07:彼の物語「厄介な制限」
2017.11/24・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
さてと。……なんとか間に滑り込むことは出来たが、これからどうするか。
「間違えました。……どうして、デューズさんが私の前に立っているのですか?」
「…………さて、どうしてなんだろうね」
肩で息をするまではいかないが、息が整うまで少し時間がかかるだろう。
慣らす間もなく酷使したせいだろうか、身体が熱を持ったように痛む。……おそらくこの身体はろくに運動というものをしたことがないのだろう。筋肉が寝たきりの病人並みに付いておらず、随分ふにゃふにゃしている。
この身体では、あまり長いことやりあうのはきついだろうな。
「………………」
ピケを後ろに庇いながらじっと鼠に視線を向ける。
眼がたくさんでどこに目線を合わせたらいいのかよくわからなくなるが、とりあえずは顔に付いている一番鼠らしい眼に向かって視線を合わせることにする。……今はこちらの出方を伺っているみたいだけど、ここで目を背けたら飛び掛かってくるんだろうな。
「あのなぁ、ピケ。さっきは確かに、『三つ数えたら走り抜けよう』って言ったけどさ。危ないと思ったら、素直に止まってくれ。……こんなことになってしまうから」
「ああ、そうでしたか。……私は大丈夫かと思いました」
「……その自信は一体どこから来るんだよ」
緊張しているはずの場面なのに、思わず溜息が出そうになる。
今は視線を鼠の奴からそらすわけにいかないので顔は見えないけど、きっと後ろではピケがいつも通りのボーっとした無表情で淡々と話をしていることだろう。……ピケには危機管理って何なのか、一からしっかりと話をしてやらなきゃいけないだろうな。
「色々と言いたいことはあるけど、……こいつをどうにかしてからだな」
「そうですね。……ご武運をお祈りします。がんばってください」
「…………おう、頑張るよ」
……まあ、色々と飲み込んで言いたいことは後にしよう。
『ギュイェ!』
鼠の奴は邪魔されたことに怒っているのか、短い足で地団駄を踏んでいる。
先程の地揺れ程ではないが、地面が揺らされ、パラパラと上から土塊が落ちてくる。……さっきの大きな地揺れでも無事だったから大丈夫だろうとは思うけど、いきなり天井が崩れてきて仲良く生き埋めにされたりなんてしないだろうな。
鼠から目をそらさないまま天井の方へ意識を向ける。
淡く光を放つ広場の天井はしんと静まり返り、微動だにしていない。
……『危機回避』の恩恵も反応していないし、今のところは大丈夫か。
そのまま周囲に意識を回してみると、鼠の足下に銅の剣や皮の鎧などの古びた装備が元の持ち主と一緒に転がっているのがわかった。……装備はかなり古い物のようだけど、ここに探索者の装備があるってことは完全に未開の未踏迷路ではないってことか。
状況は酷いけど、なんとか希望も見えてきそうだ。
「まあ、見逃してくれたりはしないよな」
……まずは一太刀入れてみて、どんなものか反応を伺ってみるか。
視線を外さないまま、ゆっくりと慎重に背中に括り付けた大剣に手を伸ばす。
『……ギュア!』
すると鼠の奴も痺れを切らしたのか、同じタイミングで飛び掛かってきた。
「ったく、……構える時間くらい待てんのかね」
だが、『先読み』の恩恵のおかげで相手の動きは手に取るようにわかる。
それに加え、その巨体故に鼠の動き自体はあまり早いとは言えない。そのでかい図体を大回りに避ける必要があるのが少し手間ではあるが、足の遅いピケと一緒でもあまり避けるのに苦労はしないだろう。……まあ、巻き込まないに越したことはないけれど。
だから俺は背中から前へと持ってくる勢いそのままに、飛び掛かって鼠の頭に向かって大剣を力一杯振り下ろした。――……はずだった。
――バチッ……
「……何だって?」
これまで何体もの強敵を共に倒してきた愛剣は、俺を拒むように紫電を放った。
……迫ってくる鼠に向かって振り下ろしたはずの手には、何も掴まれてはいなかった。愛剣は俺の手を離れ、くるくると回りながら見当違いの方向へとすっ飛んでいってしまう。そして、その間にも飛び掛かってくる鼠はすぐ目の前まで迫ってきていた。
「――ちっ、このやろッ」
素手でこんなデカブツの相手なんてできるか!
