表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/74

第3話 栄華の果て

 寒さは底を抜け、暖かな日差しが明るく照らしている。

 往来に積もった雪は踏み固められ、茶色く汚れたその上を慎重に歩く者も多い。中には滑る者もいるようで、あちらこちらで悲鳴が起こっていた。

 そんな喧騒を遠くに置いた路地裏。その奥に、黒装束姿の男が二人――十蔵と隼人の姿があった。


「――それで、肝心の(はがね)がないことに気づいたでござる」


 壁に背を預ける十蔵は腕を組み、隼人はその壁に垂直に張り付く。


「別に同じものでなくともよかろう? 鉄鉱石がないゆえに玉鋼を使った刀ができたのだし、大陸の環境に合わせたいと言うなら、むしろこちらの金属の方がいい」

「それもそうでござるな。ツテをあたって探してみるでござる」


 それは構わぬが、と十蔵は顔だけを向けた。


「あまり遠出はするな。近く城に呼ばれることになる、いつでも動けるようにしておけ」

「む? 動きを気取られたでござるか」


 鋭い視線を受け、「おっと」と口を閉じた。


「以前に話した、この界隈で頻発している物取りの件だ」

「ああ、それでござったか。表向きは一般の民草が襲われたことになっている」


 それは最近、王宮から商人たちに注意が促された事件であった。

 各地で行商人や運搬中の荷を狙う賊が頻出しており、十分な警戒をせよ、とのこと。

 ――だが隼人の言葉通り、お上から説明されたそれは偽りの情報。忍びは既に真実を掴んでいた。


「王宮の荷が狙われ、護衛が皆殺しにされている。なんて、赤っ恥もいいところでござるな」

「その下手人を捜すため、城は我々に目をつけた。いつでも動けるようにしておけ」

「あいあい、でござる。……と言うか、疑われているでござろう? 暗殺者(ネズミ)らが、チョロチョロとしているでござる」


 噛み殺していいでござるか、と許可を求められた十蔵は、黙したまま頷く。


(城の荷を奪うとは大胆不敵であるが、連中の目的はなんだ?)


 気になる点は二つ。

 まず奪われているのは、村々からの徴税・小麦や塩など。金や宝石類は多く狙われず、どちらかと言うと魔結晶や鉄鉱石らを狙っている。

 十蔵はこれらから、裏で売買するルートを持っていない、と推察した。……のだが、小麦や塩などを金に換えるには手間と見返りを比べてみれば、商人を襲った方がはるかに安全だ。


 そしてもう一つ。

 運搬中の兵士をすべて惨殺し、また足跡一つ残さず消え失せていること。

 それほどの手練れが危険を冒し、安い荷を狙い続ける理由。考えられることは少ない。


(挑発、もしくは(いくさ)の準備か……)


 コトを起こす前に会ってみたいものだ。

 十蔵が路地を出ようとするその背後で、人が倒れる音が五つ重なっていた。


 ◇


 その翌日のこと。

 隼人が街を歩いていると、後ろから呼ぶ声がした。


「おや、レオナ殿」

「えへへ、お久しぶり!」


 手を小さく掲げると、おかげさまで稼がせてもらってます、とニッと笑みを浮かべる。


「なんのなんの。拙者は口と足を動かしただけ、レオナ殿の努力の賜物でござるよ」


 あれからレオナは一躍、世人の注目を集めた。

 野鍛治によるナイフやフォークは特に人気を博し、手頃な値段で質がいいと、今では王宮でも使用するかと議論に挙がっているようだ。

 クロースアーマーに前掛け。ブラックスミスの彼女に、隼人は、ちょうどよかったでござる、と声を弾ませた。


「レオナ殿に用があったでござる」

「はいはい、何でしょう」


 商人のように手もみしながら返事をすると、隼人は十蔵と話していた鉱石について訊ねた。


「――純度が高く、硬さと粘りを備えた鉄?」

「それで一振り、レオナ殿に刀を打って欲しいでござる」

「カタナって言うと、東の国のよね。そっちは作り方知らないんだけど……」

「拙者が教えるでござる」

「それならやってみたいけど、鉱石かぁ……今出回っている鉄鉱石ではダメ?」

「うむ。ちょっと脆くて使用に耐えきれないでこざる。錆も早いでござるし」


 この大陸で侍が通用しない原因でござる、と続ける。

 するとレオナは、そうなると、としばらく思案に耽った。


「ミスリル鉱は北のドワーフの専売特許だし、コボルドの集落にあるコバル鉱は重量増し増しだし……」


 ブラックスミスの(さが)なのか、要望にあったものを見つけねば気が済まないのだろう。

 長考の末、あっと声とともに顔を上げた。


「古城の地下監獄」

「地下監獄?」

「ええ。城の建立するとき、腕利きの職人が集められたんだけど、その中に、水や酸をかけても錆びず、頑強な〈ダスカ鋼〉と呼ばれる金属を加工できる人がいたの。それが使用されているのが――」

