第4話 帰省
かつて栄華を極めた古城・トルプカプ宮殿――。
終焉を迎えた日、王族と関係者は宝冠などの財を持って逃げおおせただが、王女は逃げ遅れてしまう。
その王女の頂に乗せられていた宝冠を、探索していた一人の妖精が、それを偶然発見したことが、すべての始まりだった。
権威と権力の象徴とも言える金色の輪。
発見を知った王族が、権利はこちらにあると主張したのである。
これには妖精族も強く反発し、同じ森の民・エルフを味方に真っ向から人間と対立、宝冠を巡った諍いは永きに渡ることとなった。
これに業を煮やした王族は、周囲の反対を押し切り、何と彼女らが棲まう森を焼き払えと命じてしまったのである。
その後、妖精たちの目撃報告はなく。
権威の象徴は愚行の象徴に。
当時の王族とその関係者は、歴史の隅に追いやるかのように宝冠を封じたのだ。
そして、数百年の時を経て、再びこの大陸に妖精が現れる――。
姿見えぬ襲撃者の正体。それは、紛うことなき彼女たち・妖精族であった。
積荷は木箱一つが破損。中にあった銀鉱石が数個、奪われただけに留める。
襲撃を受けたシェーシャたちは、後始末をジェラルドに任せ首都・ポルトラに戻っていた。
「シェーシャ、いくわよ」
まだ外が藍色に染まる中、ファファはエルフの背に足をかけながら言う。
「よしこいッ」
「せーの――!」
下着姿のシェーシャは、ふっ、と息を吐いた。
ファファは彼女が腰に巻いたコルセットの紐を、手に硬いコブを作りながら、ギリギリと引っ張る。
薄ぐら闇の中でも、レースがあしらわれた純白のコルセットと、ぴいんと張る紐がキラキラ輝きを放つ。
「んぎぎぎぎぃぃっ!」
「くっ、ぬぅぅ……あ、あと五ミリ……ィ!」
息が止まりそうになるシェーシャの横・ベッドの上に、弁柄色のドレスが一着。地味な色合いだが、清楚で落ち着いた雰囲気が漂う。
袖口や、両肩から腹部、そこからスカートの裾にかけて緩やかに膨らむ金色のレース帯があしらわれているが、嫌味さはまるで感じられない。
下半身にはまるで防具かと思えるような、細い金属が編み込まれたガードルを着用し、太腿までのストッキングをベルトで留める。
補正下着でガチガチにした上にドレスを着れば、美しいラインを描く身体のエルフが現れる。
苦しさに耐えながら髪を梳き、ネックレスなどの装飾品を身につけ、それはやっと終わりを迎えるのだった。
「ああ、もう……面倒くさいったらありゃしない」
「シェーシャ。あんた太ってない? 前より絞りにくくなってるわよ」
「う゛……そ、そんなはずないわ……っ」
最後に着た三年前に比べ、苦しくなっている。
それが勘違いだと言い聞かせながら、シェーシャはテーブルに立て掛けていた黒杖と小さなカバンを提げ、ファファに向き直った。
「じゃあ、留守は頼むわね」
「はいはい。帰るのはどれくらい?」
しばらく思案し、わからないわ、と首を振った。
「二週間はかかるかもね。あと小言も聞かなきゃなんないし」
「ま、たまの郷帰りなんだから、ゆっくりしてきなよ」
「あんなところ、一日もいたくないわ」
悠長にしていられないし、とリュックに目を落とす。
中には棺桶にみたてた木箱。そこには、妖精の遺体が納められている。
親友とも言えるファファであるが、王宮の荷を襲った犯人が妖精ということは、彼女にも話していない。
「――じゃ、行ってくるわね」
「はいはーい」
シェーシャは転移の魔法を唱え、床に浮かび上がった光の中に身を投じる。
◇
周囲は一瞬にして、平石積みの壁から木漏れ日が差し込む深い森の中に。
雨が降ったのだろうか。薄暗い森には濡れ落ち葉の絨毯が広がっていた。
シェーシャは道なき道・立ち並ぶ木々の間を抜け、薄暗くぼやけた森の奥へ向かって歩き始める。
(ホント、考えるだけで気鬱なことばかりだわ……)
目指す先は、故郷・エルフの郷。
そこで妖精族について調べることが目的だ。人間界では妖精族についての資料が乏しく、知識も浅い。また迂闊に訊ねるな、と忍者・十蔵が言うため、魔法学院に通っている世話になった老師も頼れない。
――エルフの輪の中に身を置き、発言権を持つ者一人に絞れ
言われたものに該当する存在は、制限されずとも一人しかいない。
内々に対応にあたるため、首都に戻るとすぐ帰省の準備を始めた。
『ついてこないでよッ!? 絶対についてこないでよッ!?』
忍者どもにはそう命令してあるけれど、と後ろを振り返る。
目に映るのは、朝露が光る森の景色。耳に届くのは、木の葉擦れと遠くで鳥がさえずる森の音だけだ。
なのに、とてつもなく不安なのはどうしてか。
首の裏がもぞもぞするのに耐えつつ、再び歩き始めた。
(人間を郷に入れたりなんてしたら、お父様の頭の血管が破裂しかねないわ……)
はぁ、とため息を吐く。
どちらにしても、待つのは面倒臭い時間である。
シェーシャはフラフラと木を避けて歩いているが、決して気まぐれでしているわけではない。法則性を持って歩いていると、やがて大きな股木が生える場所に差し掛かった。
【森よ。我らが道を開きたまえ】
古のエルフの言語で唱えれば、股木の狭間が突然、ゆらりと波打ち始める。
これがエルフの郷への繋がる道であった。普通に歩けばただの森だが、立ち並ぶ木々を抜ける順番、足どりを正しくてやっと、結界を張った入り口に到達できるのだ。
シェーシャは後ろを睨むように確かめてから。「よし」と小さく意気込み、その波打つ扉に身を投じる。
※2200文字と少ないので、22時くらいにもう1話投稿します




