08:彼の物語「レベル0」
2017.11/27・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
――ドォォォン、パラパラ……
暗い迷路の中に響き渡る岩壁にぶつかる大きな音とパラパラと振ってくる乾いた土塊の音に混じって、バチバチと小さく弾ける紫電の音が聞こえてくる。
「くそ、……このままじゃ埒が明かないぞ」
いい加減、試行錯誤も疲れてきた。
鉄の剣『――バチッ』、太い木製の棍棒『――バチッ』、錆びついた剣『――バチッ』、小型の弓矢『――バチッ』、硬い茨の鞭『――バチッ』、投擲用のナイフ『――バチッ』、調理用の小刀『――バチッ』、鉄製の串『――バチッ』、中程で折れた槍『――バチッ』、先端の尖った長い棒『――バチッ』、松明の代わりに使われていた木の棒『――バチッ』、その辺に転がっていた丈夫そうな太い骨『――バチッ』、近くに倒れていたモンスターの死骸から剥いだ鋭い牙と爪『――バチッ』、……ああ、こいつはもうどうしたものか。
手当たり次第に装備してみては、次々と紫電に弾かれる。
……この弾かれる感覚はなんとも不思議なもので、身に付けたり持っていたりする分には何も問題なくても、いざ構えて装備しようとすると紫電が走り拒否されてしまうのだ。そうして拒まれてしまえば、どんなに強く握って紫電に堪えて手放さないようにしてみてもスルリと抜け落ちていってしまう。いやはや、本当に奇怪しなものだ。
「大丈夫ですか、デューズさん」
「うん、今のところわりと大丈夫。……手詰まりだけどね」
まだ何とかピケと会話を交わすくらいの余裕はある。
『ギュイ、ギュイェ!』
鼠の攻撃はかなりしつこいが、基本的には体当たりと尻尾や爪での攻撃だけだ。
恩恵のおかげでどうにかまだ、一撃も喰らわないまま避け続けることが出来ている。……しかし、問題はこちらの攻撃手段が見つからないということだ。
「そうでしたか。では、がんばってください」
「ああ、うん。……頑張るよ」
ピケとの暢気なやり取りに調子が狂うけど、頑張ってみるしかないだろう。
……こうやってすんなりと避けられているけど、体力だって無限にあるわけじゃない。
今は『先読み』と『危機回避』の恩恵を使って最小限の動きに留めているとはいえ、ただでさえ小さな体を目一杯動かして避けているのだ。このまま戦闘が長引いてしまえば、同じようにずっと避け続けていられるかはわからない。
『ギュイアッ!』
鼠の奴は攻撃が当たらないことに腹を立てて、しつこく飛び掛かってくる。
……デカイ体で動き回っているのに、こいつの体力はいい加減尽きないのだろうか。
いっそのこと素手で攻撃でもしてみようかとも考えたけど、あれだけ何度も派手に壁にぶつかっているというのに平然としているのだ。こんなか弱い素手なんかであのデカブツを殴っては、逆にこちらが怪我をしてしまうだろう。
ま、この体が持てるような脆弱な装備じゃ、この大鼠にダメージを与えることなんてできないだろうけどね。……このままじゃキリがないし、さっさと逃げる方がいいかな。なんてことを紫電に弾かれて装備に何度も失敗しながら考える。
◆ ◆
「ああ、もう他に試せそうなものは落ちてないぞ」
戦闘が始まってから、既にどれ位時間が経っただろうか。
足下には拾っては使えずに弾かれたいくつもの装備が転がっている。……近くに落ちていた装備はあらかた試し終えたが、結局のところ装備できるものは見つからなかった。
「……なあ、ピケ。君って、レベルはいくつなんだ?」
戦闘に巻き込まれないよう、岩陰に隠れてもらっているピケにそう問いかける。
さすがに近くに落ちている武器以外の物に手を伸ばし始めた頃からすでに嫌な予感はしていたけれど、ピケのレベルはかなり低い。……下手すれば、村を駆け回るピケよりももっと小さな子ども達なんかよりも低いかもしれない。
「ふわぁ……。あっと、どうしましたか? 聞いていませんでした」
岩陰に隠れていたピケは小さく欠伸を噛み殺し、慌てて聞き返してきた。
この戦闘中に眠そうにしていられるとは、鈍いのかそれとも肝が座っているのか。……まあ、ピケの様子からして前者だろうけど、疲労が溜まってしまっているのは確かだろう。早くこの戦いを切り上げて、どこかでしっかりと休憩を取らせてあげないとな。
「……………」
こうしてピケの体で動いてみればよく分かる。
レベル云々は抜きにしても、ピケにあまり体力がないのは確かだ。
今のところまだ直撃を喰らってしまうようなことはないが、このまま疲れてくれば段々と動きが鈍くなり、回避するのも際どくなってしまうことだろう。……手遅れになる前に、そろそろ本気で逃げるチャンスを作らないといけないな。
