第2話 放逐されました
首都・ポルトラの西南。
シーフギルドを構える荒野街・エスタンの酒場横――。
「同盟会議と言うか同盟長・シェーシャさんの独断により、ジュウザさんはクランより追放となりましたぁ……」
忍者が所属するクランの長・女ナイトは、こってり絞られたのか疲れ果てた様子で沙汰を告げた。
他にはプリーストや、それから派生した修道士、ナイトやレンジャーなども集まり『さもありなん』と言ったように頷き続ける。
「うぅむ……かのような大ごとになるとは」
「あんなドセクハラ喰らえば、誰だってぶちギレるに決まってるでしょう。しかも重大な局面で」
「相手の詠唱が終わる前に再詠唱を行い、ギリギリ敵将撃破で締める見立てだったのだが……まさか杖を落とし、悶絶するとは思わなかった」
忍者はそう述べると、クランの長は眉を落とした。
同盟長の尻に突き刺した直後のこと。
弓なりに反り返った彼女は、杖を手放し膝から崩れた。そして相手の大魔法〈大火球〉を受け、前線にいた部隊が全滅した。
「それのどこが締まるって言うの」
「ケツしか締まらなかった」
「ばかたれ」
そしてその結果――同盟・アルカナの連勝は99でストップ。
絶対王者の敗北は、首都中の話題となった。
『あのクソ忍者の首を出せェーッ!』
同盟長・シェーシャは、魔法で街を吹っ飛ばしそうなほど怒り狂う。
同盟の解消まで飛び出していたのだが、忍者が所属するクラン・〈ルナ〉が占める戦力が大きく、他のクランの長が必死に諫めた。……ものの、行為そのものまで容認できない。反対意見がないまま、忍者の追放が決定したとのこと。
この説明に、後ろで控えていたもう一人の忍者が難しく唸った。こちらも忍び装束であるが黒頭巾をしている。
「十蔵殿が去るとなると、この先、更に難しくなるでござるな」
「まぁいい機会だ。私の役目は隼人に任せるとしよう」
「十蔵殿の代わりは、拙者には務まらぬでござるよ」
隼人と呼ばれた忍びは目を細める。
ただの同僚ではない。供に大陸へと渡ってきた乳兄弟であった。
「すべてはこの敗北から気付くかどうか、でござるな」
うむ、と頷く十蔵。
二人の会話に、同じクランの者たちは首を傾げるばかり。
実のところ、忍者が戦場で何をしているのか、誰も知らないである。
◇
忍者を追放してから一ヶ月――。
所属していた同盟・アルカナは、あれからも模擬戦を続けていた。
……が、その様子はこれまでと明らかに違う。
正面の氷柱飛び出すアイスウォールを溶かさんと、ウィザードと共に突撃したナイトたちであるが、そこに到達すら出来ず、吹き荒れる凍てつく風に飲まれて消えた。
追従していたシェーシャは、後ろに大きく飛び退って難を逃れたものの、正面にはがらんとした通路が広がっている。
「――ちょっとッ、反魔法霧はどうしたのッ!」
シェーシャは唾を飛ばしながら振り返る。
視線の先に賢者がいるが、敵からの投石を受けたらしく、頭を抑える恰好でうずくまっていた。
それ以外の賢者はおらず。探してみれば、はるか後ろに突っ立っていたりと、まるで連携が取れていない。誰もフォローに回れないのは一目瞭然だった。
「なんで――いえ、こうなったら私がッ」
しかし、その直後――信じられない光景が広がった。
頭上が赤く染まったかと思えば、おびただしい数の火球が振り落ちたのである。
昇る轟音に悲鳴がかき消され、シェーシャも熱を伴った衝撃波を防ぎきれず、勢いのまま後ろに尻餅をついてしまう。
――大火球
火の大魔法の直撃を受けた。
モタつきながら立ち上がるシェーシャであったが、
「そ、んな……」
眼前に広がる光景に言葉を失っていた。
仲間のレンジャーやプリースト、メンバー全員が消え、太い硝煙がくゆらぐだけの燦々たる光景が広がっていたのである。
気配に振り返ると、塁壁の上に魔導師の隊列が。その後ろから、勝ち誇った笑みを浮かべる女が割って現れた。
「うふふふ……いい気味ね、シェーシャ」
「くッ」
それは、敵同盟・〈ハルジオン〉のマスターであった。
シェーシャは杖を構え、魔法を唱えようとするも、
「ッ……」
どこからか矢が飛び、太ももを掠める。
矢は一発ではない。それに投石も加わり、雨のように飛び向かってくるではないか。
転がり、飛び退り、シェーシャは必死でそれを躱し続ける。得意とする高速詠唱であるが、これでは詠唱どころではない。
もとから俊敏ではないし、すべて躱しきるのは不可能だ。
そして案の定、投げられた石が背中に直撃し、
「あぐ、ぅッ!?」
痛みに情けない声が洩れ、片膝をついた。
耳には嘲るような歓声が、それもっと、泣かしちまえ、などと聞こえてくる。
息ができない。矢は止んだが、代わりに投石が容赦なく降りかかる。両腕で頭を庇うのが精一杯だった。
「ぐっ……ぅッ、う……ッ……」
「あっはっはッ! 無様ねぇシェーシャ。あんたはそうやって、惨めな姿を見せるのがお似合いだわ」
女は高々と笑う。
地面に這いつくばる恰好のまま、忌々しげに睨み上げたそこには、自信たっぷりに杖を掲げる敵マスターの姿が。それがシェーシャが見た、最後の光景であった――。
◇
首都・ポルトラの酒場は剣呑な空気に包まれ、シェーシャの金切り声が響き続けていた。
「何でアンチマジックミストを唱えなかったのよ!」
「え、詠唱妨害されたのよ……」
シェーシャだけ立ち、他の者たちは丸テーブルに座ったまま。
同盟の面々は、面倒くさそうに顔を伏せ、沈黙を保っている。
それが彼女の怒りを煽り、更にエスカレートさせた。
「妨害されない場所にいなさいよ! それに護るナイトらは何してたのッ、ぼけっと突っ立っているだけなのッ!」
ナイトから始まり、レンジャーやプリースト……あらゆるクラスを誹り続ける。
罵詈雑言に耐えかね、一人が無言で酒場を背にすれば、それを追うようにまた一人。それを止めようとする者は誰もおらず、次々と立ち去ってゆく。
(これはマズいでござるな)
残るはシェーシャのクランだけ。
酒場の屋根裏に潜んでいた隼人は、ついに彼らまで席を立ったのを見て、小さく首を振った。
(猛進による勝利が警戒心を失わせる。十蔵殿が危惧していた通りでござる)
騎士は遅鈍とした動きを嫌い、前に飛び出す。
狩人は勘が鈍り、射るべき相手を見極められない。
魔術師や魔導師、賢者や僧侶はあちこち右往左往し、結果的に各個撃破されてしまう。
同盟長の糾弾に立腹して責任を負わせているが、実際のところ、勝利することに慣れきった組織全体の問題なのである。
「何よッ、もう……ッ!」
扉に杖を投げつけ、机に突っ伏すシェーシャ。
(原因がシェーシャ殿にある――これをどう気付かせるべきか、でござるな)
十蔵殿ならどうするか。
悔しさに小さく肩を揺らし、しゃくり上げる彼女の背を見ながら、隼人は思案を続けていた。