表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/74

第4話 帰省

 かつて栄華を極めた古城・トルプカプ宮殿――。

 終焉を迎えた日、王族と関係者は宝冠などの財を持って逃げおおせただが、王女は逃げ遅れてしまう。

 その王女の(いただき)に乗せられていた宝冠を、探索していた一人の妖精が、それを偶然発見したことが、すべての始まりだった。


 権威と権力の象徴とも言える金色の輪。

 発見を知った王族が、権利はこちらにあると主張したのである。

 これには妖精族も強く反発し、同じ森の民・エルフを味方に真っ向から人間と対立、宝冠を巡った諍いは永きに渡ることとなった。

 これに業を煮やした王族は、周囲の反対を押し切り、何と彼女らが棲まう森を焼き払えと命じてしまったのである。


 その後、妖精たちの目撃報告はなく。


 権威の象徴は愚行の象徴に。

 当時の王族とその関係者は、歴史の隅に追いやるかのように宝冠を封じたのだ。

 そして、数百年の時を経て、再びこの大陸に妖精が現れる――。


 姿見えぬ襲撃者の正体。それは、紛うことなき彼女たち・妖精族であった。

 積荷は木箱一つが破損。中にあった銀鉱石が数個、奪われただけに留める。

 襲撃を受けたシェーシャたちは、後始末をジェラルドに任せ首都・ポルトラに戻っていた。


「シェーシャ、いくわよ」


 まだ外が藍色に染まる中、ファファはエルフの背に足をかけながら言う。


「よしこいッ」

「せーの――!」


 下着姿のシェーシャは、ふっ、と息を吐いた。

 ファファは彼女が腰に巻いたコルセットの紐を、手に硬いコブを作りながら、ギリギリと引っ張る。

 薄ぐら闇の中でも、レースがあしらわれた純白のコルセットと、ぴいんと張る紐がキラキラ輝きを放つ。


「んぎぎぎぎぃぃっ!」

「くっ、ぬぅぅ……あ、あと五ミリ……ィ!」


 息が止まりそうになるシェーシャの横・ベッドの上に、弁柄(べんがら)色のドレスが一着。地味な色合いだが、清楚で落ち着いた雰囲気が漂う。

 袖口や、両肩から腹部、そこからスカートの裾にかけて緩やかに膨らむ金色のレース帯があしらわれているが、嫌味さはまるで感じられない。

 下半身にはまるで防具かと思えるような、細い金属が編み込まれたガードルを着用し、太腿までのストッキングをベルトで留める。

 補正下着でガチガチにした上にドレスを着れば、美しいラインを描く身体のエルフが現れる。

 苦しさに耐えながら髪を梳き、ネックレスなどの装飾品を身につけ、それはやっと終わりを迎えるのだった。


「ああ、もう……面倒くさいったらありゃしない」

「シェーシャ。あんた太ってない? 前より絞りにくくなってるわよ」

「う゛……そ、そんなはずないわ……っ」


 最後に着た三年前に比べ、苦しくなっている。

 それが勘違いだと言い聞かせながら、シェーシャはテーブルに立て掛けていた黒杖と小さなカバンを提げ、ファファに向き直った。


「じゃあ、留守は頼むわね」

「はいはい。帰るのはどれくらい?」


 しばらく思案し、わからないわ、と首を振った。


「二週間はかかるかもね。あと小言も聞かなきゃなんないし」

「ま、たまの郷帰りなんだから、ゆっくりしてきなよ」

「あんなところ、一日もいたくないわ」


 悠長にしていられないし、とリュックに目を落とす。

 中には棺桶にみたてた木箱。そこには、妖精の遺体が納められている。

 親友とも言えるファファであるが、王宮の荷を襲った犯人が妖精ということは、彼女にも話していない。


「――じゃ、行ってくるわね」

「はいはーい」


 シェーシャは転移の魔法を唱え、床に浮かび上がった光の中に身を投じる。


 ◇


 周囲は一瞬にして、平石積みの壁から木漏れ日が差し込む深い森の中に。

 雨が降ったのだろうか。薄暗い森には濡れ落ち葉の絨毯が広がっていた。

 シェーシャは道なき道・立ち並ぶ木々の間を抜け、薄暗くぼやけた森の奥へ向かって歩き始める。


(ホント、考えるだけで気鬱なことばかりだわ……)


 目指す先は、故郷・エルフの郷。

 そこで妖精族について調べることが目的だ。人間界では妖精族についての資料が乏しく、知識も浅い。また迂闊に訊ねるな、と忍者・十蔵が言うため、魔法学院に通っている世話になった老師も頼れない。


 ――エルフの輪の中に身を置き、発言権を持つ者一人に絞れ


 言われたものに該当する存在は、制限されずとも一人しかいない。

 内々に対応にあたるため、首都に戻るとすぐ帰省の準備を始めた。


『ついてこないでよッ!? 絶対についてこないでよッ!?』


 忍者どもにはそう命令してあるけれど、と後ろを振り返る。

 目に映るのは、朝露が光る森の景色。耳に届くのは、木の葉擦れと遠くで鳥がさえずる森の音だけだ。

 なのに、とてつもなく不安なのはどうしてか。

 首の裏がもぞもぞするのに耐えつつ、再び歩き始めた。


(人間を郷に入れたりなんてしたら、お父様の頭の血管が破裂しかねないわ……)


 はぁ、とため息を吐く。

 どちらにしても、待つのは面倒臭い時間である。

 シェーシャはフラフラと木を避けて歩いているが、決して気まぐれでしているわけではない。法則性を持って歩いていると、やがて大きな股木が生える場所に差し掛かった。


【森よ。我らが道を開きたまえ】


 古のエルフの言語で唱えれば、股木の狭間が突然、ゆらりと波打ち始める。

 これがエルフの郷への繋がる道であった。普通に歩けばただの森だが、立ち並ぶ木々を抜ける順番、足どりを正しくてやっと、結界を張った入り口に到達できるのだ。

 シェーシャは後ろを睨むように確かめてから。「よし」と小さく意気込み、その波打つ扉に身を投じる。

※2200文字と少ないので、22時くらいにもう1話投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