「おいおい、これでも戦闘中なんだから、そんな所で寝ちゃわないように気をつけなよ。……だから、ピケのレベルは一体いくつなのかって聞いてるんだよ」
努めて明るく聞こえるように、再びピケにそう問いかけた。
「レベルですか? ……その『レベル』とは、なんでしょうか」
「やっぱり知らないのか。……経験と存在の器、体の奥に宿した聖杯のことだよ」
確かに『レベル』という言い方は探索者達が使っている呼び方だから、ピンと来ないのかもしれない。ピケが神殿育ちなら、『聖杯』と呼ぶ方が馴染みもあるかもしれないな。なんてことを鼠の攻撃を避ける傍ら考えていると、
「ああ、聖杯のことでしたか。私は持っていませんよ」
ピケが暢気な声で、とんでもない爆弾発言を落としていった。
「…………はい?」
『ギュイキュッ!』
鼠の奴はここぞとばかりに、長い尻尾をしならせて鞭のように叩きつけてきた。
……思わずピケの方を振り返ってしまい、鼠の攻撃にかすってしまうところだった。
「おっと、危なかった。……えっと、ピケは神殿にいる時に|聖餐式(聖杯の交換)は行わなかったの?」
動揺をなんとか隠しながら、ピケにそう尋ねてみる。
……一番初めの聖杯――つまり、レベル1の聖杯は洗礼の時に授かる。
豊穣の神殿で行われる洗礼は、生まれたばかりの赤ん坊ならばたとえ貧民街に暮らしている子どもですら全員が受けられるものだ。生まれた時に運悪く洗礼が受けられなかったとしても、神殿で何度でも聖杯を受け取る機会はあったはずではないだろうか。
「聖杯とは神から授かるものですが、それはただ貸し与えられているに過ぎません。……その神より託された聖杯をいつまでも穢多い人の身に宿しておくなんて、そんな恐れ多いことは私にはとても出来ません。なので私は自分の聖杯を持たないのです」
しかし、ピケはそう言って静かに首を振った。
信仰深いことは何よりだが、問題はそういうことじゃなかった。
「……っていうことは、つまりピケはレベル0ってこと?」
「そういうことになるのでしょうか?」
生まれたての赤ん坊ですら、洗礼を受ければレベル1になれる。
つまり、ピケは赤ん坊にすら劣るということだった。……すなわち、今の俺も!
「……レベル100になったと思ったら、今度はレベル0かよ」
疫病神のブラックマリアは人々から厄介者扱いされる、災厄を授ける女神だ。
聖杯を持たない最弱のレベル0は、どういったわけかモンスターを引き寄せる。
攻める力も護る力もろくに持たず、地面に落ちた砂糖菓子のようにひたすらに外敵を呼び寄せるだけのレベル0は、まさしく人々から疫病神と呼ばれる厄介な存在だった。
そのため人々は子どもが生まれたらできるだけ早く洗礼を受けさせ、聖杯を我が子に宿してもらっている。……それは貴族の生まれも貧民街の生まれも関係なく、神殿主導でその都市の安全のためにほぼ強制的に行われているはずだ。
……そのはずなのに、どうして神殿育ちのはずのピケが聖杯を持っていないのか。
モンスターの恐ろしさは神殿こそが十分にわかっているはずだ。いくらピケが敬虔な信徒だからといって、本人の望みだけでそんな危険を周りが冒させるはずもないだろう。……なら、もしかするとその危険に釣り合うだけのわけがあるのかもしれない。
「……どちらにせよ、このままじゃ決め手がないってわかったんだ。いつまでもこうして鼠と戯れているわけにもいかないし、ここはさっさとお暇させてもらおうか」
色々と面倒な内容が増えたような気がするが、……さすがに、体力も限界が近い。
少し危険な賭けになるかもしれないが、次に鼠が攻撃する時の隙に合わせてここから逃げさせてもらおう。……まあ、『危機回避』の恩恵があるから大丈夫だと思いたいが。
『ギュイ、ギュイギュギュギュギギギ……』
こちらが様子を窺っていると、鼠の奴が急に唸り始めた。
「……何か今までと様子が違うぞ。ピケ、いつでも逃げられる用意をするように」
「わかりました。……いつでも用意はできています」
壁に預けていた体を起こし、ピケは背負った紐をギュッと握り締めた。
「……今度は俺が動き出すまで、勝手にどっかへ行こうとするなよ?」
今度はピケが先に走り出してしまわないように、しっかり手綱を握っていなければ。
『――ギュイアアアッ!』
一際大きな鳴き声と共に大鼠の巨体が一瞬小さく縮まったかと思うと、その大きな体がボロリと崩れるように形を崩し、何万匹もの小さな鼠に分裂した。
「――ッんな、そんなのありかよ!」
『ギュアッ!『ギュイア『ギュウイ『ギュイェア『ギュイ!『ギギュ『ギュッ!『ギュ『ギュイ!『ギュイ!『ギギュ『ギュイア『ギュウイ『ギギギ『ギギ『ギ『――……』
