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第4話 影はどこに

「メイジさん凄い、凄いです!」


 プリーストが目を輝かせる。

 火の大魔法・メテオファイアを唱え、土人形を消し飛ばしたものの、連中は土がある限りまたぞろぞろと現れる。駆け出しにはもってこいなのは、引き際を知るに最適な魔物であるのも理由の一つだ。

 再び大地からせり上がり始めたのを前に、シェーシャは一度退こうと号令をかけ、パーティーは脱兎の如く離脱。落ち着いた頃には、全員、すっかり肩で息をしていた。


「まさか、あんな魔法があるなんて……」


 ファイターとして、男として打ちのめされたようだ。折り立てた両膝の中に、がっくりと頭を垂れている。その横でレンジャーの少女が、こくこくと何度も頷く。彼女は恐らく何も分かっていない。

 輪になって座り込む中、シェーシャはファイターの男の顔を覗き込んだ。


「アンタ、ちょっと」

「な、なに……?」

 

 冬にも拘わらず、日に焼けた肌。

 眼前に迫るエルフに、男はたじたじと真っ赤に染める。

 目の前のエルフは、長い睫毛(まつげ)に水晶のように澄んだ瞳。ウェーブがかったブロンドの髪は、夜空に浮かぶ天の川の如き輝きをしているのだ。鯱張(しゃちほこば)るのも当然と言えた。

 農家の出なのだろう、男の臭いの中には土の香が感じられる。

 男が期待するのと裏腹に、エルフが伸ばす細くしなやかな手は、躊躇なく堅い頬を引っ張りあげた。


「い゛でぇっ!?」

「さあ、正体を現しなさい!」


 顔の皮を引き剥がす勢いで、思い切りつねり上げるシェーシャ。

 上に、下に、横に、奥に。しかしいくら容赦なく動かしても、元の冴えない顔のまま。痛みに顔をしかめ、情けない声をあげ続けるファイターの男であったが、そこには恍惚の色も混じっていた。

 これにシェーシャは、ふん、と鼻を鳴らし、手を離した。


「……どうやら違うみたいね」

 

 土人形に囲まれた時に聞いた、男の声。

 一瞬であったが、何者かが腰を掴み動かしたのだ。

 それは誰が――思い当たるものは、そう多くない。


(あのクソ忍者、やっぱり私のお尻を狙ってきたのね……!)


 だけど、と怒りが萎んでゆく。


 ――強がりで己の弱さを隠すな


 その言葉は、いちいち尤もなのだ。

 先ほどの事故は、気をつけていれば防げたもの。

 そしてそれは、模擬戦においても同じ。

 自分は絶対であると思い、忍耐と周囲に気を配ろうとしなかったゆえに招いた決壊(じこ)だ。

 そうなった理由こそが……


(ムカつくけど認めればいいんでしょ、認めれば……ッ)


 怖いのだ。敗北も、信じることも。

 シェーシャは小さく息を吸うと、何ごとかと見守る女たちに向き直った。


「みんな、ごめんなさい」


 そう言って、深く頭を下げた。


「め、メイジさん!?」

「そ、そうですよ! シェーシャさんが謝る必要なんて……」


 いいえ、とシェーシャは小さく首を左右に振った。


「あれは私が離れさえなければ、分断しなかったのよ」


 もどかしく、そして誰かに守られるのが腹立たしかった。

 自分一人の力は脆弱なもの、それなのに何でもできる――いや、しようとしていた。

 ちっぽけなプライドが、己の本来の役目を見えなくさせていたのだ。窮地に立たされて初めて気付いた欠点である。


「もう一度、戻ってみましょうよ」

「え?」


 プリーストの言葉に驚き、伏せた顔を上げた。


「〈魔結晶〉も拾いに行かなくちゃですし」


 私、強くなりたいんです、と胸の前でぐっと両拳を構える。

 魔結晶とは、モンスターが消滅時に精製される紫色の結晶のこと。クラスを与えられると、まずこの結晶の使い方を――中に残された力を取り込み、それに応じた身体能力や、衣鉢相伝の技能を得る方法を教わる。

 とは言え、人の身体は器にすぎない。

 強くなるには個人の経験と才による要素が大を占める。……これはつまり、クラスを渡り歩いてスキルを多く習得しようとしても、容量の少ない者はすぐに限界を迎えると言うこと。同様に、敵の攻撃・致命傷を避ける術を身につけていなければ、いくら魔結晶を投与して身体能力を高めたとしても無意味なのだ。

 一方で、魔結晶は貨幣の代わりにもなるため、『冒険者は力と生計のためにモンスターと戦う』と言っても過言ではない。

 シェーシャは視線の果てにある野山を眺め、そうね、と言って顔を向けた。


「私が指示を出すわ。みんな、ついてきてくれるかしら?」


 明るく言うと、パーティーはみな「はい!」と力強い返事をすると共に、また立ち上がるのだった。


 ◇


 茜色の空が藍色に染まり、丸い月が寒々とした白明かりが滲む。


「じゃあ、みんなまたねーっ」


 首都・ポルトラの酒場前。

 プリーストが名残惜しそうな声で別れを告げ、それから何度も振り返り、そのたび手を振りながら薄ぐら闇に消えていった。


「あ、あの、メイジさん。よかったら、このあと一緒に夕食でも……」


 ファイターは顔赤くして女エルフを誘うも、


「遠慮しとくわ」


 手をひらひら、あっけなくフラれてしまう。

 そうですか……と肩を落とし、すごすごと去ってゆく背中は、実に寂しいもの。

 見送るレンジャーと共に女二人は、ふふっ、と笑みを交わす。


「じゃ、私もいくわ」

「はい、ありがとうございました」

「最初は弓すら扱えないのはどうかと思ったけど、後半なかなかよかったわよ」


 これにレンジャーは照れたような笑みを向け、じゃあね、と手を小さく掲げたシェーシャと反対方向に歩き始める。


 ――駆け出し冒険者たちのそれは、何とも息の合ったものだった。

 ファイターが壁となり、後ろのレンジャーが弓を射て、更にその後ろでプリーストが支援魔法などを唱える。メイジはプリーストの傍に、周囲の魔物の動きを見て、迫るものは排し、散開しようとするのを抑える。

 また、レンジャーが離れすぎないよう逐一指示を出す。熟練者だからこそできる業だ。


 その一方で――思わぬものに出くわした。

 覆面をつけた黒装束の忍者・隼人が近くにいたのである。


『ござるッ、お前か!』


 いきり立つシェーシャに、隼人は『何のことでござるか?』と、とぼけた声で答えた。

 その正面には、栗毛をした可愛らしいコボルドの子が立っていた。


『忍びと言えば犬。拙者、朝からコボルドの子供を手なづけようとしたでござるが……』


 二足歩行の栗毛の犬は、困ったように眉を落とす。

 一緒に行きたいのはやまやまだが、群れを離れたくない。

 そう言って、別れようとしていたようだった――。


 レンジャーは途中で弓を捨て、急に進路を変え裏路地に身を投じた。

 そして真っ暗闇の中、右手で青のチュニックシャツの左肩部分を握ったかと思うと、


(隼人め。私がいると気づくや、監視を止めるとは)


 脱ぎ捨てたそれから、何と黒装束に身を包んだ男・十蔵が現れたのである。


(長のあり方に気付いたのは上出来か。しかし周辺背後への警戒がまだまだ甘い)


 50点だな、と頷くと、十蔵の身体はすうっと闇の中に溶け消える。

 月が輝く空。枯れ葉が石畳の上を舞い、遠くで賑やぐ夜の声だけがそこに残った。

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