第3話 栄華の果て
寒さは底を抜け、暖かな日差しが明るく照らしている。
往来に積もった雪は踏み固められ、茶色く汚れたその上を慎重に歩く者も多い。中には滑る者もいるようで、あちらこちらで悲鳴が起こっていた。
そんな喧騒を遠くに置いた路地裏。その奥に、黒装束姿の男が二人――十蔵と隼人の姿があった。
「――それで、肝心の鋼がないことに気づいたでござる」
壁に背を預ける十蔵は腕を組み、隼人はその壁に垂直に張り付く。
「別に同じものでなくともよかろう? 鉄鉱石がないゆえに玉鋼を使った刀ができたのだし、大陸の環境に合わせたいと言うなら、むしろこちらの金属の方がいい」
「それもそうでござるな。ツテをあたって探してみるでござる」
それは構わぬが、と十蔵は顔だけを向けた。
「あまり遠出はするな。近く城に呼ばれることになる、いつでも動けるようにしておけ」
「む? 動きを気取られたでござるか」
鋭い視線を受け、「おっと」と口を閉じた。
「以前に話した、この界隈で頻発している物取りの件だ」
「ああ、それでござったか。表向きは一般の民草が襲われたことになっている」
それは最近、王宮から商人たちに注意が促された事件であった。
各地で行商人や運搬中の荷を狙う賊が頻出しており、十分な警戒をせよ、とのこと。
――だが隼人の言葉通り、お上から説明されたそれは偽りの情報。忍びは既に真実を掴んでいた。
「王宮の荷が狙われ、護衛が皆殺しにされている。なんて、赤っ恥もいいところでござるな」
「その下手人を捜すため、城は我々に目をつけた。いつでも動けるようにしておけ」
「あいあい、でござる。……と言うか、疑われているでござろう? 暗殺者らが、チョロチョロとしているでござる」
噛み殺していいでござるか、と許可を求められた十蔵は、黙したまま頷く。
(城の荷を奪うとは大胆不敵であるが、連中の目的はなんだ?)
気になる点は二つ。
まず奪われているのは、村々からの徴税・小麦や塩など。金や宝石類は多く狙われず、どちらかと言うと魔結晶や鉄鉱石らを狙っている。
十蔵はこれらから、裏で売買するルートを持っていない、と推察した。……のだが、小麦や塩などを金に換えるには手間と見返りを比べてみれば、商人を襲った方がはるかに安全だ。
そしてもう一つ。
運搬中の兵士をすべて惨殺し、また足跡一つ残さず消え失せていること。
それほどの手練れが危険を冒し、安い荷を狙い続ける理由。考えられることは少ない。
(挑発、もしくは戦の準備か……)
コトを起こす前に会ってみたいものだ。
十蔵が路地を出ようとするその背後で、人が倒れる音が五つ重なっていた。
◇
その翌日のこと。
隼人が街を歩いていると、後ろから呼ぶ声がした。
「おや、レオナ殿」
「えへへ、お久しぶり!」
手を小さく掲げると、おかげさまで稼がせてもらってます、とニッと笑みを浮かべる。
「なんのなんの。拙者は口と足を動かしただけ、レオナ殿の努力の賜物でござるよ」
あれからレオナは一躍、世人の注目を集めた。
野鍛治によるナイフやフォークは特に人気を博し、手頃な値段で質がいいと、今では王宮でも使用するかと議論に挙がっているようだ。
クロースアーマーに前掛け。ブラックスミスの彼女に、隼人は、ちょうどよかったでござる、と声を弾ませた。
「レオナ殿に用があったでござる」
「はいはい、何でしょう」
商人のように手もみしながら返事をすると、隼人は十蔵と話していた鉱石について訊ねた。
「――純度が高く、硬さと粘りを備えた鉄?」
「それで一振り、レオナ殿に刀を打って欲しいでござる」
「カタナって言うと、東の国のよね。そっちは作り方知らないんだけど……」
「拙者が教えるでござる」
「それならやってみたいけど、鉱石かぁ……今出回っている鉄鉱石ではダメ?」
「うむ。ちょっと脆くて使用に耐えきれないでこざる。錆も早いでござるし」
この大陸で侍が通用しない原因でござる、と続ける。
するとレオナは、そうなると、としばらく思案に耽った。
「ミスリル鉱は北のドワーフの専売特許だし、コボルドの集落にあるコバル鉱は重量増し増しだし……」