「なるほど。頑強で錆びぬなら、鉄格子にもってこいでござるな」

「だけどダスカ鋼は、別名〈土精霊(ノーム)の心臓〉ってくらい硬く、加工法も難しくて、誰も鋳造まで到った者はいないの。……まぁ、研究するほどの量がないのが理由かもしれないけどね。鉱石は絶滅した妖精族が採掘していたってくらいのものだし、現物は地下牢の格子を外してこなくちゃならないから」


 隼人は、まずは現物がなければでござるな、と頷き続ける。

 これを受けたレオナは、腕が揮えそうね、と力こぶを作る仕草をして笑ってみせた。


 ◇


 古城は北のスターブルから、北東に十日の場所にある。

 はるか昔、王族の祖先がそこに(みやこ)を開き、栄華を迎えた。その力を象徴したのが古城・〈トルプカプ宮殿〉である。

 当時、国王であったティノー王の居城でもあり、地位と存在感を確たるものとする驚異と名高い歩兵を有していた。これは魔物ですら容易に近寄れず、周辺の人々が安寧に浸る存在だった。


 だが、栄華は長く続かず。

 ティノー王が老い始めると影響力の弱まりを見せ、周辺各国の王や支配者は、これを待っていたとばかりに各地で戦争を起こす。

 それから五年後。疲弊しきった国は、ついに破滅の日を迎えた。


 とは言え、戦争で敗れたわけではない。

 宮殿の中に魔物が現れ、次々と人を襲ったのである。

 その魔物を率いていたのは、何と老いたティノー王――魔と手を結び、自らと城に仕える者たちを魔へと変え、永遠なる王になろうとしたのだ。

 人間とエルフ、ドワーフなどらが協力して王は討ったものの、魔物に変えられた歩兵軍団をはじめ侍女や使用人たち、彼らは今もなお城を彷徨い続けていた。


(十蔵殿に言われているし、長く離れぬようにせなばならぬな)


 レオナと別れたすぐのこと、隼人はどのようにして古城に向かうか考えていた。

 少し時間がかかりすぎる。プリーストの転移(テレポート)で飛ばしてもらおうか、そう考えた時、後ろから「隼人さん」と呼ぶ声に振り返った。


「おお、ファファ殿でござるか」

「さっき聖職者ギルドの依頼を受け、これから古城で浄化しようと思っているのですが……よかったら、その一緒に行きませんか?」


 願ってもないお誘いであった。

 古城に蔓延る魔物。それらは城に仕えていた者で、多くは不死族(リビングデッド)となっている。

 浄化と言うのは、古城を彷徨う不死者の呪いを解き、天に迎えてもらうこと。定期的にギルドから依頼が出され、プリーストたちの主な仕事でもある。


「ちょうどよかったでござる。拙者も地下監獄に行きたかったでござるよ」

「本当! 私も、そこの依頼を受けたところなんです。どうやら最近、地下牢の不死者が活発らしくて、戻らぬ冒険者がいるらしくて」

「それは穏やかでないでござるな。急がねば彼らの仲間入りになるでござる」


 さっそく、とテレポートによって古城の入り口・城門前までひとっ飛び。


 その視線の端の方に、〈グライフ〉と呼ばれる怪鳥と戦うパーティーの姿があった。

 メイジが〈竜巻(ツイスター)〉を唱えれば、怪鳥は旋風に飲まれ平衡感覚を失う。よろよろと大地に墜ちてゆくところをレンジャーが矢を射て、仕留める。

 レンジャーの腕もさることながら、的確に怪鳥の動きを止めるメイジの魔法が見事だ。

 おかげで後ろにいるプリーストは、暇そうにあくびをしている。


「――さすが、シェーシャ殿でござるな」

「グライフなんかより翼竜(ワイバーン)の方がいいのに。これまでツイスターからのアーススパイクで、一人で倒してたはず。なんで駆け出しの冒険者と行動してるんだろ」

「皆とやるのが楽しいでござるよ」


 和気藹々と、楽しそうにするシェーシャを背に、隼人とファファは城門をくぐり抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