長いが、底がぼんやりと橙に輝く。

 女はそこまで。十蔵は女の胸に金貨を割り入れると、階段を降りた。


「……女ではなく、宝石をお求めかな?」


 下に降りるとすぐ、いかにも悪人顔の男が声をかける。

 十蔵は無視して突き当たりの部屋に向かおうとすると、


「おい」


 と、悪人顔の男の態度が一変、荒々しく肩を掴んだ。

 十蔵は間髪入れず、男の身体を振って頭を壁に打ちつける。


「が――ッ!?」


 短い呻きをあげて気を失った男を背にして更に奥へ、目指していた部屋の扉がひとりでに開いた。

 中には男が一人。橙色のランプ灯りを受け、目や口元に濃い影を落とす。安っぽい身なりをしているが、悪そのものを思わせるどす黒い雰囲気をまとっていた。

 ジジ……と、ランプの中の火が揺れ、傍の石壁に描かれた十蔵の影が揺れる。


「……ただモンじゃねえな?」


 男は期待に目を光らせ、前のめりにテーブルに肘をつき、来訪者を覗き込む。

 十蔵は懐から、布に巻いたものを男の前に置いた。


「お前たちはかつて、王女をただの女にしたと聞いている。その功績を頂きたい」

「……」


 無言で布を解く男は、中のものを検めた瞬間、


「こ、この短刀はまさか……!」


 と、大きく目を瞠った。

 そこにあるのは、赤地に金色のライン――エルフの郷にて、シェーシャの父・カシュヤパに見せた短刀〈結界切り(フォースカッター)〉なのである。


「効果はもう薄れているが、まだ王宮などには使えるだろう」


 十蔵の言葉は聞こえていないのか。

 男は短刀に手を伸ばし、感嘆の息を漏らす。


「すげえ、ま、マジモンかよ……」


 男はうっとりと、こいつはすげえ、と何度も唸る。

 愛撫するかのように何度も撫でる。

 それもそのはず。人間とエルフの友好の証は、裏を返せば、金と言う価値観だけの“物”で繋がった絆でしかない。

 つまりは、いつでも関係断絶になる危うさを残している。

 本来の使い方・王宮に張られた賊よけの結界を破るだけでなく、国そのものを強請(ゆす)る材料にもなりえるのだ。


「これ、ま、マジか! マジでいいのか!」

「金の価値は増減しても、数は増えまい」

「へ、へへっ……お釣りを出してもいいぐらいだ。よし――」


 男が後ろの壁を。平石積みにされたブロックを掴み、慎重に引き抜いた。

 ごとん、と石を落とすと、真っ暗なその置くから小さな石箱が一つ。古ぼけ、厚い埃を被っている。

 それをそのまま十蔵に差し出した。


「〈ティターニアの宝冠〉――確かに」

「悪党との取引は一期一会、って理由を知っているか?」

「……」


 無言の忍者を前に、男は上機嫌に言葉を続けた。


「馬鹿だからよ、取引した相手をすぐ忘れちまうんだ。……が、酒を交わした相手は別だぜ?」


 何か用があれば言ってくれ、と笑みを浮かべる男に、十蔵は、


「用があればな」


 と言うだけに留め、さっと踵を返す。

 そして、部屋を出た直後。背後から、


『ウオォォーーーッ!』


 と、歓喜の雄叫びが起こっていた。


 ◇


 エルフの郷にいた時、シェーシャの父・カシュヤパはこう告げた。


 ――欲深き者は、溺れると分かっても宝を手放さぬ

 ――いくら金を積んでも得られない一品とあらば、墓の中まで持ってゆこう


 短刀の紛失をにおわせる際、エルフが持っていればあらぬ疑いがかけられる。

 しかし賊が所持していれば、あくまで“何も知らぬ友”を演じることが可能だ。

 その上、下手に隠すより安全と言える。


 ――国を滅ぼした宝冠が友好を失わせ、破滅への引き金となる

 ――いや、元より友好など、なかったのかもしれんな


 遙か昔、宝冠はここ・エスタンの始祖とも呼べる大盗賊に盗まれていた。

 それを知っていたエルフは、宝冠と短刀と交換することを提案したのだ。


(エルフに累が及ばぬよう、短刀の力を弱めるとは。奴らもしたたかよ)


 ふっと笑みを浮かべながら、十蔵は宝冠を胸に抱き、闇に消えた。

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