ブラックスミスの性なのか、要望にあったものを見つけねば気が済まないのだろう。
長考の末、あっと声とともに顔を上げた。
「古城の地下監獄」
「地下監獄?」
「ええ。城の建立するとき、腕利きの職人が集められたんだけど、その中に、水や酸をかけても錆びず、頑強な〈ダスカ鋼〉と呼ばれる金属を加工できる人がいたの。それが使用されているのが――」
「なるほど。頑強で錆びぬなら、鉄格子にもってこいでござるな」
「だけどダスカ鋼は、別名〈土精霊の心臓〉ってくらい硬く、加工法も難しくて、誰も鋳造まで到った者はいないの。……まぁ、研究するほどの量がないのが理由かもしれないけどね。鉱石は絶滅した妖精族が採掘していたってくらいのものだし、現物は地下牢の格子を外してこなくちゃならないから」
隼人は、まずは現物がなければでござるな、と頷き続ける。
これを受けたレオナは、腕が揮えそうね、と力こぶを作る仕草をして笑ってみせた。
◇
古城は北のスターブルから、北東に十日の場所にある。
はるか昔、王族の祖先がそこに都を開き、栄華を迎えた。その力を象徴したのが古城・〈トルプカプ宮殿〉である。
当時、国王であったティノー王の居城でもあり、地位と存在感を確たるものとする驚異と名高い歩兵を有していた。これは魔物ですら容易に近寄れず、周辺の人々が安寧に浸る存在だった。
だが、栄華は長く続かず。
ティノー王が老い始めると影響力の弱まりを見せ、周辺各国の王や支配者は、これを待っていたとばかりに各地で戦争を起こす。
それから五年後。疲弊しきった国は、ついに破滅の日を迎えた。
とは言え、戦争で敗れたわけではない。
宮殿の中に魔物が現れ、次々と人を襲ったのである。
その魔物を率いていたのは、何と老いたティノー王――魔と手を結び、自らと城に仕える者たちを魔へと変え、永遠なる王になろうとしたのだ。
人間とエルフ、ドワーフなどらが協力して王は討ったものの、魔物に変えられた歩兵軍団をはじめ侍女や使用人たち、彼らは今もなお城を彷徨い続けていた。
(十蔵殿に言われているし、長く離れぬようにせなばならぬな)
レオナと別れたすぐのこと、隼人はどのようにして古城に向かうか考えていた。
少し時間がかかりすぎる。プリーストの転移で飛ばしてもらおうか、そう考えた時、後ろから「隼人さん」と呼ぶ声に振り返った。
「おお、ファファ殿でござるか」
「さっき聖職者ギルドの依頼を受け、これから古城で浄化しようと思っているのですが……よかったら、その一緒に行きませんか?」
願ってもないお誘いであった。
古城に蔓延る魔物。それらは城に仕えていた者で、多くは不死族となっている。
浄化と言うのは、古城を彷徨う不死者の呪いを解き、天に迎えてもらうこと。定期的にギルドから依頼が出され、プリーストたちの主な仕事でもある。
「ちょうどよかったでござる。拙者も地下監獄に行きたかったでござるよ」
「本当! 私も、そこの依頼を受けたところなんです。どうやら最近、地下牢の不死者が活発らしくて、戻らぬ冒険者がいるらしくて」
「それは穏やかでないでござるな。急がねば彼らの仲間入りになるでござる」
さっそく、とテレポートによって古城の入り口・城門前までひとっ飛び。
その視線の端の方に、〈グライフ〉と呼ばれる怪鳥と戦うパーティーの姿があった。
メイジが〈竜巻〉を唱えれば、怪鳥は旋風に飲まれ平衡感覚を失う。よろよろと大地に墜ちてゆくところをレンジャーが矢を射て、仕留める。
レンジャーの腕もさることながら、的確に怪鳥の動きを止めるメイジの魔法が見事だ。
おかげで後ろにいるプリーストは、暇そうにあくびをしている。
「――さすが、シェーシャ殿でござるな」
「グライフなんかより翼竜の方がいいのに。これまでツイスターからのアーススパイクで、一人で倒してたはず。なんで駆け出しの冒険者と行動してるんだろ」
「皆とやるのが楽しいでござるよ」
和気藹々と、楽しそうにするシェーシャを背に、隼人とファファは城門をくぐり抜けた。