くるりと体勢を変え、交差気味に飛び掛かるままに飛び蹴りを鼠の額に食らわせた。
だが、小娘の軽い蹴り程度ではそよ風程の痛みも感じないのか、その鼠のような見た目である癖に猪突猛進でこちらに突進してくる勢いが衰えることはなかった。……むしろ、飛び蹴りをしたこちらの足の方が岩でも蹴り飛ばしたかのように鈍い痛みを訴えている。
――そして、鼠の進む先にはキョトンとした表情で立ち尽くすピケの姿があった。
……このまま突っ込ませるわけにはいかない。
「――これなら、どうだっ!」
空中で大きく体をひねって腕を伸ばし、体表にある眼の一つを強く鷲掴みにする。
大概の生き物は眼球が弱点の一つであるはずだが、……果たしてこの弱点がいくつも剥き出しであるこいつの場合はどうなのだろうか。多少は反応してくれることを期待してみるが、……うまくいくだろうか。
『ギ、ギュイッ』
この程度ではダメージが通ったような感触はなかったが、さすがに煩わしさを感じたのか鼠の多少注意を逸らすことができた。……せっかく作ったこの隙を逃す手はない。
「ボーっとしていないで避けるぞ、ピケッ!」
後ろにいるピケを庇うように引っ掴んで抱きながら、交差気味に前へと飛び出すように転がった。……鼠の巨体が俺達の頭上を飛び越していく中、腹部にびっしりと並んでいるいくつもの眼は獲物を逃さないようにこちらの姿を追っていた。
「……デューズさん。急に武器を手放して、何をしているのですか?」
ピケは俺の腕の中からモゾモゾと這い出てくると、こちらに手を伸ばしてきた。
……その助け起こすピケの姿は、さも『いやあ、危ないところだったな』とでも言うような感じだけど、危機を救ったのはどちらかと言うと俺の方だからね?
「いや、俺もそんなつもりはなかったんだけど。……何があったんだ?」
ピケに怪訝そうに見られながら掌を握ったり伸ばしたり、色々と動かしたりしてみる。……うん、少し驚いたけど紫電もちょっと痺れただけで特に問題はなさそうだ。
「………………」
紫電に弾かれた俺の愛剣は、弾かれた勢いのまま岩壁に深々と突き刺さっている。
鼠との戦いの最中にあの剣を再び手にするのは厳しいだろう。あの大剣は攻撃力も高く使い勝手も中々良かったので結構気に入っていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。諦めるのは惜しい気がするが、命に代えられるようなものでもないだろう。
……それに仮に手にできたとして、再び紫電に弾かれないとも限らない。
「装備されることを拒む紫電、か」
「何か、心当たりがあるのですか?」
ピケは服に付いた砂を適当に払いながら、そんなことを聞いてくる。
一応、その現象に心当たりはある。……だが、そんなことがあり得るのか?
