第2話 抗えぬ君命書
謁見の間を退室したのはそれからすぐのこと。
退室というよりかは、逃げるようにしてとの言葉が正しいだろう。
忍者二人を加えたシェーシャは、城門の前で、ぼうっと突っ立っている。
「ちと臭うでござる。何者か情報を与え、我々を狙うよう唆したのがいるやも」
「捨て置け。王の様子からして、知るのは僅かなもの。半端な情報で動けば、混乱と失敗を招くだけだ」
「確かに。結果として王は、手練れ十名を失ったでござるからな」
ここでやっと、シェーシャは声を絞り出すように発した。
「あ、あんたって、忍者のマスター、だったの……?」
「言うことを聞いているのは隼人だけだがな。琴に倣って、殆どが大陸のクラスに興じている始末だ……」
困った様子で息を吐く十蔵に、隼人は「弟でござるから」と楽しげに笑ってみせた。
◇
この日の夜。王宮の一室では終わらぬ会議が続いていた。
部屋には大臣や側近など、王に近い者が座る。
話される内容は、昼間の惨事について――選りすぐりの近衛と陣頭指揮を執っていた古株の重臣が、為す術なく殺されたのだ。それも、王の眼前で。
勝算あっての行動であったはずが、敵の力量を見誤るという不始末に、多くの者たちは戦々恐々としていた。
「――連中を、一刻も早く断罪に処すべきだ!」
大柄な身体に茶のベストを着用した、厳めしい顔の中年男が高々と叫ぶ。
すると、横に座っていた痩身の男が手を伸ばし、落ち着きくだされ、と腰をあげて主張する男の腕を軽く抑えた。
「ポール殿をはじめとした近衛は、王ご自身が選出したもの。そして王ご自身が攻撃を命じた。荷を奪った犯人と決めつけてかかり、返り討ちにあったことへの報復など、王の顔に泥を塗りたくると言うものでございますぞ」
「ぐ……し、しかし」
「それに、誰が手を下すと言うのか。剣聖と謳われたポール殿だけでなく、彼が手塩にかけて育てた選りすぐりの精鋭たちまでもが、何もできぬままやられたのですぞ」
茶のベストの男は唸り、憤懣やるかたない感情を椅子にぶつけた。
しかしそれでも気持ちは晴れないのか、歯を強く噛みしめ、机の上に置かれた握り拳を硬くする。
「忍者のクラスは誰一人として会得できず。また侍なるクラスも、〈カタナ〉なるヤワな剣のせいで使いものにならん。東の国、連中とは断絶すべきだ!」
「今はそのことを話し合う時ではない。まずはポール殿の席に誰を置くか、そして近衛の補充も。加えて、フォーレスへの荷の件が先決。議論がまるで進んでおらぬではないか」
痩身の男の言葉に、誰もが押し黙ってしまう。
つかの間の沈黙が落ちたのち、入り口に最も近い、萌木色の小ざっぱりしたジャケットの中年男が、よく通る声をあげた。
「荷に関しては、このウォルシュ家にお任せくだされ」
茶のベストの男が、じろりと睨む。
「陸に揚げられた魚風情が、黙ってろ」
「港町・ワジからの船荷は、我らが一同に引き受けています。我が息子・ジェラルドを筆頭にして、届けさせましょう」
「なおのことよ。あんなヒョロガキに何ができる? 奴が率いるクランが、一度、模擬戦で頂点に立つ者を破ったからと言って思い上がるでないわ」
「おや。その様子では、エヴァン殿が賭けで大損された、との噂は本当のようですな」
「何をッ!」
エヴァンと呼ばれた男は、再び腰を上げた。
椅子が倒れ、一触即発の空気が漂ったが、横にいた痩身の男が窘める。
萌木色のジャケットの男。それはかつて十蔵が手を貸した、そしてその妹の夫であるクラン・ディストリクトのマスターである、ジェラルドの父――ドナハ・ウォルシュだった。
「簡単な話です。忍者に怯えるのならば、いっそ内に引き込んでしまえばいい」
「ッ、やはり侵略者の血であるな! あのような連中を城に入れるなぞ――」
「まぁーまぁー。いちど深呼吸をして下され。荷を襲う者の姿が見えず、この城の手練れの数が減る一方、そこに忍者とやらがぶつかれば、結果は見ものでございましょう?」
室内に小さくどよめきが起こる。
「荷を護れねば奴らは死ぬ。仮に上手く護れたとしても、それを功として閑職を与え、王宮勤めという鎖で飼い殺しにすればよいのです」
なるほど、と部屋にいる者たちは顔を見合わせ、頷き合う。
これにはエヴァンも噛みつくことはできず。なし崩しに二つの問題が解決されることに、ドナハを忌々しげに睨むだけであった。
◇
それから二週間――。
シェーシャの部屋の中。家主はテーブルの前に、思い切り目を据わらせていた。
「もはや、文句言うのが馬鹿らしくなってきたけど」
壁にもたれ掛かる十蔵と、天井に張り付く隼人。
そして更に、テーブルについていた金髪の優男が一人。エルフのギロリとした目線を受けるや、弾かれるように立ち上がった。
「は、初めましてシェーシャ様っ! 私はドナハ・ウォルシュの子、ジェラルドと申しますっ!」
頭を下げるジェラルドに対し、シェーシャは、ふん、と鼻を鳴らすだけ。
かつての模擬戦を見ていたが、実際に目の前にすると更に頼りない印象だ。
「何でこのヒョロ男までいるのよ。うちを憩いの場にしないでくれる?」
「この者の父が王宮に務めており、今回、荷運びの指揮を執ることになった」
十蔵が代わりに答えるが、シェーシャは「答えになってない」と眉を上げる。
「忍者を警護に使いたいとのお達しでござる。しかし、ジェラルド殿は十蔵殿の妹君・琴殿の夫とは言え、それを大っぴらに言うのは憚られることでござる」
「……で?」
「忍びを飼うシェーシャ殿を通じるしかない。おめでとう、荷運びの一員に選ばれたでござる」
「アホッ、アンタらホンモノのアホッ! 何で私を巻き込むのよッ!」
仕方ないでござる、と隼人が言うと、ジェラルドは、
「シェーシャ様のお力添えが必要なのです」
「あのね、私がやる道理なんて一切ないわけ。分かる? こいつら忍者を使いたいなら、どーぞご勝手に」
ひらひらと手を振るシェーシャに、
「それがその……」
と、青年が申し訳なさそうな表情で口を開く。
「王から、君命書を賜っておりまして……」
おお、とテーブルに両手をついて頭を垂らすシェーシャ。
予想はしていた。
確実に動かすため、絶対に逆らえぬものを盾にするだろう、と。
「世間知らずの連中のことよ。報酬もどうせ、はした金でしょ」
「成功報酬は、それなりの席を用意するとのことだ」
十蔵の言葉に、シェーシャは顔を伏せたまま答えた。
「……王宮にいる奴を一人、処刑したいんだけど?」
「問題なかろう。処刑人の席は多くあって困らぬ」
「……女王の近衛であっても?」
「死は万人に与えられる権利だ」
よし、と顔を上げたシェーシャ。
物騒な言葉のやりとりにジェラルドは、とんでもない人らと拘わってしまった、と目を泳がせ続けるのだった。