幾万もの鼠が空間を全て埋め尽くすように迫ってくる。
濁流のように広がる鼠達は小さな鼠とは言ってもその大きさは、小鼠程の小ささから子犬程の大きさまで様々だった。どの鼠にも共通しているのは、背中にある大きな一つ眼だろうか。……おそらくは、あの大鼠の巨体を覆っていたいくつもの眼の数だけ分裂している、ということなのだろう。
「……こんなに数がいたんじゃ、捌ききれないぞ」
俺だけなら『先読み』と『危機回避』の恩恵を駆使すれば、なんとかこの鼠達の濁流も難なく回避できるだろう。……だが、ピケを庇いながらいつまでも十分に避け続けられるかどうかは少しわからない。……できないとは言わないが、腕の一本や二本の犠牲は覚悟しておかなければいけないだろう。
『ギュアッ!『ギュイア『ギュウイ『ギュイェア『ギュイ!『ギギュ『ギュッ!『ギュ『ギュイ!『ギギュ『ギュッ!『ギュイ!『ギュ『ギギ『ギュアッ!『ギュ『ギュイ!『ギギュ『ギュイア『ギュウイ『ギギギ『ギ『ギギ『ギ『――……』
流れ出す彼らの本流は止まらない。
「それなら――、」
迫りくる鼠達の濁流に背を向けて、ピケの方を振り返る。
「……絶体絶命のようですが、どうしますか?」
こんな状況にあっても変わらないピケのその態度に、もはや安心感さえ覚えてしまう。……いや、心なしか無表情な顔も少しばかり強張ってはいるみたいかな。
「ピケ、……その宝箱を渡してくれ」
「………………わかりました」
ピケは少し迷った後、少し顔を強張らせながら背中の宝箱を下ろした。
「ありがとう。……ごめんな」
俺一人だけなら、この危機も十分に回避できる。……なら、取る手段は一つだ。
「ピケだけでも守りきる」
「はい? それはどういう……ちょっとッ――」
ピケが怪訝な顔を浮かべる前に、――宝箱にその小さな体を押し込めた。
「――これでよし」
パタンと宝箱を閉じ、軽くその蓋を叩いた。
これもあまり知られてはいないことだが、宝箱には人も収納することができる。
……変わり者の俺でもたった今知ったのだから、本当に知っている人は少ないはずだ。
生肉が宝箱に入っていることがあるから『できるかもしれないな』とは思ってたけど、まさか本当に生きているものまで中に収納することができるとは驚きだ。
宝箱のよく知られている特性として『宝箱は中にある物は劣化しない』というものと、『宝箱は蓋を開けるまで絶対に破壊することは出来ない』というものがある。……それはつまり、『宝箱の中にあるものは蓋を開けるまで絶対に安全』だということだ。
まったく、……宝箱って本当に万能だな!
「さてと、……どうも随分とお待たせしてしまったみたいだな」
宝箱を背中に背負い、ぐるりと視界の全てを埋め尽くす鼠達を見据える。
どうやら来た端から次々と襲い掛かってくるのではなく、随分と律儀なことに全方位をしっかりと取り囲み、逃げ場を完全になくしてから一斉に襲い掛かるつもりであるらしい。……各個撃破ならやりやすかったのに、そう容易くはいかせてくれないか。
「俺としては別に退屈して帰ってしまっていても良かったんだけど、……せっかくみんなでじっと待っていてくれたんだ。たっぷりとお礼をしなきゃいけないよな」
足を引き、軽く拳を構える。
……今使えるのは、このか細い手足だけだ。
『ギュイッ!『ギュイ『ギュ『ギュ『ギュッ!『ギ『ギギ『ギ『……』
視界に映るのは全て敵。
……こんな絶望的とも言える状況で、こんな楽しげな感想を抱くのは随分と変なものだと思うけれど。――赤や緑、青色と様々な色で怪しく光る瞳に埋め尽くされた真っ暗闇の洞窟は、まるで一面の星空の中にでも浮かんでいるようだった。
「それでは、軽く……逆境を乗り切らせてもらいましょうかッ!」
強く地面を蹴り、瞳の星空へと強く一歩踏み出した。
』
強敵を前に絶望するのではなく、ニヤリと笑う主人公。
ああ、こんな絶望的な状況でも楽しげに感じてしまうとは、さすがは主人公といったところですね。こんなかっこいい立ち振る舞いを一度はしてみたいものですね。……臆病者で引き籠もりの私は今後ともそんなことはしないと思いますが。ああ、これから彼はどうなってしまうのか、今後の展開が楽しみです。
……おや、人が楽しくお話を読んでいる時に何でしょうか?
これくらいしか趣味がないのですから、人の読書の邪魔をしないでもらいたいですね。
何です、私の仕事ですか? ……ああもう、仕方ないですね。そういった面倒なことはさっさと済ませて、早く続きを読むことにしましょう。
宝箱の万能性に驚きです。
鼠の濁流に飲み込まれたディズちゃんは、この困難を乗り越えられるのか。
……乞うご期待です。