「……まさかレベルが下がっている、のか」
◆ ◆
装備にもレベルというか、ランクというものが存在する。
威力の高い、効果の高い装備である程ランクは高く、高レベルの者にしか装備することは出来ない。また、低ランクの装備であってもレベルの制限があり、そのレベルに達していない場合には装備から拒まれ、先程のような紫電を喰らってしまうことになる。
確かあの愛用している大剣は、伝説級の最上武装だっただろうか。かなりの高ランクであることは間違いない装備だ。装備するためには、当然かなりの高レベルが要求される。……しかし、レベル100が弾かれてしまうはずがない。
原因があるとすれば――。
「……この連動装備のせいか」
首元にはめられた無骨な首輪にそっと手を伸ばす。
この連動装置はピケの左手にはめられた指輪と連動している。――ということは、
「……レベルまで連動させる連動装備なんて、神話級の代物じゃないか」
こいつは見た目や能力だけではなく、そのレベルまでも装備者と連動させている。
レベルとは本来、神殿で聖杯を捧げることでしか上げることは出来ない。……だが、この連動装備さえあれば、そこにどれだけレベル差があったとしても、装備者に合わせて強制的にレベルや能力を引き上げることができる。
そんなことがもしできるのなら、英雄と呼ばれるような高レベルの経験者と連動し、普段なら絶対に敵わないような格上のモンスターを相手取ることだってできるようになる。いや、それだけではない。自分と全く同じ能力を持つ者を増やせるのだ。その使いようによって戦略の幅は格段に広がることだろう。
……そのはずなのに、どうしてこんな勿体無い使い方を。
『……ギュイキュッ!』
……あまり長くは考えさせてくれないようだ。
鼠は体中の眼をこちらに向けたまま、体を捻って再びこちらに頭を向けてくる。
さっき回避した時に見失ってくれれば良かったのだけれど、こちらをじっと見つめる眼はそれを許してはくれないようだ。どこかにしっかり隠れでもしない限り、あの体中に張り付いているいくつもの眼には死角なんてものはないだろう。
「仕方ない。……今できる装備でなんとかやってみるしかないか」
周囲を見渡し、近くに落ちていた探索者の装備を手にとってみる。
……銅の剣、か。
えーっと、村の人とかがこの剣で魔物なんかと戦っていたはずだから、確か5レベルくらいでもちゃんと装備できるはずだったかな。あの鼠と戦うにはかなり心許ないけど、素手で戦うよりはマシと言ったところだろうか。
「そっちの準備が整う前にいかせてもらうよ。……よいしょッ――」
ようやくこちらに頭が向いた鼠に向かって、今度こそ剣を振り上げる。――が、
――バチッ……
またしても紫電に弾かれ、銅の剣を取り落としてしまった。
「……また落としてしまったようですね」
「むぅ、……銅の剣でも駄目なのか」
鼠の奴はもう攻撃態勢に入ってしまっている。
「それなら、……魔法はどうだ」
体内にある魔力を練り、突き出した手に魔法として集中させる。
「――『火球』。それから、『氷槍』、『雷撃』!」
魔法を放とうと鼠に向かって手を突き出したが、『ポフン』と情けない音が出ただけで特に何も起こらなかった。……こうした魔法は失敗するとかなり恥ずかしいことになる。
「何も起こらないようですが。……何もしないのですか?」
「……何となくそんな気はしてたけど、どれも魔力不足で不発かよ!」
追い打ち気味に溜息混じりのピケの言葉が突き刺さる。
……思い返してみれば、ほとんど魔力を使わないはずの灯火や暗視ですら不発に終わってしまったのだ。魔法は全く使えないものと思っておいた方が良いだろうな。
「ああ、もう。……何か他に武器になりそうなものはないのか!」
……こうなってしまえばもう仕方がない。
ランクの低い銅の剣ですら装備できなかったのだから、この姿で使える装備はかなり限られてしまっているだろう。なら今は、近くにある物を何でもいいから手当たり次第に装備してみるしかない。……そして、無理そうなら後は全力で逃げる!
』
なんと弱体化の上に装備制限までつけられてしまうとは、危機的状況です。
かつての英雄も、これではさすがに苦戦を強いられてしまうのではないでしょうか。……でも大丈夫。それでもこんな絶望的な苦難であっても彼ならばきっと、無事に困難を乗り越えていってくれるはずです。これは彼の物語なのですから。
さあさあ、彼はどうやってこの苦難を乗り越えてくれるのでしょうか。
装備制限がつきました。
……しかし、まだまだ枷は増やす予定です。