第8話 砂漠の街
がっくりうなだれエルフのシェーシャは、人間界に。
首都から東南に位置する砂漠街・エスタンを訪れていた。
そこは忍者らが所属していたクラン・ルナが活動拠点としている街なのだが、たまり場としていた北部の広場では、マスターの女騎士・ジョアンナが寂しげに佇んでいた。
「クランのマスターである必要が感じられませぇん……」
十蔵は追放されてから音沙汰なく。
隼人はふらっと出かけたっきり、帰ってこない。
そして、同盟長・シェーシャの活動休止通告。
ルナの活動は、ここまでマスターの必要なしで動いていると言う。
「シェーシャ殿の家、意外と居心地いいでござるからなぁ」
「飯以外は普通に住める」
「うるさい不法滞在者どもッ! ねずみの如く勝手に上がり込んでいる分際で!」
喚くシェーシャであったが、ジョアンナに向き直ると、顔を引き締めながら、小さく、しかしギリギリ聞こえる声で、
「ごめんなさい」
と、頭を下げた。
ジョアンナは何のことか分からず。突然謝られて狼狽してしまう。
それでもシェーシャは、しばらく頭を下げ続けた。
「負け込んでいた時、私、みなに酷いこと言っちゃったでしょ」
「あ、ああ……」
思い出しと納得。そのほか、様々な感情を見え隠れさせる返事に、不満の声がたくさん受けていたのだろう、と察す。
これに、一段と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「やり直してみて、私は仲間を信用していなかったって気付いたの。今度はそうならないようにする。だから、今一度、ルナとそしてマスター・ジョアンナの力を貸してほしいの」
気位の高いエルフの言葉とは思えない。
驚きで呆然としていたジョアンナであったが、ぐっとシェーシャの手を取ると、何度も頷き応えてみせた。
「断る理由があるものですか。このジョアンナ・ルーク、骨惜しみなく協力させていただきますよッ!」
「あ、ありがとうっ!」
ぐっと関係を確かめ合うマスター二人。
絆を確かめ合うそんな二人の傍ら、忍者たちは背を向けゴソゴソと何かしていた。
「ようやく〈忍者 友の会〉が開けられるでござるよ」
「む、もう出ていたのか。今季号の付録は何だ?」
それにシェーシャは「空気読めッ、馬鹿忍ッ!」と、目くじらを立てる。
「おお、〈茶運び人形〉のようでござる!」
「人の話を聞けッ!」
無視されるシェーシャであるが、隼人が嬉々と持ち上げたものに興味があるらしく、そっと後ろから覗き込む。
手に持つ布袋は、丸や角張った膨らみが。大小さまざまな木片が入っているようだ。
「なにそれ、積み木?」
「茶運び人形だ。からくり仕掛けで、盆の上に茶を乗せると運んでくれる」
と、十蔵。
シェーシャ、なんだ、と興ざめした。
「そんなので喜ぶなんて、子供ね」
ふっと、肩をすくめる。
「前号がドタバタで買い損ねたでござる……。十蔵殿、前の付録は何だったでござる?」
「前は〈楽しい工作キット・時限式爆弾セット〉だった」
「何でそんな振り切ってるのよ……」
羨む隼人の横で、やはり忍者はワケが分からない、と頭痛を覚えてしまう。
忍者に関する情報誌と聞いて、パラパラとめくってみたものの――城への潜入方法や鎖帷子の手入れの方法、使用する武器、くのいちの半裸絵など、大した情報は載っていない。
しかも薄く、ものの数分で読める。
「……こんなもの、金出して買ってんの?」
「全員が付録が目当てだ。内容自体は忍びなら全員知る、浅いものだからな」
「ふうん。だけどその人形は面白そうね。動力もなく動くおもちゃは興味深い――どこで買えるの?」
「忍者のみが購入できる通販だ」
シェーシャの両目が線になった。
忍者なら誰でも知る情報しか書かれない書籍を、忍者しか買えない。
どう言ったコンセプトで売り出したのか、目的がまるで分からない。
◇
砂地の上。せっせと木工に勤しむ隼人の横で、シェーシャは懐から出した地図を睨み、本を開き、宙を見上げた。すべて妖精に関する資料である。
――スタート地点から無理がある
少し考えただけで、胃がキリキリと痛む。
決死の覚悟で妖精族の集落を見つけ、乗り込み、女王・ティターニアに剣を納めて講和を結べと命じ、人間・王族と妥協点を探らねばならない。
そして、その妥協点も一つのみ。
――収奪された宝冠の返却
宝冠は女王の頂に乗せられていたもの。簒奪との言葉をあてても、決して言い過ぎではない。
人間側も森を焼いてまで得た以上、すぐに返還すれば内外からの反発は必至。当時ですら、凶徒や愚王などと不名誉な誹りを受けたと聞いている。
(王宮の荷を襲ったのは本気でマズいわ……。宣戦布告と同等の挑発行為だし、感情のぶつけ合いによる泥沼化が目に見えているじゃないの……)
穏便に進めるにはまず、代表者同士による対話をおこない、四年、五年かけてもつれた関係を解きほぐしてゆく。そこで講和の大綱を作成してから、国のリーダー同士で会談からの採択――。
「今ここで急死しても、私は神を恨まない……」
つらい、大変、などではない。
ひたすら面倒くさい。
四年、五年が四十年にも五十年にも感じる。
(忍者どもは何か考えあって動いているようだし、もう丸投げしようかしら……)
そう思いながら、額に浮かぶ汗を拭った。
春の陽気は夏の日差しへ。特にここは砂漠地帯のため、日差しは首都やエルフの郷とは比べものにならない暑さだ。
胸元に浮かぶ汗の珠は、白く滑らかな肌を流れ谷間に落ちる。
露出の高いメイジの服は快適ではあるが、日焼けのデメリットもある。
クリームを塗らなきゃと、鞄を膝に乗せたその時――遠くで悲鳴が起こった。
「また物取りでも起こったの?」
砂漠地帯はシーフギルドがある。南にはその上位クラスとなる追跡者の根城を置けば、北の山岳地帯には暗殺者が拠点を構える。
近年では、西に吟遊詩人、そして踊り子と称した娼婦のギルドまでもが創立され、砂漠の街・エスタンは、光と闇を有する歓楽の街となっている。
元より喧嘩、物取りなどは日常風景な街なので、シェーシャも顔を上げて悲鳴のした方を向いただけ。
しかし、近くに立っていた十蔵が、警戒を露わにしていることに気付いた。
「……どうしたの?」
「物取りではないようだ。金属を打ち鳴らす音がしている」
「てことは、斬りあい?」
いや、と十蔵が言うので、シェーシャは立ち上がって通りに出た。
そしてその方向を望んだ瞬間――えっ、と目を瞠った。
「な、なに……まさかあれ、ゴーレム!?」
視線の向こうに見える、大きな交差路。
そのど真ん中に、ゴーレムと思わしき巨大な物体がそびえていたのだ。
※新年、明けましておめでとうございます。
昨日よりも面白い文章・作品を目指し、2019年も投稿していきたいと思いますm(_ _)m




