第4話 プリズナー
城門をくぐれば一変、どんよりと重く息苦しい空気に包まれる。
前庭には生命を感じさせるものは何一つなく。割れた石畳から生える雑草も、くすんだ紫色をして毒々しい。
また城の外側は屍犬や大蜘蛛などが徘徊している。
特にファファはあまり警戒心が備わっていないため、城内への扉に向かうまでの間も、隼人は気は抜けなかった。
「何度訪れても、この城には圧倒されるでござるな」
「本当、歴史感じますね。石を積むだけで、よくこんな巨大なの造れたと思います。上物だけじゃなく、地下迷宮までありますし」
「石積みなんて、拙者の国では石垣くらいでござる」
城内は時間の流れが遅いのか、ファファが白光球の魔法を唱えれば、未だに赤さを残す絨毯が出迎える。それは光の輪の向こう、闇の中を果てなく伸びているようだ。
絨毯に従って歩き、途中、西に向かって折れる。すぐ正面の廊下を道なりに進めば、より冷たい空気を放つ地下への階段に迎えられた。
隼人とファファは、黄泉に繋がっているかと思えるそこを、一段一段、慎重に降りてゆく。
「階段の足跡はまだ新しいでござるな」
「行方不明者は今のところ二十七人みたいですね。一番新しいのでは、二日前から三人戻ってこないと」
隼人は、なるほど、と階段を調べながら降りてゆく。
両端から堆積した埃が薄い。最近、何人もの冒険者が往復したのか、上下に残された足跡がたくさん残されている。それも新しい。
(前と左右。戻りの足跡が随分と荒れているでござる)
妙だ、と隼人は思った。
足跡を見るのは追跡の基本。数と間隔、そして沈み方で性別と大まかな体型が予想できる。そして足跡の様子から心理状態まで掴むことができる。
進む足を途中で止め、入り口を見上げた。
左右にブレたり、安定していなければ動揺している証拠――十蔵からそう教わった。
行きと帰り。進むは一段ずつ、戻るは数段飛ばしが目立つ。まだ力及ばなかった狩り場で、慌てて戻ったなら説明はつくのだが――
「拷問死した遺体の回収は、するでござるか?」
遺体袋を持って来ていない、と言い添える。
階段の入り口には戻る足跡がないことから、彼らは帰還が叶わなかったのだ。
「うっ……依頼にあったけど、それは別働隊に任せました」
「そうでござるか」
拷問と聞いて、恐怖が煽られたのだろう。
階段を降りるファファの足取りは、より慎重なものとなった。
地下監獄は、上物そのままの広さかと思えるほど広い。
白い明かりに浮かぶ壁は青白く、臭気混じる空気をより冷たく感じさせる。そして、しん……と静かな中に、遠くで水滴落ちる音がとても大きく響く。
「囚人、いませんね……?」
ファファはぴったりと、隼人の後ろにつきながら言う。
ここは不死化した囚人が主に襲ってくる。飢えよりも嗜虐性が勝るのか、生きたまま捕らえようとするとの噂だ。
最初はひしめき合っていた囚人も、長きに渡る浄化作業のおかげで数が減ったのかと安堵するファファであったが、隼人の忍びの勘は何かを告げていた。
遠くから届く水音には、途中で何かが阻む微細な淀みが感じられるのだ。
「――ファファ殿。武器を構えるでござるよ」
「え?」
「柱の裏からあちこちに潜んでいるでござる。拙者は十蔵ほど、器用に守れぬでござる」
隼人は覆面から覗く目を鋭くし、懐から刃渡り長めのクナイを左手に握る。
そして右手には中ぶりの筒を持ち、近くの柱裏に向かって投げる。
直後。閃光と同時に、監獄中に炸裂音を響き渡らせた。
「――ゲアァァッ!?」
もだえながら転げ出たのは、頭蓋骨の右半分が砕け飛んだ骸骨だった。
これが攻撃の合図に。
緋色の囚人服を身につけた“彼ら”は、一斉に物陰と言う物陰から飛び出し、走った。
ファファは頭上の光の球を高い位置に浮かばせる。状況把握と同時に、隼人とファファは思わず目を瞠ってしまった。
「な、何この数!?」
光の中を埋め尽くすほどの、おびただしい数の頭蓋骨が密集しているのである。
「拙者がしんがりを務めるでござる! ファファ殿は急いで階段を戻るでござる!」
「は、はい……!」
階段の足跡はこういうことか。隼人は石畳を蹴った。
ひゅん、と一筋の風が骸骨の合間を抜ける。
ファファに迫ろうとした骸骨の足が止まった。
「……ゲ?」
「ゲゲ……?」
「……ゲ?」
手を前にしたまま緋色の囚人服がくの字に曲がり、頭蓋骨が石畳に転がり落つ。背骨の脊椎骨を両断したのだ。
そして近くの骸骨から頭蓋骨をもぎ取れば、今度はそれを反対側から向かう骸骨に投げつける。頭蓋骨同士がはじけ、後続が倒れたそれに蹴つまずき、折り重なるようにして倒れた。
【主よ。呪われし身に、大いなる慈悲の光を――!】
ファファは結界を張りつつ、後退を続ける。
その中で解呪を唱え、骸骨どもを塵にしていた。
……がしかし、さすがに多勢に無勢。前線は隼人が止めていても、敵は左右から背後に回り込もうとする。これを阻止しようとして、後退するファファの足がどんどんと遅くなった。
また相手は結界に触れることを恐れず、しかし慎重に、じりじりと追い詰めようと迫る。
(この骸骨ども、屍鬼にしては統率がとれている)
前衛と後衛の距離を離そうと、間に骸骨が次々と割り入ってくるのだ。
――何者かが指揮を執っている。
地下牢の連中が活発になっているのはそのためか。
気付いた時にはファファと結構な距離が開いており、戻ろうと一回転して取り囲む骸骨を斬り裂いた、その時だった。
「――きゃああああああッ!?」
背後で悲鳴が聞こえ、隼人は慌てて振り返った。
そこには石畳に腹ばいとなり、ずざざっと一層と厚い骸骨の群れに引っ張られてゆくファファの姿が。左足首にムチのようなものが巻き付いている。
「ファファ殿ッ!」
隼人は骸骨を蹴って跳ぼうとすると、
「――おっと。抵抗したらこの女を殺すよ」
低く凄む女の声が、監獄のフロアに響いた。
それと同時に、階段の前には背の高い人影が一つ。取り囲む骸骨が持ち上げたのは、『ん゛ーっ!? ん゛ー!?』と藻掻く、あっという間に猿ぐつわと後ろ手に枷をかけられたプリースト・ファファであった。
手にしたムチの柄には鋭く尖った針が伸び、ファファの柔らかな首に押し当てられている。
「この女と、少しでも長く生きていたいのなら分かるだろう?」
「……仕方ないでござるな」
隼人は女を見ながら、ふむ、と顎を揉む。
この女が指示していたのか。取り囲む骸骨たちは慣れた手つきで隼人の手に枷をかける。
ピッチリとした軍服に身を包み、八重歯のような尖った牙を見せる赤髪の女。手にムチ持つその姿は、まさに獄卒を思わせる風貌だった。




