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第6話 プリズンブレイク

「――十蔵殿の後ろについていたため、拙者は失敗を知らなかった。あれは妹君が仕向けたものだと、後で知ったでござる。おかげで拙者は愚かな考えを捨てられ、裏方に徹するようになれたでござるよ」

「ふふっ、シェーシャとは大違いですね」


 あの子ならその場で断罪ですよ、と笑う。


「だけど、最近はなんか丸くなったというか、ちょっと真面目にやる――」


 言いかけ、牢の向こうに目を向けた。

 コッコッと石畳を叩くブーツの足音に、それを追う複数の骨の音。ファファだけでなく、他の牢にいる者たちも身体を強張らせた。


「おーほっほっほっ! 弱っちい人間たち、いよいよお楽しみの時がきたよ」


 それは、隼人たちを捕らえた女看守であった。

 緑がかったカーキ色の軍服。丸い曲線から鋭く尖る目尻。鼻はツンと上を向き、ほどよく膨らんだ唇。そしてそれらのパーツを納める輪郭も、すっと整った線を描く。

 魔物と言われねば、長身のキツい雰囲気を醸す美しい女だった。


「まずは誰を拷問にかけてやろうかねえ。――お、エルフがいるじゃないか」

「ひ……っ」


 斜め前の檻を覗き込む女看守。


「アンタは運がいいよ。今日は骨を砕きたいんだ。、アンタは明後日の生皮剥ぎの時にしてあげるよ。剥き出しになった肉に塩を揉み込んで、たぁーっぷり時間をかけてオークに変えてやるよ」


 余命宣告。己の末路を告げられ、エルフは言葉を失いガタガタを震えている。

 覗き込む女看守は恍惚の表情を浮かべると、今度は収監された者に向かった。


「聞いての通り、日を追うごとに拷問は厳しいものになってゆくよ。ここにいるのは五十人、一日一人、死ぬまでやってやる。つまりは今日から五十日の命だ。軽いもので死にたいなら早く名乗り出るように。ああそうだ、指名してもいい。醜い(ののし)り合いを、アタシに見せておくれ、おーほっほっほっ!」


 口元に手首の裏をあて高笑う女看守に、人間たちは絶望感を漂わせた。

 助からない。早く死んだ方が。選択を迷っているのが、空気で分かる。

 どうあれ、惨たらしい死を迎えるのは確実だ。今日、明日、明後日……耐えて、指名を逃れ続けても、仲間の悲鳴に耐えかねた者が現れるだろう。

 面白い趣向だ、と隼人は壁にもたれかかりながら、牢の前を通る女看守を眺めていた。


「やはり、魔界の看守・〈微睡みの(オ・ルヴォア )茨姫(ターニア)〉……!」

「ほー、アタシを知っているとはお目が高い。貴女にはとっておきの拷問を用意しておいてア・ゲ・ル♡」


 オ・ルヴォア ターニアと呼ばれた女看守は、


「〈産みの苦しみ〉って、回すとニードルが飛び出すのがあるんだ。脳天を貫いても完全には死なないそれを、股の穴からじわり、じわりと突き昇ってゆく。魔族とっておきの道具さ」


 と、鉄格子から覗き込みながら口元を不気味に歪めた。

 唇を噛んで恐怖に耐えるファファは、助けを求めるように隼人に横目を向ける。

 ……が、


「……あれ?」


 見えるのは、古石を積む壁のみ。

 確かにそこにいたはずの隼人が、忽然と姿を消していたのである。

 いったいどこに、とファファが目線を動かすと――


「ちょっとお願いがあるでござる」


 どう言うわけか檻の外に、女看守の真横に立っていたのである。


「うおああッ!?」


 女看守も予想だにしなかったことか、転ぶような後ずさりをした。


「お、おお、お前ッ、ど、どうやって外に出たッ!?」

「忍びに鍵扉や檻は無意味でござるよ」


 言いながら「ちょっと話があるでござる」と、女看守の横に回り込む。

 腰の後ろに腕を。隼人は詰め所があるであろう通路の奥に向かって歩き始めた。


「や、やや、やめろっ!? 私に触るなっ!?」


 おいっ、と女看守は喚くのだが、抵抗するような足取りではない。

 収監された者はもちろん、随伴していた囚人服姿の骸骨も、顎が落ちそうなほど口を開いたまま唖然と、導かれるまま闇に消える女看守の背中を見送り続けるのだった――。


 ◇


 詰め所は牢が並ぶ通りから、ずっと奥にあった。

 中央には白の丸いテーブルが置かれ、上には飲みかけの紅茶が入ったティーカップが一つ。他には棚が一つ、ペンチやノコギリ、ハンマーと言った拷問に使うであろう工具が並べられている。

