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第1話 背後からの一撃

 黒い煙があがっていた。

 城の前庭から内部に繋がる通路は制圧され、数えきれぬ軍靴が瓦礫を踏み越えてゆく。その先の方から剣を打ち合う戦闘の音がしているものの、高く轟く瓢風の音がすると、あっという間に静寂が一帯を包み込んだ。

 城の内部に足を踏み入れれば、氷柱(つらら)飛び出す氷の壁が。

 手前には鎧甲冑を纏った騎士(ナイト)の壁が並び、それほど距離を置かずして、修道服を着た僧侶(プリースト)や、弓を手にした狩人(レンジャー)らが雑然と控えている。


「――アーッハハハハ! 圧勝圧勝、記念すべき100勝目に相応しい戦いよ!」


 そこには赤褐色のレオタードスーツに、黒色の短い外套を羽織る女丈夫。特筆すべきは、長いブロンドの髪から覗く、尖った耳。――彼女はエルフであった。

 眉目秀麗と名高き種族そのままに。しかし、手に持った黒杖を掲げ、高飛車に笑うさまから、物語に語られるような窈窕淑女(ようちょうしゅくじょ)は感じられない。


(組織を束ねるマスターにはそぐわぬ姿だ)


 黒装束に身を包んだ男は、目の前の大きな尻を眺めながら思っていた。


(この女が〈大火球(メテオファイア)〉を唱え、氷壁(アイスウォール)を溶かし崩す。そしてそこに、騎兵で押し込む――)


 定石通りだな、と男は視線を横に移動させた。

 城内は入り組んだ構造となっていて、道を塞ぐ氷壁の上に、柵のない渡り通路が伸びる。

 両端に設けられた通用口から弓手が現れるも、弓を引く前に、こちらの矢が大量に突き刺さる。また二の足を踏めば、こちら側・魔術師(メイジ)の〈氷柱(アイススパイク)〉や〈電撃球(ライトニングボール)〉などの魔法の餌食となる――。

 迎撃に出る者が途絶えると、いよいよ勝負を投げ出す厭戦(えんせん)・諦念の空気が漂い始めた。


(つまらん流れだ)


 これは戦争ではない。魔法技術を駆使した〈模擬戦〉である。

 なので、いくら矢で射られようが、魔法で焼かれようが、やられた側には“死”というものがなく。ただ消滅し、城の外などに戻るだけ。

 片や勝利に慣れ、片や敗北に慣れたがゆえ、双方は単調な戦いを繰り返す――黒装束の男は、この戦闘をそう捉えていた。


 ◇


 人と魔物がしのぎを削る大陸・スターブル。

 その中央に構える首都・ポルトラは、東西南北に四つの街を構える。


 建国直後、王はまず四人の臣下に土地を与えた。

 臣下はそれぞれ騎士(ナイト)僧侶(プリースト)魔術師(メイジ)狩人(レンジャー)のクラスを有していた。

 彼らは強大な魔物と渡り合うべく、ナイトは剣術、プリーストは治療やサポート、レンジャーは弓術や獣操術、メイジは四元素を用いた魔法――など、駆け出しの冒険者を育成する専門機関を作った。

 これらは後の、職業組織ギルドの礎となる。

 クラスはこの四つに留まらず。歳月を重ねると共に、新たなクラスの創生、また派生・特化を経て複雑化を遂げてゆくのである。


 また〈クラン〉は、冒険者たちによって作り出された組織だった。

 これを見た国王は、魔物に対する対抗力の向上を掲げ、クラン同士による模擬戦を提言。それぞれの街に、専用の場となる城を築かせた。

 それから何十年。

 今では国王の意思は形骸化し、クラン同士が協力――同盟を結ぶなど勝敗にこだわり始め、民たちもこれに準ずるかのように、娯楽として興じるようになっていた。

 そして現在、彼らの話題は一つ。


 ――同盟・アルカナの100連勝


 五つのクランが集う同盟は、結成時から負け知らず。

 二番手に位置する同盟が唯一の対抗馬なのだが、彼らも打開策を見いだせぬまま敗北を重ね、99敗を数えている。


 ◇


 黒装束の男は、正面の尻をずっと眺めていた。


【火の精霊よ。灼熱の炎を呼び、塊となりて――】


 同盟の長・大魔導士(ハイ・ウィザード)が詠唱を開始する。彼女は高速詠唱を得意としていた。

 食い込んだ赤褐色のレオタードが臀部の形を浮かばせているのだが、100勝と言う大きな節目を迎えるためか、時おり小さく、きゅっと引き締まる。

 それが男の悪戯心をくすぐった。


 男のクラスは忍者――。

 数年前に発見された、東の大陸。そこから渡ってきた異色のクラスだった。

 修練によって研ぎ澄まされた忍びの感覚は、通路の向こうから制止を振り切り、飛び出そうする女を察知していた。


(こちらもこちらなら、敵の大将も悪い癖だ)


 彼女もまたエルフのハイ・ウィザードである。

 因縁めいた関係にあるらしく、マスター同士、何かと敵愾心(てきがいしん)を露わにする。

 正面の桃尻の持ち主が高速詠唱を得意とするなら、彼女は火力特化と言え、決まれば一気に形勢逆転するためか、決まって最後の大ばくちを仕掛けたがった。


【我が命に従い――】


 相手も詠唱を始め。

 勝利の瞬間を見届けたいのだろう。味方のナイトは剣を納め、レンジャーは矢を構えず、ニヤニヤと眺めているだけだった。


 ――どいつも弛みきっている


 黒装束の男・忍者は、大きく盛られた臀部を見ながら思った。


「……」


 油断している今がチャンス。

 両手を組み、忍術を唱えるかのように人さし指を立てる。

 そして、


「殺」


 女の尻溝に向かって、


【今ここに降り落ち――んュゥゥゥンッ!?」


 ぶっ刺した。

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