第9話 髭と浪漫
魔物が入り込んだのか。
シェーシャは黒杖を手に、そこに向かった。
『――にゃーっはっはっは! 怯えろ、括目せよ、人間どもーっ!』
近くまでゆき、それは魔物ではないと分かった。
重装歩兵のような外観。刃突き出た右腕、筒に収まった四つの孔を持つ左腕。全身は黒を基調とし、金のエングレーブで彩られている。
またその上には、黒衣のジャケットを着たの褐色の少女――。
見るなり、あのクソども、とシェーシャは口の中で呪詛を吐いた。
「そこのドワーフッ!」
「む?」
少女は大仰に振り返り、声の主をじろりと見下げた。
「おんや? 虚弱エルフが砂漠におるとは」
睨みあげるシェーシャに、そのナリは魔法使いか、と少女は嘲るような口調で言う。
「かーっ、頭でっかちのモヤシは選択肢が少ないのう」
「ぐぬぬッ、いったい何なのよそのデカブツ! 街の迷惑でしょ!」
「とんがり耳のものさしで決めるな。迷惑かどうかは、わしが決めるのじゃ」
「それこそ、アンタたち無法者のものさしじゃない! あんたらクソッタレが好き放題やるせいで、こっちはどれだけ割食ったか分かってるの! とっとと、そのゴミを持って失せなさい!」
「嫌じゃ。まったく、エルフはキャンキャンと犬みたいに吠える。割りなど、お前らの食うものなんか知るか。――おおそうじゃ、たまには儂らみたいに踊ってみせい」
ドワーフの少女は腰からグリップのついた黒い筒状のものを取り出し、シェーシャに向けた。
何を、と思った瞬間――バンッ、と筒先に小さな火花が飛んだ。チュンッと踏み固められた砂地に、細い煙くゆらぐ小さな孔ができている。
「わ、わわっ!? な、なにこれっ!?」
「にゃははははっ、そら踊れ踊れーっ」
バンバンと粒状の何かが、次々シェーシャの足元に。
そのたび地面には小さな孔があき、足をばたつかせて避けるエルフの姿に、ドワーフの少女はケラケラと笑い続ける。
それは火の魔法を圧縮したものだとすぐに理解した。
……が、分かったところで、どうにかできるわけではない。
「にゃわーっはっはっはー! いいぞいいぞーっ、エルフ踊りじゃーっ!」
「くっ、い、いい加減に……!」
街中だけど仕方ない、とシェーシャは黒杖を突きつける。
メイジが街中で魔法を唱えるのは違法だが、そんなこと言ってはいられない。
【火の精よ――】
拳ほどの火球が放たれ、ドワーフの少女に向かう。
詠唱の早さに少女は驚くも、すぐに顔をニヤリと歪めた。
「な――!?」
「にゃはははは! 我がゴーレムを前に、魔法なぞ無駄じゃー!」
ゴーレムが動き、剣の広い部分で受けたかと思うと、その瞬間、火球がふっと消えたのである。
「我らがドワーフの最高傑作、魔法装甲を施した最新型ゴーレム〈ヴォルカン〉じゃ!」
シェーシャの首筋が一気に冷たくなった。
高々に叫ぶ少女は、お返しじゃ、とゴーレムの左腕を前に。シェーシャは咄嗟に横に飛び退いた。
その直後だった。
ゴーレムの左腕の筒口から、ドンドンドンドンッと、拳大ほどの火球が射出されたのである。
その火球は横に、転がるシェーシャを追う。
「っ、うわっ、わわわわわわーっ!?」
「にゃははははっ、いい気味じゃーっ! 我らドワーフが編み出したクラス・射手の恐ろしさを思い知れーい!」
ごろごろ転がる内に、シェーシャの白の外套が茶色く、レオタードスーツから美しいプラチナブロンドの髪まで砂だらけになってしまっていた。
顔も同様に、頬を砂で汚しながらギッと睨みつける。
「砂地テストのつもりが、対エルフのテストまでできて満足じゃ。――おいエルフ、わしに許してほしかったらドワーフの洞窟まで足を運び、『今まで調子に乗ってごめんなさい』するんじゃぞ?」
いいな、と言い残し、ドワーフの少女は転移魔法を唱え、白い光と同時に忽然と姿を消した。
周りの人間たちは、しばらくドワーフが消えたそこを見つめ、それから敗北を喫したエルフ・シェーシャに視線を移動させる。
そこには、今にもブチギレそうに歯を噛み締める、恐ろしい姿があった。
「うがー! ムカツク、ムカツクッ! あのクソッタレの不潔ッ、毛ダルマどもッ! 今日という今日はもう許さない! 奴らの洞窟、吹っ飛ばしてッ――」
シェーシャは、周囲に立ち並ぶ人間たちを睨んだ。
「アンタら見世物じゃないわよ!」
散れッ、と杖を横に振り払うと、人間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ふん、と息を吐き、肩を怒らせながら道を引き返す。
ルナの溜まり場である広場にやってくると、十蔵が腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「――あんたは日和って、そこで隠れてんの?」
シェーシャの言葉はトゲだらけだ。
その横では、隼人が黙々と工作を続けている。
怒れるエルフに、十蔵は顔を上げただけ。
そして低い声で、
「もう手は打ってある」
と、短く告げた。
◇
「――で、そのエルフはもう、泣きそうな顔をじゃった!」
「うわっはっはっ、流石、我が娘カテリーナじゃ!」
橙色に照らされた、広い洞窟の中。
まるで宮殿のようなそこに、先ほどのドワーフの娘と、すっかり出来上がった毛むくじゃらのずんぐり体型の男が、先ほどから愉快げに話していた。
床は石畳ではなく、金網が一面に。その下にはドロドロとした赤い液体・マグマが流れ、二人の間には酒が置かれている。
またその周囲には、
「あのエルフの姿を見て確信した。このゴーレムが完成した暁には、エルフどもが揃って小便ちびるとのう」
「うむうむ、うむうむ」
壁に一面にずらりと並ぶ、同型のゴーレム。腕にはハンマーや斧、火炎放射器を放つような筒など、多彩な武器を装備している。
そして少女の後ろには、シェーシャを襲ったゴーレムが控えている。
褒めるようにカテリーナが、ぱんぱん、と相棒の胴体を叩いた、その時であった。
〈 ―― 漢ノロマン、発動シマス ―― 〉
なに、と眉を寄せるドワーフの少女・カテリーナ。
「わしも呑みすぎたかの? なにやら幻聴が……」
「流石は我が娘・カテリーナ。“漢のロマン”まで備えておるとはのう、うむうむ」
「いや、そんなものは――てか、なんじゃその“漢のロマン”とは」
「なにィ? 漢のロマンは昔から、自爆と決まっておろうが!」
「自爆……?」
カテリーナは、おそるおそるゴーレムの装甲を外す。
配線やダクトが複雑に入り組んだ中央に、核となる〈EMETH〉と書かれた紫の結晶があるだけ。そもそも、そのようなシステムなど組み込んでいない。
ほっと安心したものの、どこか不安が拭えず背面の装甲を剥がした。
すると――
【楽しい工作セット シ―四】
引き込むような驚愕声が出た。
30センチほどの緑色をしたブロック。横に残りわずかな砂時計が据えられている。
瞬間。カテリーナは酔い潰れた父を担ぎ、
「ぬおおおおおおおおおおお――ッ!?」
逃げ足速く洞窟を疾走するのだった――。