 女看守が模様替えしたのか、ずいぶんとスッキリとした所だ。


「なかなかいい雰囲気でござるな」

「さ、サシでアタシをやろうってのかい」

「そのつもりでござるが、拙者、こう見えて血生臭いのは苦手でござる――えぇっと、名前は何でござった?」


 女看守は腕を組み、ツンと顔を背ける。

 隼人は「確か、オ、オ、なんとかリア……」と、口の中で繰り返す。


「オバタリアン?」

「オ・ルヴォア ターニアだッ!」


 微睡みの茨姫だ馬鹿ッ、と肩を怒らせる。


「では、ターニアどのでござるな」


 隼人は飲みさしの紅茶が入ったカップを手にすると、それを口に。

 あ……、と口を開いたまま立ち尽くすターニアに、


「間接キスでござったか?」

「ばッ!? か、かか、間接キスなど――」


 慌てふためくターニアに、隼人はさっと横に回り込み、その顔を覗き込んだ。


「あ、あわわわわわっ……わ、私を誰だと……!」

「茨姫でござろう? 彼女は、こうして目覚めたと聞くでござる」


 すると隼人は、覆面越しに、なんと強引にターニアの唇を奪ったのである。

 彼女は、ん゛ーッ、と離れようとするが、後頭部を押さえる隼人の力が強いのか、それとも抵抗する力が出ないのか。男と魔の女はしばらく、唇を重ね続けた。


「間接より、直接がいいでござる」

「ぁ……。い、いや、何てことを……ッ」

「拙者、背が高くて気の強い女子が好みでござる。そなたは、拙者が求めていた女、理想そのものでござる」

「な、な、な……」


 顔のみならず首まで真っ赤に染めたターニアは、よろよろと近くの椅子に、へたり込むように座り込んだ。


「い、いや騙されんぞッ、私は慈悲を与えぬ魔族の女……ッ! い、今なら見逃してやるから、か、かか、帰れッ!」

「拙者、ここに用があって参ったでござる」

「囚人どもの昇華か。それなら適当に千体ほど見繕って――」

「いや、それではなく、牢が欲しいでござる」


 牢、とターニアは顎に手をやった。


「そ、そうか! この身で拷問器具の性能を知るのも乙な――」

「器具ではなく檻の方、格子が欲しいでござる」


 格子、と口の中で繰り返し、パンッと手を叩く。


「なるほど、ダスカ鋼か。いいぞ、特別にくれてやろう!」


 まってろ、とターニアはまるでスキップをするかの如く部屋を後に。

 弾むような足取りで詰め所を出たかと思うと、今度は遠くから、バキッ、バキッ、と何かを引きちぎる、大きな音が響き渡った。


「――よし。これぐらいでいいか?」


 戻ってきた彼女は、格子戸を五枚ほど抱えていた。


『姉御ォォォーーーーッ!?』


 その背・檻の方から聞こえる悲鳴は、部下である骸骨刑務官(プリズナー)だろう。

 囚人(ぼうけんしゃ)を収容していた檻の格子戸。脱獄囚となった彼らから袋叩きにされるのを、隼人は聞いていた。


「うむ。これなら余るほどでござる」

「そ、そうか。ならそれを――ああ待て、わ、私には無用のものだから、これもやろう」


 言って、棚から取りだしたのは、一冊の古くくたびれた本だった。


「この金属を唯一加工できた人間の記録らしく、鋳造の仕方などが載っている――かもしれん」

「おおっ、そうでござるか! ありがたく頂戴するでござる!」


 受け取ると、ターニアの額にキスをする。

 熱い吐息を吐き、惚けるターニアに「紅茶、美味しかったでござる。また飲みにくるでござる」と言うと、隼人はウキウキと詰め所を飛び出していったのだった――。


 ◇


 古城の外・荒れ地に戻ったファファは、困惑を隠せなかった。


「あ、あの隼人さん……。いったいどうやって、オ・ルヴォア ターニアを説得したのです……?」


 魔界の看守ことオ・ルヴォア ターニアは、何年かの周期で地下監獄に現れる。

 その出現が報されると、王宮は指折りの冒険者を集めて討伐・魔界に送り返さねばならない。放置すると、彼女が口にしていた通り、捕らえられた冒険者が次々と拷問死させられてしまうのである。

 かつての討伐には、千に近い犠牲者を出した、とファファは説明する。


籠絡(プリズンブレイク)したでござる」


 牢の戸までブレイクするとは思わなかったでござるが、と上機嫌に話す隼人。

 捕らえられていた冒険者らは、先にファファのテレポートで首都に送り返されている。

 隼人が最後のようだ。

 脇に抱える格子戸を訝りながらも、ファファはテレポートを唱えた。


(ターニア殿、この礼は必ずするでござるよ)


 光の輪に身を投じる直前、隼人は地下監獄のある場所を振り返る。

 そして、胸の中で頭を下げたのだった。


 ◇


 苦労して集めた囚人五十名、すべて解放(だつごく)――。

 しかし地下監獄は、ずいぶんと賑やかだった。


「よぉし、お前たち! いつ来客があってもいいように、隅々までここを綺麗にするんだよ!」


 緋色の囚人服を着た骸骨は、ほうきやモップを手に監獄を掃き清める。


「ああそうだ、上のダンスホールから音楽家だった死霊を連れてこい。何と言っても、ムードというのが大事だからな。そ、それと女王の居室からベッド……いや、さ、流石に早いか。もっと時間をかけて……」

「あ、あの姉御。綺麗でムーディだと、それは監獄ではなく観光地に……」

「五月蠅いぞ! 陰気くさい監獄で、気持ちが盛り上がるわけないだろう!」


 上機嫌に肩を揺らす悪魔上司に、骸骨の囚人は『チョロすぎるでやんす……』と、空洞の目から涙を流していた。

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